第14話  屋根裏で寝よう!



 風呂から上がり身体から出る湯気を「気」のように操り階段を上るこの社会派紳士。この王都アドリアは日中は暖かかったが、日が沈むと途端に冷え込んできた。おかげでこの「気」をまき散らすかのような遊びが出来る事に素直に喜び、自分の肩から腕にかけて出ている湯気を満足そうに眺める。


(後ろから見たらさぞかし格好がよいのだろうな。全身から湧き出る「気」が俺を覆い尽くすっ!)


「はぁっ!!!」


 その場で前に掌底を出すように動作する。全くもって暴力は好まない社会派紳士ではあるが、この状況なら致し方ないとも思った。


「……なにやってんの?」

「はっ!? 貴様っ! 見ていたのか……これを見られたからには……」

「……見られたからには?」

「……見なかった事にしてくれ」

「……エルモアぁ~ ちょっと~」

「てめぇ! 見なかった事にしろってんだろっ! オラぁ!」


 金色の髪をウサギの耳ように揺らして駆けてゆくネピア。俺はそれを捕まえるようにするが、あと一歩の所で逃す。

 屋根裏へと続く階段を駆けて上がり、屋根裏の中に入った瞬間それは起こった。


「あ゛ばばばばばばぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ーーーーーっ!!!!」


 まるで電撃のようなものを受けてそこから逃れられなさそうになるも、階段だったのが幸いしたのかそれとも身体が重力に逆らえなかったのか、そのまま階段下へと落ちる。


「んべぇっ!」


 頭を打つ事無く身体をひねりながら床に身体ごと打ち付ける。いきなり何が起こったのが全く理解が出来なかった。屋根裏に入った瞬間に気がつくと感電したように電気が身体を縦横無尽に走り回り俺の行動を不能とした。


「タロさんっ!」

「あ……あ……あ……」

「大丈夫ですかっ!? すぐ回復しますからっ!」


 エルモアが駆けつけて俺に手をかざす。いや、今度は手を俺に直接触れて何やら言葉を発している。俺には何を言っているのか全く分からなかったが、それが俺の意識に障害がある為なのか、俺の知らない言語なのかは判定出来る状態で無かった。そのまま一旦シャットダウンするような感覚に見舞われる。





「……あれ。さっきと同じ状態だ」

「あ……よかった。どこか痛いところはありませんか?」

「ん? 痛いところ? ……大丈夫だけど」

「記憶に混乱がみられますね……」

「記憶? ……ん?」


 先ほどは夢だったのか、俺は夢の中でもエルモアに膝枕されていた。そこで膝枕大好きっ子で社会派紳士な俺は、エルモアの膝枕を頭全体を使って堪能していた。


(まぁいいか。とりあえず膝枕を堪能しよう)

「う~んう~ん」

「痛いですか? タロさん?」

「痛くないよ。気持ちいい」

「気持ちいいんですか?」

「はい!」

「はぁ」


 久々に膝枕を体験して思う事が一つあった。これは何故に膝枕と言うのか。どちらかというと 「ふともも枕」 なんじゃないかと。それに俺の好きなタイプの膝枕だと相手のお腹、股、ふともも、この三つの要素が俺に触れ合っている時こそ至上の安らぎを得られるのではないだろうか。

 いやお腹までいくと多少行き過ぎの感はあるのだろうか。やはりふとももから股の間が一番かもしれない。なら膝枕ではないではないか。やはり「ふともも枕」だろう。股近くなら、股ぐらなんてネーミングも洒落ているかもしれない。


「……」

「……」


 なんだか落ち着かない気分になってきた。何故ならよく分からない状況ではあるが、エルモアの厚意でこの状態になっているのだ。俺はエルモアにここまでしてもらうほど、彼女に尽くした訳ではない。何か褒美を貰いすぎて今後が心配になる小心者である事を素直に認め、社会派紳士は動き出す。


 なんともいい気分ではあったが、未練を断ち切るように立ち上がるようにすると、「あっすいません。起きますよね」と言って膝枕状態を解除して起き上がるのを手伝ってくれた。


「いや……謝らないでくれエルモア君。本当に感謝している」

「そうですか、それは良かったです」

「良かったのはこちらの方だ。久しくこの気分を忘れていたよ。本当にありがとう」

「いえいえ。そう言って頂ければ十分です」


 何故だか既視感デジャヴを感じ、頭を左右に軽く振りながら意識を整えてゆく。相変わらずの狭い屋根裏部屋であったが、それでも何か、ほんの少しだけ……気持ち広く感じた。それは一人少なかったからであった。


