5 宇宙人2
「う……ん……」
ぼやけた目の前が、徐々に鮮明になっていく。
「どこだ……ここは……」
目の前には白い床が、壁には備え付けられているらしい大型の機械があり、機械の隙間には丸い窓が見える。今は夜らしく、窓から外は真っ暗で何も見えない。
壁に備え付けられている機械は相当大型なものだ。どこかの大企業のスーパーコンピュータみたいだ。
「う……くそっ、何だこいつは!」
俺は立ち上がろうと思い、体を動かして初めて気付いた。どうやら俺の体は椅子に縛られていて、身動きが取れないらしい。
「どうなってんだ……」
あの時どうして意識を失ったのか、どうして椅子に縛られているのか、ここはどこなのか……全てがさっぱり分からないが、この状況がやばそうだという事は、何となく想像出来る。
「おーい! 誰か居ませんか!」
俺は大声で叫んだ。屋上で悠々……とは言えない時間を過ごしていた俺を問答無用でここへ連れてきた人物が、俺の味方だとは到底思えないが、どちらにせよ聞きたい事は山ほどある。それに、ここが大企業の建物の一室なら、その辺を通りすがった誰かが気付いてくれるかもしれない。
「目が覚めたみたいだプ」
俺の真後ろから声がした。かわいい女の人の声だが、油断ならない。俺をここへと閉じ込めた張本人かもしれない。
「気分はどうだピ?」
「最悪です」
俺は率直に答えた。
「そうかプ。それは気の毒にポ」
まるで他人事のように言っている。
「ここはどこなんですかね?」
「ここはUFOの中ポ」
俺の視界の端から、裸の女の子が歩いてきた。髪は緑色に染めてあり、ウェーブヘア……にも見えるが、単に髪をとかしていない、寝癖だらけにも見える髪型をしている。
「……」
俺は絶句した。女の裸を見た気恥ずかしさからではない。ある意味で一番掴まってはいけない人に掴まった事への絶望で絶句している。実際に目の当たりにすると、行動力のある不思議ちゃんほど怖いものは無いかもしれない。
場合によっては、あのウザいウザい幽霊よりも危険かもしれない。
「ええと、貴方はどういった人なんでしょうか?」
とにかく俺は、縄を解いてくれるように説得を試みようとした。それをやるなら、まずは相手の事を知らなければならない。
「振り子時計座のヴェルレーデン黄色矮星から来ましたプ。名前はロニクルと言いますポ」
「ああ……」
駄目だ。こんな設定まで考えている事を考えると、完全に頭がイってしまっている人だと思って間違いない。
「ええと、ロニクル星人さん。分かったから、こういうのやめてもらえませんかね、拉致ですよ、これ」
「ロニクル星人じゃないポ。自分の名前がロニクルなんだプ。敢えて言うなら、ロニクルはヴェルレーデン星人だプ」
「はあ……そうですか」
完全に自分の世界に入っているようなので、俺は仕方がなく、彼女に合わせることにした。
「ヴェルレーデン星人のロニクルさん。いくら宇宙人だって、やっていい事と悪い事があります。これは拉致と言って、地球では犯罪ですよ」
「知ってるプ。ここはUFOの中で、貴方はロニクルが捉えたサンプルだプ。だから地球の言葉で言う『拉致』という犯罪をしている事には間違いないポ。でもロニクルは宇宙人なので、関係が無いピ」
俺はぞっとした。目の前で、躊躇いも無く犯罪をする事を公言されてしまったのだ。
「いや、まずその宇宙人ごっこをやめにして、この縄を解いて下さい。てか、その歳して宇宙人ごっことか恥ずかしくないんですか? その語尾とか」
とにかく、この人を現実世界に戻す事が先決だろう。今の状態では碌に話も出来ない。
「この語尾は言語変換機能のバグだプ。地球語の変換はまだ不完全なんだピ」
「はぁ……聞く耳持たない完全なる電波さんなのか。こりゃ、お手上げだ」
俺は絶望した。完全に自分の世界に入って、現実に戻る気配が無い。つまり、まともな交渉すら出来ないという事だ。
