18 日常3

「今日は日和が良いのう」

 丿卜が梓に話しかける。

 梓は手に持った竹箒を一旦止め、空を見上げた。

「本当ですね。ちょっと暑いくらい」

 空は雲一つ無い快晴だ。

 青い空をバックに、真っ赤な鳥居が映える。

「でも、夏は落ち葉が少ないので助かるです」

「おう、梓ちゃーん!」


 遠くから誰かの叫び声が聞こえる。


「あら、お客さんですかね?」


 梓が鳥居の方を向くと、八百屋の山田さんが石段を登って、梓の方へと向かってきているところだった。


「あら、山田さん、こんにちは」

「こんにちは、梓ちゃん。ほら、これ」


 山田が差し出した段ボール箱の中には、大きい桃が五個入っていた。


「あっ、桃!」

「この間、言ってただろ。あげるよ」

「本当ですか?」

「ああ。梓ちゃんにはいつもお世話になってるからね。どうぞ」

「ありがとうございますです」


 梓は桃を受け取った。


「美味しそうな桃ですぅー」


 良く見れば、大きさだけではなく、色艶もいい。


「こんないい桃、いいんですか?」

「いいよいいよ、お中元代わりだから、遠慮なく受け取ってくれよ。梓ちゃん、最近、忙しそうだけど、体、大事にして頑張れよ!」


 山田さんは、ぽんぽんと梓の肩を叩くと、軽く手を振って帰っていった。

 いつも通り、せっかちでさっぱりとしている人だ。


「いつも元気ですね、山田さんは」

「うむ。活発な中年だのう」

「えと……褒めてるんですかね、それ」

「無論だ。人間、年を取ると無精になるものなれど、あの者は中々に活発ではないか」

「そうですねぇ……さ、折角貰った桃ですし、冷蔵庫で冷やしておきましょう」


 踵を返す梓に、今度は女性の声が聞こえた。


「おーい、梓ぁ!」

「あら、杏香きょうかさん?」


 今度は杏香が鳥居の下に立っていた。

 格好は、例によっていつもと同じ雰囲気だ。

 意識しているのだと思うが、杏香はいつも、ゆったりとしていてフリフリの衣装を身に着けている。丈は短めだ。

 今日は、上はゆったり目の、肩にフリルのついたピンクのタンクトップ、下にはやっぱりフリルのついた、黄色いキュロットスカートを履いている。


「なんか、今日はいつもよりオレンジが濃いですね」

「え、そう? 染めてないのよ、本当に。いつも誤解されるけど」


 髪は梓にはオレンジ色に見えるが、これは地毛らしく、普通の人よりも髪色が明るいので、そう見えてしまうらしい。


「ああ……多分、陽射しが強いからね。太陽の光に反射すると、オレンジが、もっとオレンジになっちゃうのよ。悩ましい話よね」


 なるほど、特に、今日なんて天気が良く、陽射しも強いので、光が当たっていつもよりも、もっとオレンジ色に見えるということらしい。


「どうしたんですか? 杏香さん。また依頼ですか?」


 杏香は、いつも梓に心霊関係の依頼を持ち込んでくる人だ。

 丁度、梓と同年代で、話も合う。


「ちょっとね、近くに用があったから立ち寄ったの。元気してる?」


 梓と杏香はお互いに歩み寄り、近づいた。


「ええ。最近忙しくて、生傷が絶えないですけど」


 梓は巫女服の袖をまくり、火傷や切り傷を見せた。


「わ……ちょっと、神社の掃除なんてしてて大丈夫なの!?」

「一応、病院には行ったんで、これくらいなら大丈夫ですよ」

「そうなの? でも、大変ねぇ。お祓い稼業も楽じゃないわね」

「杏香さんこそ、危ないお仕事大変でしょう」

「まあ……そこは割り切ってやらないといけないから、仕方ないわよ。でしょ?」

「ですね、お互いに」

「お互い、ふわっとしたものを相手にしてる者同士、大変よね。もっと警察とか、色々な組織が表立って相手にしてくれたらいいんだけどねぇ」

「全くです。でも、殆どの情報はデマとか勘違い扱いですから……」

「ええ。そういう事って、困ったら警察に相談しに行ったりするケースもあるんだけどね。難儀なことに、警察は門前払いだし……本当だって証明できたとして、対抗する手段が無い」