「あれ? ネピアは?」

「下にいますよ」

「下に? なんで?」

「それは……」

「まぁいいや。ネピアぁー どうした~?」


 本人に直接聞いた方が早いと思った俺は階段を降りていく。階下の窓から外を眺めている姿は儚げであった。まだ子供ながらも大人びた表情で外を見つめているのを見るとなんだか落ち着かない気分になった。


 そして俺はその気持ちが俺の本心である事がすぐにわかった。魅了される俺の心。真っ直ぐにネピアを見据えて近づいてゆく。俺は堪えきれない衝動を胸に秘めて、彼女に心からの気持ちを真正面からぶつける事にした。



「オラぁ! てめぇ! 思い出したぞっ! この俺様を罠にハメやがったなぁ!? えっ!? 電撃の罠でハメ込むとはいい度胸じゃねぇか!」

「わっ!? 生き返った!?」

「てんめぇ! 今! 生き返ったって言ったよな!?」


 ネピアとそのまま組み合い一悶着起こす。


「だいだいあんたと一緒の部屋で寝るって事がおかしいのよっ! そりゃ、

入ってこれないように罠しかけるのがレディーの嗜みってもんでしょ!」

「あぁっ!? どこにレディーがいんだよっ!? このロリフがっ!」

「あっ! 今ロリっ言ったぁ!? ロリじゃないっ! 立派なレディーよっ!」

「違ぇーよ! ロリじゃないっ! ロリフだっ! 大体よぉ! ロリのエルフが俺に対して罠仕込もうってのが気に入らねぇ! 俺が何したってんだよっ!?」

「当ったり前でしょっ! まだ会って二日目でこの危険度よ! 一緒の部屋……ましては触れ合う程の隣でなんて寝られるわけないでしょっ!」

「……」

「……」

「……ふん。平行線のようだな」

「……そのようね」


 俺とネピアは互いに距離を取る。相手から視線を外さないように横へとジリジリ移動する。先に動くか、それとも相手の出方を見るか。だがその選択肢を選ぶ事なく、この件は終了する。


「……おい。ガキども。ここは誰の家だ?」

「「ザンさんですっ!!」」

「……分かったら頭が暖かいウチに寝な」

「「はいっ!!」」


 危うく眠れる獅子を起こしてしまうところだったが、それは時すでに遅かったという事が階下から聞こえる二人目の声でハッキリ分かった。そう、眠れる獅子はもう一人いる。それはもちろんアン様の事だ。


「……誰がこの家の主だって?」

「……いぇ、その」

「あんだって!? ハッキリ喋りな!」

「アン様です!」

「そうかい。だがお前はそう答えなかった」

「はい!」

「この辺りをキッチリとシメ込んでいるのは誰だぁ」

「アン様です!」

「あんたはそのアン様のなんだぃ?」

「旦那です!」

「なら正しく物事は伝えな。いいね」

「はいっ!」


 教育が終わった事に満足したかのような「気」を感じ、アン様は寝室なのか奥の方へと「気」を動かしていった。しかし階下にはそこからしばらく動かなくなった小さな「気」がある事も俺には分かっていた。




「……ネピア」

「……なによ」

「そのな……俺……お前に伝えておきたい事があるんだ……」

「奇遇ね……その……私もなんだ……」

「いいよ。ネピアからでいいぜ」

「そんな。タローからでいいよ」

「……」

「……」

「……いいから早く言えよ」

「……あんたこそ早く言いなさいよ」

「……クソっ。とりあえず休戦だ。ここではな」

「……ムカつくけど了解したわ。致し方ないでしょう。それで手を打とうじゃない」

「あれはマズい」

「理解しているわ」

「なんの事ですか? 喧嘩しないのはよい事ですけど……」

「エルモアは大丈夫だ。それにエルモアに何かあったら全力で守るから」

「はぁ。それはありがとうございます」

「……」


 俺たちは天板兼床板を閉めて、三人で川の字になって寝ている。ネピアが魔法で光を出してくれていて、ぼんやりと屋根裏部屋を照らしている。室内灯の豆電球くらいの明るさだった。 


