17 日常2

「駿一、注文、来たよ?」

「ああ、そのチャーハン、俺です。」


 俺は、ウエイトレスの方へ手を差し伸べた。

 ウエイトレスは、それを見て、チャーハンを俺へと渡した。


「うん……これは……?」

「どうかなされましたか?」


 このチャーハン、エビチャーハンではない。上にはエビがのっている気配がなく、チャーハンの中には、なにやら緑色のものが混ぜ込んである。


「ええと……これって何チャーハンですか?」

「こちら、レタスとお茶っ葉のチャーハンになります」


 全然違う。このウエイトレスさんは、一体何をどう間違えたのか。


「エビチャーハンを頼んだはずなんですが……」

「あ、そうでしたか。失礼致しました。すぐに用意しますので」


 そう言いながら、ウエイトレスさんはレタスとお茶っ葉のチャーハンを下げようとした。


「おっ、要らんなら食うぞ!」

「あっ、だめだろ、勝手に食うなよ!」


 ティムが良からぬことをしでかしそうになったので、俺はティムを急いで止めた。


「なんだ、やっぱり食いたいのか?」

「違う。オーダーと違うものなんだから、食べちゃだめなんだ」

「ああん? なんだか分からんが、面倒だな。これだからニンゲンはいかん」


 無茶苦茶を言っているティムだが、よくよく見ると、スープもライスも、たった今洗ってきたサラダも無くなっている。あとは、手に持った最後の一切れのステーキだけだ。


「はむっ……。あー、これでは足りんなぁ!」


 ティムが背もたれに寄り掛かり、「ふぅ……」と一息つきながら言う。


「やはり、さっきのチャーハンを食うべきだったか……おい駿一、おかわりだ」

「お前、何様だよ!」


 呆れて叫んでしまった。


「けちけちすんなよ」

「けちけちとかじゃなくてだなぁ……」

「どうも、ティムは普通の地球人とは違う生態をしているらしいプね」


 ロニクルさんが話に入る。ロニクルさんは、ようやくハンバーグの半分を食べたところだが、他の食べ物も、まだまだ残っている。

 ロニクルさんは、ティムの早食いとは対照的に、食が細い人なのかもしれない。


「……じゃあ、追加で何か頼むか。ポテト辺りを頼めば満足するか?」


 腹が減ってる奴には、取り敢えず炭水化物を食わせておけばいい。


「ん? 芋か。それも良さそうだが、これと同じのを二つほどもらえれば、それでいいぞ」

「ああ!? いいぞって、あのなぁ!」


 そんな注文をしたら、さすがに俺の財布が持たない。


「ふーむ……ちょっと食費がかさむプが、仕方がないピね」

「うん?」


 ロニクルさんが、食べる手を止めてポケットへと手を入れた。


「えーと……一万あれば足りるプね」


 ロニクルさんは、そう言って俺に一万円札を差し出した。


「ええっ!? ちょ、ちょっとロニクルさん!」

「何だプ?」

「いや、受け取れねーよ、そんなの!」

「そうかピ。じゃあ、ティム」


 ロニクルさんは、俺に差し出した手を、すっとスライドさせ、ティムの方に向けた。


「そんな紙渡されてもな。食い物じゃないと」

「ティム、お前なぁ……」

「じゃ、私が払えばいいピね」

「そういう問題じゃなくな……一万を受け取るのは、ちょっと気が引けるんでなぁ」


 確かに、ロニクルさんは、ティムの生活費を持つと言った。だが、こんなに贅沢に金を使うのは気が引ける。


「このくらい、気にすることないプよ? むしろ、一万円くらいで引け目を感じるくらいの財力なら、素直に受け取っておくべきプ」

「そ……そうか?」

「本部に要請すれば、お金くらい、すぐに送ってくれるピ。素直に受け取るポ」

「うーむ……そういうもんか……」


 よくよく考えてみれば、貧乏学生と、リッチな宇宙人には凄まじい差があるのだ。金の使い方には、当然、差がある。


「分かった。恩に着るぞロニクルさん」


 俺は素直に貰うことにした。一万円を受け取り、財布にしまっておく。


「あ、駿一、あれじゃない? チャーハンみたいなの来たよ」

「うん?」

「大変お待たせ致しました。こちらエビチャーハンになります」

「あ、俺です」


 俺が言うと、ウエイトレスさんは俺の前にエビチャーハンを置いた。


「注文は以上で宜しいでしょうか?」

「あ、追加いいですか?」

「はい、どうぞ」

「ティム、好きに食っていいぞ。ロニクルさんに感謝するんだな」

「おう。じゃあエビチャーハンを三つほど貰おうか」

