第17話  マネージャーになろう!



 

 今日は最悪の日だと心底思った。始まりは失禁。フラッシュバック。宿主からのカツアゲ。そしてネピアの歪みきった人間とは思えない最低の顔。そうか……人間じゃなかった。だからこのクソエルフはいつか……いや近いうちに後悔させてやろうと思っている。


「はぁ~ なんだか最低の一日になると思ったけど、何とか持ち直したわぁ。誰かさんのお・か・げ・で・ね? まぁ~ 事の発端はあんたなんだから、必然って事よね~ あ~ もっとひどい目に遭わないかしら? ね?」

「……」

「嬉しそうだね? ネピアどうしたの?」

「えっ? 聞いちゃう? 聞いちゃうの? エルモア? あ~ 仕方ない、仕方ない。聞かれちゃ答えるしかないってもんよねぇ。いい? このアホはね、なんとっ! 一ヶ月の家賃が五万クイーンになったの! まぁ凄いわぁ! この短期間で、いや一日しか経ってないのにこの値上がり! いや~投資家も真っ青の状況ね~」

「……」

「……そうなんですか? タロさん?」


 俺はうなだれるように顔を下に向けてそれを返事とする。


「あーっはっはっはっ! 本当に凄いわねぇ~ なかなか出来ないこと。それをやってのけるっ! はぁ~あ~んっ気持ちぃぃっ!!!」

「……」

「……タロさん」


(……もう安宿の相部屋ドミトリーにいっても同じ値段だ。けどヒポもいるし、ネピアには強制失禁させなきゃいけないし……そう。俺は社会派紳士。あきらめない)


「ちょっといいか」

「「はいっ! ザンさんっ」」

「あっ、ザンさんおはようございます」

「おはよう。ちょっとこれ借りるぞ」

「えっ……俺?」

「ぷっ。また値上げじゃない?」

「嬢ちゃん達、悪いが先に下へ行っていてくれるか? すぐ済む用事だからよ」

「「は~い」」


 特に気にする様でもなく、二人は階下へと進んでゆく。取り残される俺とザンさん。アン様の登場でザンさんの陰は薄くなったものの、単独で会えば十分恐ろしいモンスターと言えた。


「……すぐ済む。お前これから新市街へ行くな?」

「はい。王宮近くの役所にて奴隷の解放申請に行ってきます」

「そのことなんだけどな……お前、アンは分かるだろ?」

「もちろんです。アン様には世話になっています」

「そうか。ここいらはアンのモノだ。だから誰もお前達に何も言わない。だがアンの勢力圏を越えればどうなるか分かるな?」

「……はい」

「いいか? お前だけじゃない。あの子達の事を第一に考えろ。お前が引く事でトラブルを避けられるなら、喜んでそうしろ」

「はい」

「よし。男は損が出来るようになったら一人前だ。お前なら出来るだろう」

「ありがとうございます」

「……時間取らせたな。それと……これはアンには言うなよ? いいか? もしどうしようもなくなったら、その時はアンの名前を出せ。その後の事は俺がケツ持つから」

「ザンさん……」

「分かったらさっさといけ」

「はいっ!」


 俺は階下に降りながら感謝の気持ちでいっぱいだった。心配してくれている。もちろん俺が頼りないからなのかもしれない。けれど、それでも良かった。昨日のやり取りや、アン様に直接対面して分かったあの膨大なる「気」。

 ザンさんだって決して弱い訳じゃない。相当の手練れだ。だが、レベルが違う。

 そのアン様に対してケツを持ってくれるという男気。全く歯が立たないと思った。男としての度量が違い過ぎる。


 だから俺はこう心に誓った。何があってもザンさんの気持ちに応える為にも、絶対にアン様の名前は出さないって心に決めた日でもあった。




「それじゃ行くか」

「はい」

「意外に早かったじゃない」


 あぁ、と答えて鍛冶屋ザンからヒポと荷車で一路、王宮近くの役所に向かう。どうやら本当にアン様の縄張りらしく、俺たちの行動を邪魔しないように回りが気遣ってくれいているのが多少なりとも感じられる。


