16 日常
――真っ白なワンピース。彼女が来ている服と、殆ど一緒だ。隣にあるのは白地に青色の水玉模様をあしらい、胸の位置にリボンが付けられている。彼女はきっと、自己主張が控えめだから、目立たない白いワンピースを選んでいるに違いない。最近、姿を現さないのも、きっと恥ずかしがりやだからだ。そんな彼女に自信を持ってもらうために、少し強引でも会わなければいけない。そして、彼女にもし会えたら……こっちのお洒落なワンピースをプレゼントしてあげよう。恥ずかしがるかもしれないが……きっと喜んでくれるはずだ――。
「しかしまあ……賑やかなことになったもんだ」
俺は三人にせがまれて、ファミレスへと夕食をしにくるはめになった。
とっとと食事を済ませて帰りたいところだが……この三人は、そう簡単には俺を解放してくれないだろう。
「うんうん、社会体験は大事だからねっ!」
悠がいつも通りに明るく言う。
「社会体験って……単にファミレスに食事しに来ただけだぞ」
「でも初体験じゃん! ねっ!?」
「そうだな。いや、まさかニンゲンの食い物を食うことになるとは思わなかったぞ」
「調査のために、お持ち帰りならしたことがあるプが、食堂というカテゴリのお店の中で食べるのは初めてポ。駿一に会うまでは、地球の文化も今一つ理解できていなかったので、躊躇していたんだプ」
「なるほど、それが正解だな、お互いに」
今でもロニクルさんが裸で立っていた時のインパクトは忘れられない。あの時のことを考えれば、ロニクルさんが一人で地球に来なくて良かったと思う。
「もしロニクルさんが躊躇しなかったら、平気な顔して全裸でその辺を歩いてたのかな?」
「だろうな。十中八九そういう行為をして、わいせつ罪で警察に捕まっていたに違いない」
「そう考えると、駿一はやっぱりロニクルの恩人プ。改めて感謝するピ」
「いやなに、自衛のために先手を打つのは当然の事だからな」
「自衛?」と悠は首をかしげる。
「そ、自衛」
ロニクルさんが逮捕された日には、それが地球の文化かと勘違いしたり、その逆に仕返ししたりするかもしれない。どちらも地球人大量拉致事件に発展しそうな勢いだ。いや、冗談ではなく、俺は本当に地球を救ったのかもしれん。
「お待たせいたしました」
ウエイトレスが料理を持ってやってきた。
「こちら、ハンバーグプレートのお客様は?」
「あ、私ですポ」
「Tボーンステーキセットのお客様は?」
「ティム、お前じゃないか?」
「おう! 食うぞ!」
ウエイトレスは、淡々と料理を並べて去っていった。
「これだったら、俺のもすぐ来そうだな」
「駿一は何頼んだの?」
「エビチャーハンだ」
「チャーハン……ファミレスでチャーハン……」
「悪いか? チャーハン食べたかったんだから、別にいいだろ。メニューにも載ってるんだから」
「まあ……いいけどさ、そういう所も、駿一って変わらないよねー」
悠が一人でしみじみしている。
「ひねくれていて悪かったな」
俺が吐き捨てると、悠はかぶりを振りながら言った。
「ううん、意表を突いた、通好みのチョイスだよ!」
「なんだそりゃ……」
無理矢理言い方を変えただけの気がする。物は言いようだが、無理矢理過ぎて、逆に違和感で頭がモヤモヤしてきた。
「てか、ティム、食うの、早いな」
これ以上わけが分からなくならないうちに、話題を変えよう。
「ああ。食事の時間は隙が多くなるからな。ビッグフットの戦士として、食事は早く済ませないといかん!」
ティムはそんな事を言いながら、Tボーンステーキセットをガツガツと勢いよく食べている。
ステーキが、ポテトが、コーンがティムによって鷲掴みにされて、勢いよくティムの口に吸いこまれている。
まるでピンク色で丸い何かを見ているようだ。あれが現実に居れば、こんな感じの迫力なのかもしれない。
「お前、素手で……」
「ん、何だ?」
「ナイフとフォーク使えよ。そうじゃなくても箸使え。ほれ」
俺はテーブルの端に置いてある箱に手を突っ込み、ナイフ、フォーク、箸を掴んでティムの方へ突き出した。
「そんな面倒なものは要らん」
「要らんじゃなくて、人の目があるだろ……!」
大きな声は出せないので、声を出さずに息だけで絶叫する。
「気にするなよ、いずれ慣れる」
「そういう問題じゃねー!」