「だから、杏香さんの所からは警察関係のお仕事の依頼が舞い込むんですね」

「まあ……知り合いが居るからってのもあるけど」

「専属契約すれば、杏香さんの生活も、少しは安定するのでは?」

「それが出来るほど、そういう依頼は警察には来ないわ。それに、ああいう堅苦しい所って、性に合ってないのよ」

「なるほど、そうかもしれないですねぇ」

「梓さん」


 今度は男の声がした。


「あら?」

「なんだ、今日は客が多いのう」

「あっ、貴方は……」


 杏香と丿卜、そして梓が話を中断し、鳥居の方を向いた。


「崎比佐さん! その後大丈夫だったです?」


 そこに立っていたのは一人の高校生だった。


「知り合い?」


 杏香が聞く。


「ええ。仁龍湖って所の廃屋で霊障に遭っちゃって、私の所に来たんです」

「ああ、お仕事かぁ」

「でも、もう霊は祓ったですかね。取り敢えずは安心です。でも……」


 梓は少し、表情を曇らせた。


「その後、見つかりましたか?」

「いえ……行方不明のままです。警察も探してるみたいなんですけど……」

「そうですか……」

「警察が動いたって事は、実害が出たんだ」

「ええ……廃墟から戻ってきたのは、彼一人だけ。その後警察に通報したんですけど……」

「霊には何もしてくれなかったというわけね」

「はい……俺のツレも、警察が廃墟に到着した時には姿が無くなってて、今も見つかってないんです」

「なるほどね。まあ、いつもの事だけど。奴らは物証しか見ないからねぇ」


 杏香が腕組みをしてかぶりを振った。


「仕方がないですよ。そういう事に対応する組織じゃないですからね、本来は」

「そうなんだけどね……最近、そういう事件、多いからさ、霊能者とかの負担も多いのかなって」

「そうですね。本当の霊能者となると、人数はかなり絞られるですし……」

「えと、こちらの方は? なんか、色々と知ってるみたいですけど」


 崎比佐はきょとんとしながら梓に聞いた。


「ええとですね、こちら、活栖いくす杏香きょうかさん。警察に対応できない事を解決する、怪事件のエキスパートです!」

「んん……そう言われると、なんだか凄そうだけど……要は、賞金稼ぎよ。平たくいえば」

「怪事件のエキスパート……賞金稼ぎ……どちらにしても、なんか凄いな……」


 崎比佐は、少したじろいだ。梓さん一人だけだって、現実離れしたことをしているのだ。それがもう一人いるとは。


「ま、心霊関係は梓に投げてるんだけどね。あたしだけでどうにかなる時もあるけど、やっぱ専門的な知識がないと難しいから」

「ええ。私の方は、逆に心霊関係以外は苦手なので、難しい案件は杏香さんの方にお任せしてるです。……あ、そうだ。二人共、折角だから、うちに上がってお茶しませんか? おいしそうな桃があるんですよ」


 梓は手に持った箱を二人に見せた。


「あら、美味しそうじゃない!」

「今貰ったばかりなので、冷やしてはないんですが……」

「あたしは全然問題無いわよ。なに、常温の方が、かえって味が分かって美味しいってもんよ」

「崎比佐さんは、どうです?」

「あ、じゃあ、折角なんで」

「ふふ、こっちへどうぞ」


 梓は笑顔で手を掲げて屋敷を示すと、歩き出した。

 他の二人もその後に付いていき――三人は、桃を食べながらゆっくりと談笑したのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る