「俺の完敗だ。諦めるしかないな」
強力な霊媒体質故に、霊にばかり気を取られていたが、生きている人間も相当恐ろしい事が分かった。まさか、これ程のが居るとは。
「……ま、もうどう足掻いてもロニクルさんのなすがままなんだし、いつまでも絶望しててもしょうがないか」
「その通りだプ。中々聞き分けの良い地球人だピ」
「こちらとしても、しつこい霊と別れる事が出来たんでね。その事については礼を言いますよ」
物事はプラスに考えなければならない。というか、この状況ではそうしなければ、こちらが狂ってしまいそうだ。
「悪かったわね、しつこい霊で」
「……最悪だな」
耳元から悠の声がした。俺は思わず嘆いた。
「反省してるなら、謝ってよ」
「いや、超問題児二人をいっぺんに相手にしなくてはならないこの状況が最悪って言ってるんだが……」
悠は「最悪だな」の後に、勝手に「俺って」を付けてしまったみたいだが、違う。俺はきっぱりと否定した。
「あ、そう。折角いい事を教えてあげようと思ったのになー」
「この状況でいい事があるとは思えないが。あるとすれば、腕のいい交渉人が見つかる事だろうな……いや、その前に通訳が必要だな。電波な人とも普通の人とも会話の出来る人物が」
とはいえ、こいつの話をまともに聞こうという人間が居るとはとても思えないが。
「お前じゃ、うっとおしいだけの、普通の人……いや、霊だしな」
俺は悠をちらりと見ながら言った。
「それ、どういう意味?」
悠が不機嫌そうにこちらを見ている。
「通訳は必要ないプ。今は翻訳機を使って話してるんだポ」
「あ、はいはい、分かりました」
こちらの言う事を真に受けて、この女は更に電波を飛ばしてきた。さらりと受け流さなければ、俺の脳は加速度的にこの女の電波によって汚染されてしまうだろう。
「ロニクルさんの言う通り、通訳は必要ないと思うよ、駿一」
「何!?」
大変だ。悠がもうロニクルさんに汚染されてきた。
「は、悠……お前……頼む! それだけはやめてくれ! ウザい上に電波な霊に付き纏われた日には、俺は発狂して死んでしまう!」
ここにきて新たな脅威が生まれようとしている。絶体絶命の大ピンチだ。
「……あのね、駿一。信じられない気持ちは分かるけど、彼女、ガチみたいだよ」
悠が、まるで子供の夢を壊したくない大人の様に遠慮がちに言った。
「彼女がガチの電波系だって事は、現在進行形で嫌って程思い知ってるが……」
「違う、違う。本物の宇宙人よ。でもって、ここ、地球じゃない」
「頼む、やめてくれー……」
悠は本当に電波に感染してしまったらしい。ここに電波とウザさを併せ持った、究極の霊体が誕生してしまったのである。いっそ、舌を噛みちぎって死のうか。
「外見てみてよ、本当に宇宙なんだよ!」
「いや、お前じゃないと分からないから。俺は窓覗くくらいしか出来ないし……」
おれはそう言いながら、機械の隙間にひっそりと存在している丸い窓の外を覗いた。真っ暗な背景に、白い星がちらちらと輝いている。
「まあ、中々凝ってる事は間違いないな。これだけリアルなもの、この電波女が一人で作ったんだとしたら、凄い才能の無駄遣いだ」
考えてみれば、窓は丸く、壁も曲線を描き、ぐるりと一周している。丸い部屋……これは典型的なアダムスキー型UFOの部屋だ。
「電波女が考えそうな部屋だな……でも、もし本当にUFOの中だったら、こんな感じなんだろうな……」
俺は部屋をまじまじと見た。窓と壁だけじゃなく、部屋の中央にある丸机や、それを取り囲むように置かれている椅子もSFっぽい作りになっている。それだけじゃない。計器類と思われる、メカニカルな設備にも手作り感やチャチさを感じられない。
「……」
「ね」
ウザ幽霊が嬉しそうに俺に微笑みかける。
「いや……冗談じゃないぞ、これ」
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