02 『お転婆お婆ちゃん』

 レイラのおっぱいを飲んだ俺は、すぐに眠くなって夢の世界へと旅立ってしまった。ちなみにその時、終始無表情を貫けた俺の精神性は褒めて欲しいぐらいだぜ。

 もうね、息子の嫁のおっぱいに吸い付いてる自分とか、超複雑。すまんな、息子よ……。


 で、ぐっすり眠ってた俺だが……突然、とてつもない大声を聞いて目を覚ます事になる。



「おいおいおいおいィ! もう生まれたのか!? 生まれたんだなッ!?」



 家の玄関の扉が乱暴に──それこそ、ぶっ壊れるんじゃないかってぐらい、乱暴に開かれる音がする。それと同時に、超元気な『女性の声』も聞こえてくる。


「おいジン! テメェ生まれたんなら連絡ぐらい寄越せや、あァ? 仕事ほっぽり出してでも帰って来たってのによォ!」


「お袋! ちょっと落ち着け! そんな大声出すと子供が起きちまうだろうがっ!」


「うっせ! これが落ち着いていられるかッてんだ! レイラ! 早く孫の顔を──」


「──静かに、してもらえますか?」


「い゙っ……レ、レイラ」


「やーい、怒られてやんのー」


「ジン君も」


「うっ……スマン」


 この、耳が痛くなる大声。男勝りを極めたような言葉遣い。その聞き覚えがあり過ぎる声の主は、思い出そうとしなくても、すぐに脳裏に蘇る。

 【イヴリン・ニルドレア】。生前の俺の妻であり、人生の半分以上を共にした人だ。



 イヴリンとの出会いは衝撃的だった。俺が十五の時──つまり、拉致されてから五年ぐらいの事だな。

 ある程度実力を備えてきた俺は、『無詠唱魔法』で魔物を倒せるようになっていた。割と高威力な攻撃魔法も扱えるようになってて、もうバッサバッサと魔物を薙ぎ倒してた訳さ。


 そんなある日、事件ってのは唐突に起こるもんで、『王都』が魔物に襲撃された事があったんだ。王都の『魔法省』が、『退魔結界』を維持する為の『魔法具』が壊れているのに気付かず、放っておいた結果、数百もの魔物が城壁に殺到した。

 その殆どは城壁の外側で食い止められて、『王立魔法騎士団』……通称『アルバゼウス』──古い言葉で【神殺しの魔女】──に殲滅させられていたが、どうしても何体か城門を抜けて、城壁内に侵入してしまったんだ。


 それを、俺が得意げに『指を鳴らして』ちょちょいのちょいで片付けていたら……唐突に話しかけられたんだ。その、『王立魔法騎士団アルバゼウス』のとある人物に。


『おいテメェ。今のは何だ? 『無詠唱魔法』だろ? 何で二種類も三種類も使えてんだよオラ!』


『あ? 使えるもんは使えるんだから仕方ねぇだろオラァ!』


『あァ? んだとコラ? そりゃ仕方ねぇなぁオイ!』


 その人物こそ、当時『王立魔法騎士団アルバゼウス』の副団長だったイヴリンだ。

 ポニーテールにした、燃えるような赤い髪。スラリとしたスタイルに、裾の長い白衣を着て、ポケットに手を突っ込んでる姿は、なかなか様になってたし、超美人だった。


 で、ついつい売り言葉に買い言葉みたいな感じで調子に乗った俺は、次にこんな事を言い放ったのさ。


『ちなみにこんな魔法も使えんぞゴラァ!』


 そう言って、イヴリンの周りに『拳程度の大きさで、ふわふわとした、淡く光る魔力の球体』を、これでもかってぐらい出してやったんだ。まぁ簡単に言えば、色んな色に輝くシャボン玉みたいな感じだな。

