お客様はお一人様では無い out side the bar……


 「えー、乙未町3丁目、楠木街道沿い、ひき逃げ事故。マルガイは男性、街路灯に絡まった状態で……」


 無線に、無機質な情報が吹き込まれ、電波に乗る。

 事故だというのに、野次馬も無く、静かなものだった。

 金曜の夜とはいえ、残業の少ないお役所街の夜はこんなものだ。

 近くにいるのは、全て警察官ばかり。

 救急車は助かる怪我人もいないということで早々に引き揚げていた。


「こりゃ酷いね。即死だ」

「マッさん、死亡推定時刻は?」

「詳しいことは後で調べてからだが……死後硬直が始まったところだし、2時間以内ってとこかな」

「すると、えーと、日付が変わったから――3月13日の、22時前後、ということですか」

「決めつけるなよ。内臓だって外に飛び出ちまって、全部揃ってるか分からない状態なんだから」


 今年に入って、3件目の事故だった。

 昨年、2014年から数えれば同じ場所での事故は10件以上にのぼる。

 この辺りは、信号が無い大通りが長く続き、車が速度を出しやすく、また駅への近道となる裏通りがある。

 起こるべくして起こった事故だった。


「しかし酷いな。目撃者は?」

「期待できないッスね。人通りも少ないスし」

「あそこの店は?えーと、掠れてて読みにくいな……なんだ、『バー……』」

「あぁ、あの店は、確か昨年潰れたんで営業してないスね。確か店の名前は……」

「なるほど、店員も、客も、目撃者もゼロ。こりゃー面倒だな……」


 春はまだ遠い寒空の下、1体のホトケさんと、フロントがひしゃげた小型乗用車が1台。

 運転手はとうの昔に通報義務を放棄したまま逃げ、あたりには誰もいない。


「んーと、『A・N・G……』あぁ、『エンジェル』ッスね。『バー・エンジェル』」

「おぉぃ山下ァ!ホトケさんの免許書見つかったから、ご遺族に連絡ぅ!」

「あ、はいっ!」


 『エンジェル』、『天使』、か。と初老の刑事はぼやいた。


 (見方変えちまえば、結局は魂持ってく死神だろうに、ロマンチックな言い方しやがって)


  春、遠く。夜は静かに更けていく。

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