4 宇宙人

 ――俺はなんて勇気が無い男なのだろう。いつからか胸に抱くようになった、このもどかしさは、彼女の近くに行くだけで消えるものだというのに。そんな臆病な僕に、彼女は手を振るだけで満足してくれている。……満足してくれているのだろうか――。




「おい駿一、肝試しやろうぜ」


 俺が机の上に足を組んでくつろいでいると、中村が話しかけてきた。


「いつ?」


 俺はぶっきらぼうに答えた。


「そうだな……来週中にはやりたいな」

「どこでだよ」


 俺はまたもぶっきらぼうに答えた。


「ここでに決まってるだろう」

「何人で?」

「今のところ、俺とお前の他に二人決まってる」

「何故、俺を数に入れようとする」


 俺は些か強引な勧誘手段にキレそうになったが、どうにか堪えた。


「え、来ねーの?」

「そ」


 意外な顔をしている中村に、俺は短く返答した。


「えー? 何でだよ……あ、あれか、ひとりかくれんぼの事があったからか?」

「ああ、あれは凄いな、今やネットはあれの話題で持ち切りだ。どこぞの下らんニュースサイトはともかく、比較的まともなサイトも、ここぞとばかりに取り上げて記事にしてるしな」

「……あれ、本当なのか?」


 中村が、割とマジな目でこちらを見つめてきた。俺は幽霊やら呪いやらには興味無いのだが、あちらさんが勝手に絡んでくるせいで、霊には随分詳しくなってしまった。おかげでクラスの幽霊辞典にされてしまって二重に迷惑な話だ。


「動画見たが、本物っぽい臨場感はあったな。あれが作り物だとしたら相当手が込んでる代物だろうな、全く、恐れ入る」


 俺はいつものように適当に答えた。


「本物なのか? ……で、でも、あれはウチの高校じゃねえし、大丈夫だろ」

「ま、大丈夫だろうな」

「よっしゃ、大丈夫なら問題ないな、来いよ」

「断る。幽霊ものはパス」

「さっき大丈夫だって言ったじゃねえか」

「俺の霊媒体質は、居ない所にもうようよと霊を寄せちまうタイプなの。怖い話をしている所には霊が寄ってくるって言うだろ? 肝試しなんてしてる所に俺が行ったら、この町中の霊を呼び寄せちまうよ」

「うーん、そういうもんなのか……」


 中村にとっては想像しにくい話だ。なかなか納得できないのも無理はない。


「そういう事。今も憑かれてるんだから、これ以上は面倒見きれねーよ」

「!? ……そ、そっか。分かった」


 中村がぎょっとした様子でその場を去った。殆どの人は本当に霊が憑いているかどうかなんて分からないが、俺の場合には前科が幾度もあるので、俺を見知っている人は、大体無条件で信じる。