 で、それを『指を鳴らして』一気に破裂させて、人体に無害な『花火』を演出してやったのさ。超素敵。


 そうしたら、一瞬呆気に取られてたイヴリンがつかつかと近付いてきて、ぐいっと胸倉を掴んで、いきなり俺の唇を奪いやがった。


『テメェなんだ今の魔法はよォ? 惚れちまっただろうが』


 その瞬間、俺は恋に『落とされた』ね。──これが俺とイヴリンの馴れ初めだ。




「うぉぉ……これがアタシの『孫』かッ! 滅茶苦茶カワイイじゃねェかよオイ……」


「ちなみに俺は、さっき指をにぎにぎして貰ったぜ?」


「んなッ!? ジン、テメェ! 何アタシより先に指にぎにぎして貰ってんだよゴラァ!」


「そりゃ俺の子供なんだから、そのぐらいの権利はあっても良いだろ!」


「あぁ? 確かにそうだなァ!」


「……お袋の物分りが良いとこ、嫌いじゃないぜ」


「お? そんなに褒めても、新作の『術式設計図』ぐらいしか出ねェぜ?」


「何っ! マジありがてぇ! お袋、愛してる!」


「アタシも愛してるが──テメェ、さっきから『お袋お袋』って何のつもりだオイ? 『お母さん』って呼べやコラ」


「いや、俺も一人前になった事だし、ちょっと親離れしようかな、って言うか……」


「おいおいおいィ、んな寂しい事言ってっと泣くぞ? お母さん、な、泣いちゃうぞ? ぐすっ……」


「え、マジで泣くの!? 悪かった! 母さん!」


「……けっ、テメェの可愛さに免じて許してやんよ」



 相変わらず、言葉遣いと中身が一致しない人間である。それに、俺と同い年で四十歳になるというのに、未だにその元気は衰えていない。超元気。

 あぁ、早く目が見えるように────腹減った。


「ぇぅ……」


「げっ。アタシら、五月蝿うるさくし過ぎたか?」


「お義母さん……わかってるなら静かにしてください……」


「わりィわりィ、ちょっとテンション上がっちまってな」


 この唐突に襲い来る空腹感は何なんだ? やっぱり『赤ちゃん』の体ってのは、勝手が違って色々と戸惑うな……。

 あぁ、やばい。腹減った!


「ぁー……っ!」


「あらあら、ごめんね。お腹が空いちゃったのね。ほぉら、おっぱいの時間ですよ~」


「っ!! さーて、母さん! さっき言ってた『術式設計図』を見せてくれ! 店の工房で待ってるぜ!」


「たく、しゃあねェなぁ。──ハンナ、レイラの事頼んだぜ?」


「はい、大奥様っ。お任せくださいっ」


 そうして、二人分の足跡が遠ざかると、不意に『柔らかくて温かいもの』に包まれる。

 えぇい、背に腹は代えられん! すまん、息子よ!


「ふふっ、一生懸命に飲んでる。可愛いわね……ね、ハンナ?」


「はいぃ……。とっても可愛いですねぇ……っ。」


「それで、ハンナ。暫くしたら、二人を呼んできて貰えるかしら? お義母さんってば、この子の名前を聞く前に行っちゃったし」


「わかりましたっ。では、ミルクを飲んで落ち着いた頃にでもっ」


「えぇ、お願いね」



 暫く、またもや無我の境地でレイラのおっぱいを飲んでいた俺は、満腹感を得ると同時に、浅い眠りに落ちていった。





◆───────────────◆





「で、で? レイラ、その子の名前はなんて言うんだ?」


 赤ん坊の体は、それほど長い眠りにはつかないようで、定期的に目を覚ますようだ。

 そんなタイミングで、イヴリンの声が聞こえてきた。



「ふふっ。お義母さん、驚かないでくださいね? ──この子の名前は『アルファルド』ですよ」


「ふぉぉおッ!? な、な、『アーちゃん』と同じ名前かよ!?」


 ふぉぉお!? ちょ、イヴリン! アーちゃんはやめて! 超恥ずかしい!


「あ、アーちゃん……? え、親父ってそんな呼ばれ方してたの?」


「ん? あぁ、そういや二人っきりの時しか呼ばないように言ってたんだっけ。わりィな、アーちゃん」


 わりぃな、じゃねぇよクソがっ! まぁ、バレちまったのは仕方な──ちょっと待て、この流れだと……。


「それじゃあ、お義父さんは、お義母さんの事何て呼んでたんですか?」


 やっぱりか!? レイラ、その質問はやめろ! やめるんだ! やめてください!


「あァ? そりゃオメェ『イヴりん』だろうがよォ」


「お、親父……ぷ、くくっ……! あっはははは!」


 ぐぉぉぉお……。まさかこんな所で心にダメージを負うとは……。ジンめ、覚えてろよ。




「そっかそっか、アルファルドかぁ。ま、こっちは『アル』で、アイツはそのまま『アーちゃん』で区別出来るから問題ねェな!」


 そう言って、一人納得するイヴリン。

 ──俺はこの時、酷く油断していたんだ。『生まれ変わった』という事実に、しっかりと気持ちが追いついていなかった。


「それにしても……孫が生まれたってェのに、アーちゃんの奴は何やってんだぁオイ?」


「親父の事だから、また厄介事にでも巻き込まれてるんだろうさ」


「だろうなァ。ま、もうすぐ『一年』になるし、そろそろ帰ってくんだろ。アイツは『約束』だけは守るオトコだからなァ!」



 その後の事は、よく覚えていない。この時、俺の思考は停止してしまっていたのだから──。

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