第16話 フラッシュバックしよう!
「……ごめんなさい」
「大丈夫ですよ。生理現象ですから、気にしないで下さい」
ネピアの電撃小規模結界に、ネピアともども罠にハマッた俺は派手に失禁していた。その後始末を俺とエルモアでしているのである。
ネピアは涙を流しつつ階下に消えていってから音信普通のまま。俺は裏庭にある井戸で軽く水浴びをし着替えてから一人で掃除をし始めようとしたところ、既に掃除用具を持って後片付けをしているエルモアがいた。
せっせと屋根裏部屋の床を拭き続ける二人。寝るときに敷いていたラグも丸めてバケツの中に入れる。バケツの水を交換する時にあわせて洗濯する予定だ。
「……本当にすいません」
「大丈夫ですよ」
エルモアは自分が汚れるのも意に介さず、進んで掃除をしてくれている。
失禁した後はその開放感から気分が高揚していたのか、アホな考えを色々していたものだが、冷静に後片付けをする段になってからは、エルモアへの申し訳なさと相まって後悔の念が俺を支配し続けている。
「……エルモア。いいよ……汚れちゃうから……俺一人でやるよ」
「大丈夫ですよ。別に汚れません」
エルモアの献身的精神姿勢を見せ続けれらている俺は、なんだかやりきれない気持ちになるものの、とある黒い感情がそれを覆い隠し塗りつぶしてゆく。
(最低だ。くそっ……。思い出しちまったよ……)
俺は失禁した事がある。お漏らし。それも多感なる子供時代にだ。何故そんなに我慢していたのだろう。小学校低学年だったから恥ずかしくて言えなかったのか分からない。もう当時の事は忘れたくて忘れたくて俺は記憶を心の奥底に封印した。
ただのお漏らしがトラウマになるのかよ、とせせら笑う人もいるだろう。だが俺のように弱い心の持ち主はいつでも簡単にそうなる。
人間は精神を守る為に記憶を封印したり、その人格を守る為にもう一つ仮の人格を作り上げる事があるそうだ。俺はもう一つの人格を作り上げ、そして記憶を封印した。そう思いたいが、そう上手くはいかない。
今も心底に封印したハズの当時の状況が朧げに蘇る。馬鹿にするクラスメイト。汚がる女子達。それに突き刺ささる好奇の視線。俺はこの視線に耐え切れず今度は上からも漏らしてしまった。
教室に響く皆の声。そして俺の吐瀉する音。ただでさえ俺の周りから引いていたクラスメイトも、逃げるようにして俺から離れてゆく。それに対しての俺の反応は追加の吐瀉物とその為に出る
面白がっていた奴もあまりの酷い光景に嫌気がさしたのか、教室全体が強烈な不快感に包み込まれる。
(うっ……。やめろ……これ以上考えると……)
俺は過去の記憶から振り切るように、頭を横に振り現実に戻る事を強く意識した。そうしないと吐いてしまいそうだから。
「……あの。大丈夫ですかタロさん? 顔……真っ青ですよ?」
「あっ……あぁ……すま、ない」
あまりにも酷い顔をしていたのだろう。エルモアが心配し寄り添うようにして背中に手を当ててくる。俺は蘇ってしまった記憶の中から一人の女の子を思い出していた。
それだけは忘れたくなった本当の思い出。だが強烈な体験と共にそれも合わせて封印していた。忘れたかった事と忘れたくなかった事を一緒に封印したせいなのか、女の子の顔、表情、仕草、体格、趣味、名前、何もかも忘れてしまっている。
それでもいくつか覚えている事がある。誰も俺には近づかなかったのに、その子だけは気遣ってくれた。助けてくれた。声をかけてくれた。うしれかった。
でも……今の今まで忘れていた。あの子はどうしたのだろう……元気にしているだろうか……。
(あの子がいたから……俺は今ここにいるんだ……)
たったこの一つの思い出のおかげで、最悪だった気分を持ち直す。
「……エルモア。本当にありがとう。大丈夫だよ」
「……本当ですか? 無理しないで下さいね」
俺は本当に恵まれているんだ。どうせ誰も助けてくれない。幼い時に起こしてしまった負の行動はいつまでたっても俺を追いかけてくる。けど、最初だけでも一緒に逃げてくれた子がいたんだ。それが俺の誇りでもあった。
それから気分を持ち直した俺は自分の服とラグを洗濯し裏庭にて干す。この裏庭は雑多な旧市街では一番でないのかと思われる程に日当たりが良い。階上の窓から洗濯物を干す事も出来たが、気分転換もかねてこちらに来ている。
(気持ちいいな……これであの事を思い出さなかったら最高の一日の始まりだったな……)
俺はまたもや落ち込みそうになるものの、全身に浴びた太陽光のおかげなのか、その暗気は光に照らされ消えていった。
(そうだ、ネピアを探しにいかないと……あいつ泣いてたもんなぁ)