「お~い」


 すると出店から声がかかる。鍛冶屋ザンを探していた時に道を尋ねた店主だった。


「お出かけかい?」

「はい。これから王宮近くの役所へ行きます」

「そうかい。じゃあこのミニスイカを食べながらいきなさい」

「すいません。おいくらですか?」

「ひいきにしてくれるって事だから、今回はサービスさ。フルーツはね、心を穏やかにさせてくれるよ。慌てずいきなさい」

「ですが……」

「いいんだよ。それじゃ気をつけていってらっしゃい」

「ありがとうございます。いただきますね」

「おっちゃん。あんがと!」

「どういたしまして」


 俺たちは渡された小さな小さなスイカを一つ、また一つと食べながら進んでゆく。初めてみたゴルフボールサイズのスイカ。皮ごと食べられるようで、とても食べやすい。意外にもちょうど良い堅さの皮で、その皮の中から出てくる水々しいまでの果肉。あの店主が言っていたように穏やかな気分になる。


 だがそれもつかの間。段々と新市街が近づいてくるにつれてザンさんの所の辺りとは、違う雰囲気が辺りを漂う。だがハッキリと変わっていったのは旧市街と新市街の境目だった。

 明らかに違う道や建物の作り。そしてそこにいる住民や人々。旧市街と新市街の差を実感していると、俺たちが出会いたくない者達に遭遇する事になってしまった。



「何をやっているっ! 止まれっ!」

「そうだっ! 止まれっ! 止まれっ!」


 目の前に飛び出てきた真性門番の隊長アピストとその部下であるグラマ。今の時間は門番ではなく巡回なのか、ヒポを止めると舐めるような視線とともにこちらへやってくる。


「おい。ここは荷車の通行は禁止だ」

「……入る時は通れたけど?」

「貴様っ! この隊長である私が駄目だといったら駄目なのだっ!」

「おっと。アピスト隊長。今こいつ刃向かいました。執行の妨害でしょっ引きましょう」

「おいおい。事実を述べたまでだぜ」

「うるさいっ! お前には話す事などないっ! ……その二人に少しい聞きたい事がある」

「そうだ。まず名前。そして何処に住んでいるのか。風呂の時間。そして洗濯物を干す場所だ、それと……」



(……こいつら。マジで救いようないな)



「あの~ それは答えなくてはいけない事なんでしょうか?」

「ええ、もちろんです! 囚われの幼人ようじんよ。これもあなたをお守りする為に必要な情報なんです。ご理解下さい」

「アホか。なんで風呂の時間や洗濯物を干す場所を教えなきゃいけない。お前らがこいつらの風呂覗きたいのと下着ドロしたいだけだろ?」

「なっ!? なんたる無礼な物言い! 勘違いしてもらっては困るっ! むしろその逆で、覗きや下着ドロから守る為に情報が必要なのだっ!」

「アピスト隊長。とりあえずこいつを黙らせましょう。後は私たちで……」

「……うむ。そうだな。よしグラマ。そいつを牢屋へブチ込んでおけ」

「なっ!? そう言って幼人ようじんたちとの時間を独り占めする気じゃないでしょうねっ!?」

「なっ!? 違う! 全然違うよ! お前は俺の部下なんだ。黙って言う事を聞いて任務をこなすんだっ!」

「い~や納得出来ませんね。隊長は独り占めする気だ」

「なんだとぉ!?」



(こいつ独り占めとか言っちゃったよ……)



「あ~ いいすか? ちょっと急いでいるもんで先に行きますよ」

「「まっ、待て! 話は済んでいないぞっ!」」

「ふん。とりあえず、うちのジュニアアイドルに用があるのならマネージャーであるこの私の許可が必要だ」

「「なっ!?」」

「いいか? 貴様らは私の許可なく彼女らと喋る事は出来ない。見る事も許されない。何故なら現在の所有者は、この社会派紳士である私だからだ」

「「くっそぉ!」」

「分かったらウチのアイドルを視姦するのはやめてもらおう」

「なんだと~ 偉そうにしやがって! こうなったら実力行使だっ! いくぞっ! グラマっ!」

「はいっ! アピスト隊長!」

「「 巡回交差剣っ!! 」」


 この間と全く同じ攻撃で、やたら距離を取って互いに走りながら交差してこちらへやってくる。ヒポにぶちかましてもらおうかとも思ったが、俺は早速奥の手を使う。


「……言ってなかったけど、このジュニアアイドルを売り出している事務所は鍛冶屋ザンだから」

「「へっ?」」

「……もう分かるよね?」

「ま……まさか……後ろには……ア……ン……様が」

「ひっ!?」

「……あの御方にキッチリとシメ込んでもらいたいのなら止めないけどね」

「「どうぞっ! お通り下さいっ!!」」


(一発かよ。ちょっと奥の手使うの早すぎたか?)


 そんな事を思いつつも、こういう奴にはやっぱり大きな力なんだなと再認識する。そして先ほど思っていた最悪の日は未だ進行し続けている事を完全に失念していた。










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