人の話を聞く気が無いのか。俺は頭を掻き毟って叫んでしまった。
「落ち着けよ、人が見てるぜ」
ティムは自分の事は無視して、俺をたしなめている。
「あのなー……」
だめだ。呆れてものも言えないとは、まさにこの事だ。
「……分かったよ」
ふと、ティムが食べ物を口に運ぶ手を止めた。
「心配するな、大丈夫だ。後でその道具の使い方を教えてくれればいい」
「ああ……まあ、そういう事なら」
急に穏やかになったティムに、俺は少し戸惑ったが……次の瞬間には、ガツガツと手掴みでTボーンステーキを食べるティムにを見て溜め息が出た。
「てか……別に、こんな所で誰かに襲われるわけでもあるまいし、普通に食えばいいだろ。そんなに早く食べると、太るぞ」
「なんだぁ? 一々うるさい奴だ。太ったら痩せればいいんだ! 痩せればな!」
「そ……そりゃ、そうだが……」
言ってることは間違っていないし、一言で非常に分かりやすいのだが……本当にこれでいいのか。
「いや、しかし、これはちょっと味付けが濃いな。肉の味が殺されてしまっているぞ」
そうかと思ったら、急にグルメな事を言いだした。
「まあ、外食は味が濃いからなぁ」
「これも、ちょっと塩っ気が強すぎるな。この上の変なの、洗ってくる!」
ティムはサラダの入った皿を手に持ち、席を立って走り出した。
「あ……おい、洗うって、水の使い方分かるのか!?」
「馬鹿にするなよ! それくらい分かる!」
ティムはそう叫びながら、一目散にトイレの方へと向かっていった。
「本当に大丈夫だろうな……どうなっても知らんぞ、俺は」
案の定、トイレに入っていったティムを見ながら、俺はぼそりと呟いた。
「……で、ロニクルさんはどうだ? 旨いか?」
「中々に美味ですプ。お皿がちゃんとしていると、食べ物まで美味しく感じますピ」
ロニクルさんが、にっこりと微笑んで言った。ずうずうしい悠や品の無いティムと比べて、なんと清楚なことだろう。
「ああ、それは分かる気がするな。やはりプラスチックや発泡スチロールでは味気ないよな」
「駿一、ロニクルさんと気が合うよね、そういう所は」
「うーむ、確かになぁ……ま、気が合わないよりはいいだろ。そのおかげで助かったようなもんなんだし」
「そだね、気が合わなければ、駿一、死んでたもんね」
命あっての物種だ。あの時、俺が人体実験されて、脳を取り出されたり、内臓を見られたりされ……挙句の果てには宇宙に捨てられていたかもしれないと考えると、ぞっとする。
悠だって、どうなっていたか分からない。なにしろ宇宙人の技術力だ。霊体を弄る方法だって、実は存在するかもしれない。
「ああ、全く、九死に一生だったぜ。こうしてハンバーグを美味しそうに食べてる姿を見てると、とても俺の体を解剖しようと思っていたようには見えんのだがな」
「大丈夫、約束したポ。駿一を解剖しようなんて、まだこれっぽっちも考えてないプ」
「まだなのか」
気が合うことに関してはいいのだが、この、さらっと怖いことを言うロニクルさんには度々冷や汗をかかされる。やめてほしい。
「大丈夫、大丈夫ピ。それにしても、この料理も興味深いプね。このニンジンにはそれほど調味料を使ってないのに、こっちのハンバーグは調味料、香辛料で手厚く味付けしてあるポ」
「へえ……ロニクルさんも、結構グルメなんだねぇ」
悠が感心している。
「悠が子供舌過ぎるんだろう」
「だって中学生だし!」
「ん……まあ、確かにそうだが……」
「でしょ! ほら!」
悠は何故か、腰に両手を当てて、自慢げに勝ち誇っている。
「いや、ほらってお前……」
「ほれ、洗ってきたぞ! ボクだって、これくらいは出来る!」
「ああ、そうかい」
ティムが戻ってきた。全く、「ほら」とか「ほれ」とか忙しい奴らだ。
「うーむ……」
恐る恐る、ティムが洗ったというサラダを覗き込む。
確かに、皿には生野菜だけが残っている。上にかかったドレッシングは綺麗に取り除かれいるみたいだ。
しかし……洗った水が、一体、どこの水なのだろうか。トイレの水といっても、色々な所に水はあるが……。
「お待たせ致しました」
ウエイトレスさんの声が響く。どうやらエビチャーハンが到着したらしい。
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