25 理科室3

「ここか!」


 不意に、部屋に男の声が響いた。


「あ……!」


 突然の来訪者に、梓は思わず声の方を見て驚きの声を上げた。

 一方、丸山は振り向く一瞬の間、声の人物を何人か思い浮かべていた。が、そのどれでもない、一番ここに居るはずのない人物の姿を見て驚愕した。



「駿一!?」

「丸山……お前、何やってるんだよ」


 駿一も丸山を見て困惑している。


「いや、それはこっちが聞きたいよ、こんな所で何してんだ?」

「いや……色々あって、帰ろうと思ってたところだったんだがな……」

「ボクが見つけたんだぞ! 振り返ったらな、火の玉があったんだ!」


 駿一の後ろから、ティムが叫んだ。


「火の玉?」

「話せば色々と長くなるんだが、俺が解凍されて、帰ろうと思って校門の所まで行った時にな、運の悪い事に、ティムが見つけちまったんだ」

「解凍? ティム?」

「ああ、やっぱ長くなるわ。話は後で……って、お前、危ねえぞ、それ」


 駿一は、丸山が持っている、今にも燃えつきそうなマッチを指差した。


「え? うわっ!」


 丸山は、マッチの火の熱さに耐えかねて、思わずマッチを放り投げた。


「ああっ! マッチが!」


 悠が危険を感じて叫んだ。が、マッチは既に、アルコールたっぷりの床に触れようとしていた。

 瞬間、平べったい氷が突然マッチに覆い被さり、マッチは押し潰され、火は消えた。


「雪奈か!?」


 駿一が雪奈の方を向くと、雪奈はこくりと無機質に頷いた。


「おいニンゲンっ、火は危ないんだぞっ! 火事になったら森が燃えちゃうんだぞっ!」


 ティムが激怒している。


「駿一、あれ……」


 悠が指差した先を、駿一は見た。そこには手と足を縛られ、衣服のはだけた巫女装束の女の姿があった。


「何だ……丸山、何やってんだ、お前……」

「……」


 丸山はバツが悪そうに沈黙している。

 駿一は走だした。そして、丸山の横をすり抜けると、梓の近くに寄った。


「電源コードで縛ってんのか……くそっ、固いな!」

「貸せ、駿一!」


 ティムは駿一を押しのけると、梓を縛っているコードを両手で持ち、強引に引きちぎった。


「あっ、外れました。ありがとうございますです」


 梓がティムに微笑みかけた。


「こ……こんなの、ボクにとっては朝飯前だ!」


 ティムは、梓の一片の曇りも無い笑みに照れてしまった。


「しかし馬鹿力だな。ティッシュかよってくらい簡単に千切ってたぞ」

「うんうん、すっごい無造作に千切ってた」


 あまりの常識破りさに呆れる駿一の後ろで、悠も頷き同意した。

 梓はナチュラルに霊と会話する少年を不思議に思いつつも、それほど気に留めず、手首のコードで縛られていた部分を擦りつつ、立ち上がった。


「ああ、窮屈でした。よいしょ……っと……」

「おっと、大丈夫ですか? えっと……」


 立った途端によろけた梓を駿一が支えた。


「梓です」

「梓さん。大丈夫ですか、ずっと座ってたから……!? 酷い怪我じゃないですか!」


 駿一は驚愕した。良く見ると、皮膚は所々赤くなり焼け爛れていて、足からは血が滴っている。


「まあ、色々ありまして、結構痛いんですけど、もう少し我慢しないといけないんです」

「我慢て……丸山、お前、何を……って、丸山?」


 駿一が丸山の方に振り返ると、そこには右手に火の付いたアルコールランプを持ち、それを今にも投げ付けそうな丸山の姿があった。


「おい! 何やってんだニンゲン!」


 ティムが丸山の方へ走り始めると、丸山は僅かに逃げるそぶりを見せた。が、その場から一歩も動かないでいる。いや、動けないでいる。

 丸山の足には氷が纏わりついていた。雪奈が足止めしたのだ。


「こらっ! やめろニンゲン!」


 ティムは丸山の後ろに回ると、その小さい体を目一杯伸ばして丸山を羽交い絞めした。


「くそっ、離せよ! 俺はもう駄目なんだ! 誤解で……! 取り返しのつかない……!」


 ティムとの身長差で丸山の背がせり上がっているが、しっかりと拘束されているようだ。もっとも、ティムの腕力なら、ただ掴むだけでも身動きが取れなそうだが。


「いいんです、もう」


 梓がそっと、丸山を抱きしめた。


「あ……」


 梓に正面から、しかも無防備に抱きつかれた丸山は、呆気に取られて頭が真っ白になった。


「もういいんです。彼女の子供は無事で、彼女は安心して成仏した。そして、貴方もそれを知る事ができた。それで、いいんです……」

「あ……俺……俺は……俺は! うおおお!」


 自分の犯した失敗、マンションの彼女への思い、今、梓にしている事……色々な思いに挟まれ、丸山はどうしていいか分からずに本能のまま体を動かした。


「お……おいニンゲン、火を持ってそんなに暴れたら……」

「お、おいティム、手を握ってた方がいいんじゃないか? お前の腕力なら、振りほどかれる事なんて……」

「おおおお……っ!?」


 突然、丸山の叫び声が途切れ、体もぴたりと止まったので、駿一は何が起こったのか分からずに話をとめた。……が、丸山がぐらりと揺れ、そのまま前に倒れだしたので、今度は思わず声が出た。

「あっ!」

 そして、丸山はそのまま前に倒れた。


「ランプは……!」


 駿一は焦った。状況はいまいち飲み込めてないが、さっきから鼻を突くこのにおいはアルコールだ。この状態で、もし、アルコールランプが床に落ちたら……何が起こるか分からない。場合によっては大火事になるかもしれない。


「……あれ?」


 アルコールランプは、いつの間にか梓の手に握られていた。


「危ない危ない……」


 梓はそう言いながら、手に持ったアルコールランプに蓋をした。


「ごめんなさい、丸山さん。でも、今は落ち着く時間が必要だと思ったんです」

「おお……見事な当て身だニンゲン。なにか武術をやってるのか?」

「いえ、職業柄、最低限の自衛手段は持ち合わせているだけで……って、こんな状況で言っても説得力無いですよね」


 梓は自分のぼろぼろの体を見ながら、困ったような顔をした。


「いや……見事な当て身と言うか、アメと鞭と言うか……」

「ちょっと駿一、その言い方、失礼でしょ……でも梓さんって、のほほんとしてるように見えて、意外と……」

「大丈夫。きっと起きた時には頭が整理できてるですよ」


 梓はにっこり笑いながら言った。

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