流石に茶化す気分にはなれず彼女にキチンと謝罪する為にも居場所を探す事にした。
探すもなにもなく「入浴中」の札を見た瞬間にピンと来た。多分あれからずっと風呂にいるのだろう、落ちない汚れを取るようにしてずっとずっと。
あまりにも悲惨な光景が目に浮かび、いたたまれない気分になる。今は放っておいた方が良い気もしたが、一応声だけはかけておいた。
「……ネピア~ いるか?」
「っ!」
(いるな……「気」が駄々漏れだ)
「その……傷つけてしまって本当に申し訳ない」
「……」
「俺には謝る事しか出来ないけど、本当にごめんな。ここにいると嫌だろうから、先に上に行っているな」
「……」
「それじゃ……」
すると既に着替え終わっていたのか扉が開きネピアが出てくる。
「……」
「ごめん……」
「……いいわ。もう動物に噛まれたと思って忘れる事にするから。いい? だからあんたも忘れなさい。一生思い出しては駄目よ。それを約束してくれるなら許してあげるわ」
「……いいのか?」
「……良いも悪いも私が決める事なんだから黙って従いなさい。いいわね? これは私とあんたの最高機密事項よ。もし破ったら……」
「わっ、わかった。もうネピアを泣かせるような真似はしないよ」
「そっ……ならいいわ」
俺は心底救われた気になった。ネピアの懐の深さに感謝するしかなかった。まだぎこちない部分はあるが、これからの行動でネピアに示していけばいい。失った信用を取り戻すのは大変だけど、取り戻そうとしない方が問題だ。俺はこれからの行動に信念をもっていくと決めた日だったハズだった。
「……何がいいんだぃ?」
「「っ!?」」
(最強女将のアン様!?)
「何がいいんだぃ?」
「「……いっ、いえ」」
「あんだって!?」
「はいっ! アン様! 私は屋根裏部屋で失禁し、ネピアをマーキングいたしましたっ!」
「……そうかぃ」
「あーっ! あんたっ!? 今さっきそれは最高機密事項だって言ったでしょっ!? なに即効で約束破ってんのっ!?」
「しかたねぇーだろっ!? お前はこの状態で機密守れんのかよっ!? あっ!?」
「なっ? こいつ開き直ってぇ~! 絶対言わないって約束したでしょっ!? あんたは約束も守れない奴なのっ!?」
「俺はお前を泣かすような真似はしないって約束したんだっ! だから俺は約束を破ってません~ はっはぁっ!」
「なぁーーーっ!? そゆこと!? そゆこという!? そゆこといっちゃう!? あんたに期待した私が馬鹿だったわ! このひとでなしのろくでなしめっ!」
俺たちがヒートアップしたのもつかの間、最強女将が割って入る。
「いいかい……」
「「はいっ! アン様っ!」」
「クズ失禁は罰金一万クイーンな」
「なはぁっ!?」
「返事はしっかりしろ。いいね」
「はいっ! アン様っ!」
「次やったらクズ失禁は家賃五万クイーンに値上げな。いいね」
「そんなぁ!」
「あーっはっはっはっ! 因果応報だわっ! あー気持ちいいっ! あ~んっ気持ちぃぃっ!!!」
「くっそぉ! この野郎っ! 俺の家賃が上がるのがそんなに面白れぇのかよっ! あっ!?」
「面白いどころの話じゃないわっ! 私は一ヶ月二万クイーン。あんたは五万クイーン。一ヶ月で私の二・五ヶ月分も支払うなんてアホの極みよねぇ! あーっはっはっはっ!」
「オラぁっ! なんでもう一回失禁する事が確定してんだよぉ!?」
「そりゃあんたの緩いお股と頭じゃそうなる事が必然でしょうにっ! あーっはっはっはっ!」
「くそぉーーーっ! 絶対お前を絶対に失禁させてやるっ! いいなっ! 強制失禁だからなっ!?」
「おい」
「「はいっ! アン様っ!」」
「失禁させるとはどういう了見だね。また部屋を汚す気かぃ?」
「いえっ! 汚しませんっ!」
「……失禁したら汚れるのさ。あんたがどう思っていようがこの家は私のモノだ。だから私が判断する。それを汚すと目の前で宣誓するとは本当に面白いやつだ。気に入った。よし、今から五万クイーンだ。罰金と合わせて二万クイーン前金な」
「そんなぁっ!?」
「返事、前金しっかりな。いいね」
仕方なくその場で大きく返事をした後、二万クイーンを支払う。その横で両手で口を押さえているものの、笑いが堪えきれておらず「ぷぷぷ」と漏れているのに頭にきたが、既に罰金も支払い失うものはなくなったので、こいつも絶対漏らさせてやろうと心に誓った日になったのはネピアの知る由もない事であった。
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