第15話  マーキングしよう!

 



 夢の中にいる。そう知覚できれば面白いかもしれない。夢とは記憶の整理と言う人もいる。でも俺はこうも思う。夢というのは俺が経験できなかった、他の世界で俺にあたる存在が体験している事。何故ならそう思ったほうが夢があるからだ。

 夢なのに夢がある。その夢の中にさらに夢がある。そうやってそうやって広げて考えていくと、途端に自分の存在が希薄になるように感じて恐ろしくなってしまう。


 でも安心して見れる夢だった。何故だか分からないが夢の中で夢が叶ったように感じたから。そう……俺はいつの間にか夢を叶えていたんだ。


(……まだ……寝れる)


 一瞬目を開けた時に窓の辺りから光が漏れ始めていたので、そろそろ起床の時間かもしれないと落ちゆく記憶の中で思っていた。


(……寒い)


 寝れるかと思ったらなんだか寒さを感じてしまう。なんで俺の部屋がこんなに寒いのか分からなかった。

 確かに安アパートで隙間風もある物件だが今は四月のはず。もちろん春も寒いには寒い。ただ、ここまで朝方が冷え込んだのは久しぶりではないだろうか。それもそのはず、俺の大切な羽毛布団セットで寝ていない。畳の上で寝ている感じはせず、台所の床上で寝いてる堅さだった。


(……酔っ払って……寝落ちしたか)


 まったく目を開けない状態で辺りをまさぐっていると、不意にアラームの音が鳴り始めた。



ピッ



(……あれ……今日……入社式だっけ……どこだ……スマホは……なんだ? これ?……かたいような……やわらかいような)



ピッ



 俺は最後の最後まで行動する事は出来なかった。だが本能の警告音は鳴りっぱなしだ。それを無視し現実と言う名の虚構に惑わされて終わりを告げる。



ピッ



「「あ゛ばばばばばばぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ーーーーーっ!!!!」」


「ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛っ!!  ネ゛っ゛ビ っ゛ア゛っ゛ だじげでぇ゛ーー!!!」

「ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛っ!!  エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛ だじげでぇ゛ーーー!!!!!!! 」



 刺激的な目覚めと同時に、あの世へ旅立ちそうな電撃を受け続け必死にネピアに懇願するも、そのネピアも一緒になって感電していた。俺の手がネピアの胸に張り付いている。手を離そうにもしっかりくっついていて全く離れない。



「「ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛っ!!  エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛ だじげでぇ゛ーーー!!!!!!! 」」



 本当にこのまま死んでしまうかと思ったが、この尋常ではない刺激が生命活動を刺激しているのか、それとも本当にこのままだと死んでしまうから最後の力を振り絞って意識がハッキリしてきているのかは分からなかったが、俺たちはすこやかに眠るエルモアに対して必死になって懇願した。



「「ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛っ!!  エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛ お゛ぎっ゛でぇ゛ーーー!!!!!!! 」」



 するとむくりと長座するように起き上がるものの目は閉じている。だがこのチャンスを逃す事は出来ない。



「「エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛!!!! エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛!!!! エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛!!!! 」」



 ネピアと俺の心の叫びを受け取ったのか口に手を当ててあくびをしている。



「「エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛ だじげでぇ゛ー!!! ばっ゛や゛ぐっ゛!!! ごれ゛っ゛! げっ゛じっ゛でっ゛よ゛っ゛ーーー!!!!」」



 目を瞑りながら顔を傾げて考えるような仕草をするが、いまいち伝わってない。こうなれば伝わるまで全力でいくしかない。



「「エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛!!!! エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛!!!! エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛!!!! 」」

「「エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛!!!! エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛!!!! エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛!!!! 」」

「「エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛!!!! エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛!!!! エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛!!!! 」」

「「エ゛っ゛ル゛っ゛モ゛っ゛ア゛っ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」」



 最後の断末魔を上げた時、エルモアが人差し指を上に向けて腕を上げる。すると嘘のように電撃が俺らの身体から逃げてゆく。そのまま重なるように床へ倒れる二人。そんな惨劇は全く意識にないようで俺らから少し離れた所でまた眠るエルモアだった。


「……し……死んでない」

「……い……生きてる」

「「生きてる~」」


 二人で抱きしめ合う。本当に生死の狭間から帰還した者達は、今までの関係性も超えてこのようになれるのである。そして生還できた事が心から嬉しかったのか、ネピアが俺に心を開いてくれたと感じて、気持ちが緩んでしまったのかどうかは女王様が知るのみという事になった。



「良かったぁ~ 本当に良かったぁ~」

「……」

「あんたも喜びなさいよ……私たち生きて帰れたんだから……ね?」

「……」

「どうしたの? もしかしてどこか……っえ……なに……なんだか……生暖かい……」

「……」

「……えっ……えっ……えっ……もしかして」

「……テヘッ」

「いやぁーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「ごみん。緩んじゃった。めんごめんご」

「いやぁーーーっ!!! こんな奴にぃマーキングされたぁーーーーっ!!!!!」


 滴る雫と共に階下へ号泣しながら走り去る、マーキングエルフ。俺は緩んで失禁してしまった下半身を叱りつける事もなく、そしてネピアへの同情も隠す事なく座り込んでいた。


(ネピアも以前、漏らしたしこれでおあいこだな。あいつもこれで気兼ねなしに俺と付き合えるだろう。失禁仲間としてな)


 そう思った俺はむしろ誇らしかった。何せ自分を落とし込む事で他人を上げてやる存在。それこそが社会派紳士なのではないだろうか。昨今、自分だけ上に上がれば良いという者達が多い中、先進的な行動とも言える。


(ネピアが泣いていた理由は……そうか。嬉しかったのか……ふふっ)


 ネピアは自分の気持ちを素直に伝える事の出来ない子だ。だから大人である……いや社会派紳士である俺が切り込んでいってやらないと、いつまでたっても心は開いてくれない。でも出来たじゃないか。あんなに喜んで。俺も初めてだった。あんなにうれし涙を流す女の子を見た事がなかったから。


(なんだか……子供の成長って励みになるんだな……ハハッ)


 これからの共同生活に一筋の希望が差した気がして思わず微笑んでしまった。その希望の光としずくをいつまでも忘れないように、扉から漏れるこのアドリード王国に注ぐ太陽の光に誓った日でもあった。










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