 そして俺はヨヘイじいさんから貰った作務衣を上下着ている。

 エルモアは寒がりという事でウメさんが持っていたフリース生地のようなスウェットを上下でセットアップ。頭には耳袋とボンボン付きのニットキャップをナイトキャップ代わりにしている。

 そしてネピアは暑がりらしくキャミソールにホットパンツだ。何故かそのキャミソールの前面には「人間な」と大きくプリントされている。 


 この王都は夜から明け方にかけては冷え込むようで、事実今も冷え込んできているのだが、ネピアはどこ吹く風で毛布すら腹回りにかけている程度だった。正直見た目からしてもアホの子満載の出で立ちがしっくりきている。

 ちなみに 俺 → ネピア → エルモア という順番だ。

 ネピアが言うにはエルモアには指一本触れさせないとのお達しだ。



「これ便利だな。この光加減もちょうどいいな」

「そう? ちょっと暗いかなって思ったけど」

「私もこれくらいがいいな」

「これって寝たら消えるのか?」

「ん~ そうする事も出来るけど、一応明かりがあった方がいいかなって思ったから、朝までボンヤリ光っているよ」

「そうか。すごいなネピアは」

「……別にすごくないよ」

「いえ、凄いんですよネピアは。これ私がやると寝たら消えちゃうんです」

「そうなのか?」

「そうです。基本的には使用者の意識がある時に効果を発揮します。でもネピアはこの光を寝てしまっても継続出来るんです。そればかりか設定した動作を予め組み込む事で、寝ている間にも一定以外の動作をする事が可能になっています」

「ほぉ。本当に凄いんだなお前」

「……別にって言ってるでしょ」

「確かに寝ている間にも効果を持続できる方はいらっしゃるのですが、その効果を変化させる事が出来るのはほんの一部なんです」


(くそぉ! エリートかよ!?)


 悔しさで枕を濡らしそうになるも、この性悪エルフの一言で我に返った。



「……なんでもいいけど、ここからこっちに入ってきたら電撃だからね。そのまま今度は感電死するわよ」

「えっ?」

「……言葉の通りよ。小規模結界を張ったから今言ったラインからこっちに侵入したらそうなるってわけ。まぁ結界に触れた瞬間に感電するわね」

「なっ!? 先に言えよっ! 危ねぇな!」

「言わないでおこうかと思ってたけど感謝しなさい」


(……落ち着け……ここで騒ぎは起こせない……でも結界に触れた瞬間ってのは危な過ぎるだろう。とりあえず譲歩案を出していこう……)


「わかった。結界も理解した。ただな……俺も寝相が悪い訳じゃないが、お前に触れなくても結界に指が触れて感電なんて事は嫌だぞ」

「……仕方ないじゃない。あんたの犠牲は無駄にしないわ」


(んっ……はぁっ……落ち着け……餅つけぇ……はぁー ぺったんぺったん。よし。ウサギが餅ついて俺も落ち着いたハズだ)


「わかった。そのお前の魔法技術の高さに対してお願いしたい事がある」

「なによ」

「三秒ルールだ。俺が寝返りをうって仮に結界内に手が触れたとする。そうしたら何でもいい。軽く音をだして三秒カウントしてくれ。その間に俺は待避する」

「……なんで私が譲歩しなきゃいけないの?」


(ここで怒ったら駄目だ)


「頼むよ。もしこれで騒ぎになったら、お前もとばっちり喰らうぞ?」

「そうですね。なんだかそんな感じがします」

「あ~ わかったわよ。 面倒な事いうんだから……」



 そう言いながらも何事か呟いて結界であろう場所を触りながら設定を施してゆく。何回か結界であろう場所が光り、本当に存在している事を俺に知らしめてくれる。

 すると「ピッ ピッ ピッ」と警告音がなり一際明るく光りが差す。


「はい。これでいいんでしょ? もう眠いから寝るね。おやすみ~」

「あぁ。おやすみネピア、エルモア」

「おやすみなさい。タロさん、ネピア」


 疲れていた。ここに着くまで色々あった。だからもう考えが麻痺していたのかもしれない。俺はこれで大丈夫だろうと思ってしまったんだ。

 そう俺はギリギリまで粘ってネピアから好条件を引き出したと勘違いした。その努力と得た譲歩案に酔いしれながら、朝を迎えられるのか分からない不明なる就寝を始める事になった。










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