「ああ!?」


 思わぬ不意打ちによって、変な声が出てしまった。


「かしこまりました。エビチャーハン三つ、承りました」


 お辞儀をすると、ウエイトレスさんは去って行った。


「ティム、色々大丈夫なのか?」


 いくら普通の人間と違うといっても、そんなに食べて大丈夫なのか。エビチャーハンばかり三倍食べたら栄養バランスどころの話ではない。

 大食いには炭水化物が一番とは言ったが、ちょっと取り過ぎなのではないか。


「くどいな一々。大丈夫だよ。それより、お前こそエビチャーハンで良かったのか?」

「ええ?」

「葉っぱナントカじゃなかったか?」

「いや、それは最初に間違えて持ってこられたチャーハンだぞ」

「そうだったかぁー? 少なくとも、エビチャーハンじゃあなかった気がするんだがな」

「いや、エビチャーハンで間違いない。二回も注文したんだから。な、ロニクルさん」

「ええと……イカチャーハンのような気もするし、カニチャーハンのような気もするプ……よく覚えてないポ」

「マジか……」


 頭のいいロニクルさんなら覚えているかもと思ったが、意外とそうでもないらしい。いや……やっぱりカニチャーハンじゃなかったかもしれん……。


「おい、悠」

「ええと、私はミックスフライセットが好きなんだけど、この状態じゃあ食べれないからなぁ……」

「分かってる。飯を食う霊体なんて、俺も見たことが無いからな。冗談はさておき……悠、俺が何を頼んだか、覚えてるか?」

「えーと……カニじゃないしイカじゃないしエビじゃないし……」

「エビじゃないのか!?」

「本格広東風抹茶チャーハンじゃないっけ?」

「……おまえ、被らないものを適当に言ってないか?」

「ううん、多分、それだよ」


 悠が激しくかぶりを振る。


「そんなに長い名前だったかぁ?」


 こうなっては埒が明かないので、俺はスタンドに刺さっているメニューに手を伸ばした。

 メニューの「ご飯もの」ページを開く。


「……本格関東風抹茶チャーハンなんて、どこにも載ってないぞ」

「え? あれ?」

「お前……思い出した。中学校の裏にある食堂のメニューじゃねーかそれ!」

「あ……ああぁーー! だから印象に残ってたんだね! 納得!」

「くそっ、一人で納得して悦に浸りやがって。ちなみにロニクルさんも、イカチャーハンはなかった。カニチャーハンはあるがな」

「おっと、そうだったプか。それは失礼したピ」


 ロニクルさんは、ようやくコーンとサラダを平らげたところだ。ハンバーグはまだ四分の一ほど残っている。


「いや、いいんだ。本格四川風抹茶チャーハンに比べれば、エビとイカなんて微々たる差だからな」

「ね、それにしてもさ、やっぱり大勢で食べると美味しいよね!」

「いや、お前、何も食べてないだろ」

「そうだけどさ、でも、みんなでお話しして楽しいよ!」

「そうだポね。ロニクルもついつい食が進んでしまっているプ」

「そ、そうなのか……」


 普段は、もっと食べるのが遅いという事か。


「うむっ! 仲間同士の宴で友情が更に強固になるのは、ビッグフットも人間も同じだな!」


 ティムも同意している。


「まあ……普通はそうだよな」

「おや、駿一は違うポ?」

「駿一は変わってるからなぁ」

「ああ……偏屈だっていうのは分かっているんだけどな。あまり賑やかなのは苦手なんだよ。こういう外食に一人で来たって、周りに人が居るせいでリラックスして食えんからな」

「だから、普段はコンビニでお弁当買って、自分のアパートで食べてるんだよね。もー、恥ずかしがりやちゃんなんだからっ!」

「お、おいやめろ……」


 あまりプライベートな事を赤裸々に言われると恥ずかしい。頬が赤くなってしまう。


「ふうん、そういう見かたもあるプね」

「そうなのか、無理をさせてすまんなぁ」

「いや、無理ってほどでもないんだけどな……」


 ティムは、もうチャーハン二杯を平らげている。凄まじい速さだ。

 ロニクルさんも、ハンバーグはもう食べ終わり、ライスやスープも殆ど無くなっている。食べ終わるのには、そう、時間はかからないだろう。


「おっと……とっとと食べちまうか」


 どうにも喋り過ぎて、俺のチャーハンは全然減っていない。俺は手っ取り早くチャーハンを食べてしまうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る