「変なの。肝試しに誘っといて、幽霊怖がってる」


 悠が、どこからともなく、すぅーと、俺の背後に現れた。


「ただ馬鹿騒ぎしたいだけなんだろ。それより、お前のおかげで中村が逃げちまったぞ。周りにとっても迷惑だから、早く離れてほしいんだがな」


 俺は馴れ合いが嫌いなので、気が向かない時の誘いは迷わず断る事にしているが、あまりにしつこい時は、こうやって追い払っている。が、今はそうじゃない。


「今のはあたしじゃなくて、ああやってビビらせて人払いしたんでしょ。それよりさっきの、どーゆー意味よ?」


 この通り、実際に憑りつかれている。それも、四六時中うるさく話しかけてくる、ガキの幽霊にだ。


「そのままの意味だが? つーか、いつまで憑いてんだよ」


 あれから三日経ったが、悠は未だ、離れる気配が無い。


「あんたに悪い霊が憑かないように、こうやって見張ってんじゃない」


 いつもこんな調子で言い返される。


「ああ、そうですか。せいぜい背後霊ごっこしてて下さいよ」


 誰かに除霊してもらう事は出来る。そして、それが一番簡単な、彼女を俺から引き離すことのできる方法だろう。が、それをやると何だか負けた気がして実行には移していない。


「どうした駿一、譫言を言って」


 丸山は、俺の隣の席でずっと携帯電話をいじっていたが、俺に話しかけてきた。


「別に、何でもねえ」

「恋の悩みか?」


 俺は丸山の言葉を聞いて、危うく椅子からひっくり返りそうになった。


「何で?」


 俺は少しキレ気味に、丸山に聞いた。


「いや、そんな雰囲気を醸し出してたからさ」

「冗談じゃねえよ……そんなわけないだろ」

「うん? なんだ、怪しいな……もしかして振られた後とか? お前には一途さってものが致命的に足りてねーからなー」

「何故そうなる。もし居たとしても、むしろ、俺の方から振りたい気分だよ」

「はい!?」


 俺の耳元に、悠のけたたましい猛り声が聞こえた。


「……何だよ、別にお前の事なんて話してねーだろ」


 俺は丸山に気付かれないように、悠にボソボソと言った。


「ところで、お前、誘われたか?」


 丸山が、少しだけ俺に顔を近づけて喋った。


「うん?」

「肝試し」

「ああ、断った。俺は他にやる事があるからな」

「ねえ、ちょっと、駿一」


 うるさい悠の事は無視して、俺は丸山との会話を続けた。


「やること?」

「ふっふっふ、君達みたいな庶民を相手にしている暇は無いという事なのだよ」


 丸山は、わざとらしく気取ったそぶりをしながら言った。声も若干太く作っている。色男だとかイケメンを表しているのだろうが、予想以上に似合っていない。


「なんだ、そりゃ?」


 何かしらの高級店でバイトでも始めたのだろうか。俺と同じでアパートで貧乏暮らしをしている丸山の、何かをアピールしたそうな言動に、俺は取り敢えず相槌を打った。


「駿一! 駿一~っ!」

「ああ、うっさいな」


 悠が耳元でしつこく喚くので、俺は我慢できずに文句を言った。


「だって、さっきの! あたしの事以外にないじゃん! どういう意味よ!?」

「何だ、自覚があるのかよ。なら少しは気を使って欲しいもんだが……」

「……駿一、大丈夫か? まさか、マジで悩んでる?」


 ぶつぶつ言ってる俺を、さすがにおかしいと思ったのか、丸山が心配そうに顔を覗き込んでいる。


「大丈夫、俺は正気だ。が、どうも気分が優れない。ちょっと外で風に当たってくる」


 本当に正常かどうか、自分でも疑問を抱きながらも、俺はそう言って席を立った。


「ちょっと、今の……」

「……分かった、分かったから……屋上に行くから待て」


 これ以上教室でやりとりしていたら、百パーセント変な風に勘違いされるだろう。引っ切り無しに話しかけてくる悠を宥めながら、俺は人目に付かない屋上へ行く事にした。


「ああ……風が心地いい。頭痛にすーっと効いてくる」


 俺が精神攻撃で傷付いた脳味噌を癒していると、悠のさらなる精神攻撃が耳に響いた。


「頭痛? 保健室に行った方がいいんじゃないの?」

「この頭痛はお前によるものなんだがな」

「ええ? 駿一、最近あたしに冷たくない?」

「最近って、まだ三日しか経ってないだろうが。大体、普通の霊はこんなに引っ切り無しに喋ってこないぞ。人が寝付こうとしてたところに耳元に話しかけてきたり、多くても夜限定だったりだ。そういう霊には憑かれた事があるが、お前みたいに四六時中話しかけられたら、さすがにうんざりするぞ」

「だって、久々に会えて嬉しいんだもん」

「嬉しかろうが、迷惑だ。ある意味、ストーカーより悪いぞ。俺の背中を一秒も離れないで、隙あらば図々しく話しかけてくるなんて……うん?」


 俺は怪訝そうな顔つきをした。


「どうしたの?」

「気配がしないか?」

「気配?」

「霊の気配だ。下からかな。昨日の奴かもしれない」

「本当!?」

「ああ、そんな感じがする。あいつ、執念深そうだったから、俺達を追って来たのかもしれん」

「待ってて、もう一回追っ払ってみる」

 悠はそう言って、まるでホバー移動しているかのようにすーっと床を滑っていった。


「行ったか……」


 俺は屋上への出入り口がある搭屋に無理やりよじ登り、その上で寝そべった。


「やれやれ、少しは俺のプライバシーの事も考えて欲しいもんだぜ」


 三日ぶりの、完全に一人の時間が訪れた。俺はその解放感を体全体で味わう様に、空を見上げ、深呼吸を大きく一回した。


「見ーつけた!」

「うおっ!」


 俺の視界に、強引に割り込んできたものに驚き、俺は思わず声を上げた。ついさっき巻いた筈の悠の幽霊が、にこにこと俺を見下している。


「……マジかよ」


 これで完全に巻けるとは思っていなかったが、せめてこの昼休みの間は一人でリラックスしていたかった。


「駿一ったら、やる事も隠れ場所も子供のころから変わってないんだから!」

「なん……だと……?」

「ああやって誤魔化して人払いして、自分は高くて見つかりにくい所で一人で寝そべってる。そういうとこ、変わってないよね。なんか懐かしい!」

「ああ……」


 情けない事に、俺の脳裏には反射的に昔の光景が思い浮かんでしまった。確かに俺は、昔から一人で居るのが好きで、他人がウザい時はそうやってやり過ごしていた。そして、今も全く同じ方法を使った事に、俺は深い自己嫌悪を感じた。


「……それが分かってんなら、少しは俺の側から離れてくれ」


 俺は立ち上がると、そそくさと搭屋を降りた。


「ごめんなさい。でも、久しぶりに駿一と会えて、ついつい話しかけたくなっちゃって……」

「お前にとっては満足なんだろうが、俺にとっては迷惑なんだがな」

「あたしもそれは感じてるんだけど……あっ!」


 悠が大げさに驚いて、空を指差した。


「……いや、さすがにそんな露骨なのには引っ掛からんぞ。仕返しのつもりだろうが、俺の方はもう高校生だからな」

「違う、違う! あれ!」

「だから……」


 尚も続けようとする悠に、俺はさすがに呆れ、一言文句を言ってやろうとした。その時だった。俺の視界は真っ暗になった。それは突然の事で、俺は何が起きているかも分からず、意識が遠のいていく事に身を委ねるしか出来なかった。

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