第13話  夕食を食べよう!

 


 家賃が一人だけ三万クイーンになってしまった社会派紳士。なぜ紳士がこのような仕打ちを受けてしまったのかは、この目の前にいるクソ生意気なクソエルフが起因していた。


「……」

「……」


 同じ部屋にいるというのに互いに全く話さない。それどころかハシゴ近くに陣取っていつでも俺から逃げられるようにしているネピア。

 なぜ彼女がそこまで意固地になっているのかは分からないが、なんにせよ心を閉ざしている状態なのは見て取れた。


「……なぁ」

「っ!」


 凄い。声を掛けると振動バイブする電動エルフだ。


「……お~い」

「……」


 あぐらをかいて座っていたが、座り心地悪かったので座り直す。


「っ!?」

「……」


 一挙一動に反応する敏感エルフ。


「ネピア……大丈夫か?」

「……」

「お小水はここじゃ駄目だからな?」

「っ!? 違うわよっ!」

「ようやく喋ってくれたか。どうしたんだよ? 何かあったのか?」


(女の子と向き合う時はこっちに非がなくても、低姿勢になり気を遣って声をかけてやるもんだ)


「あんたがっ! お風呂中の私を襲おうとしてきたから怯えてるんでしょうがっ!」

「おいおい。誰が誰を襲うって?」

「あんたよっ!」

「待ってくれ。俺は襲いなんかしない。ただ風呂に入りたかっただけなんだ」

「じゃあ私が出てくるまで待っていればいいでしょっ!」

「……我慢出来ない」

「っ!?」


 またブルブルと震えだして距離を取ろうとするネピア。


「落ち着けって。何を怯えてるか知らないが、俺はお前に何もしないよ。な? 安心!」

「……」

「……だってお前に何すんだよ。風呂入るだけだって。それにそれももう終わったろ? そして俺は何故か一万クイーン多く支払わなければなくなった。不条理な世の中だな」

「あんたがっ! 大人しくしてればこんな事にならなかったんじゃないっ!」

「ネピアがかんぬき外してくれればこんな事にはならなかっただろ」

「なんであんたと一緒に風呂にはいらなきゃならないのっ!?」

「一緒にって……なんだ一緒に入りたかったのか? それで照れてんのか……ハハッ」

「あんたぁーー! いい加減にしなさいよっ!」

「ただいま~ いいお湯でした~」


 タイミングよく屋根裏部屋に戻ってきたエルモアのおかげで戦いは避けられた。依然怒りが収まらないのかネピアはこちらを睨み付けていたが、俺はエルモアの持っているトレイに載せられたものに見入っていた。ネピアも気づいたのか、俺と同じように見入っている。


「ザンさんがくれたんです。宿泊記念だそうです」


 トレイに載っけられていたのは食べ物だった。バスケット満載に入れられたパン。木皿に入ったシチューには沢山具材が入っていた。それと俺の知っているサイズから二回りくらい小さなリンゴが六つ。そしてジョッキになみなみ注がれているのはぶどう酒だろうか。


「おぉ……なんだか凄い美味そうだ。それにこの小さいのリンゴか? 凄く可愛いな」

「おいしそ~ ねっ! 早く食べよう!」

「そうですね。ちなみにザンさんの奥様がお作りになったみたいですよ」

「そうか。じゃあザンさんと奥さんに感謝して……」

「「「いただきま~す」」」


 予想通りネピアは満面の笑みを浮かべながら食事を頂いている。エルモアはもちろんの事、ネピアでさえ貪り喰う事はなく綺麗に食べていった。


「温め直してくれたのかな……温かくておいしいな」

「「ね~」」


 今回は座って同じ方向に上半身を傾けて意思を共有していた。俺は一つ目のパンを食べきり、ぶどう酒を飲んだところで気になっていた事を質問した。


「そういやさ。エルフも食べる前に、いただきますって言うのか?」

「はい。タロさんもそうでしたね」

「そりゃそうよ。私たちは精霊の加護を受けて生きているのよ。それと同じく生きているモノを頂いて私たちは存在している。なら食事前に声を掛けるのも当たり前でしょ」

「そうか。なんだか遠い所にきたのに、同じような文化があって安心したよ」

「私はタロさんが同じ気持ちをもっていててくれて嬉しいです!」

「そうね。あんたは突飛すぎる変態だけど、そういう所は認めてあげるわ」

「そりゃ嬉しいね」


 素直に感謝し楽しい食事を継続してゆく。腹が空いていたのは皆おなじだったのか、もちろん残す事無く綺麗に平らげてしまった。

 それから後片付けをし、トレイごと階下に持って行こうとするエルモアを引き留める。


「いいよ。俺持ってくよ。まだ風呂入ってないし、行きがてら置いてくるから」

「そうですか。それではお願いしますね」

「あ~ ザンさんの奥さんにあったらお礼言っておいて~」

「もとよりそのつもりだ。安心しろ」


 階下に降りて貯めてある水を使い食器類を洗う。ちょうど洗い終わった所で一人の大変大柄な女性がやってくる。その風貌はみるからに最強クラスの女将さんと言えるものだった。


「あんたかぃ? 小さい女の子の風呂を覗こうとしてたクズってのは?」


(ザンさんよりでけぇ……絶対勝てない……)


「あっ……いやっ……その……覗こうとしたわけじゃ……」

「あんだって!? ハッキリ喋りな!」

「はいっ! 風呂に入ろうと思っただけです!」

「そうかい。じゃあ今度は誰もいない時に入りな。いいね」

「はいっ!」

「いい返事だ。いつもそうやってシャキッとしてな。私はアンだ。ここの辺り全てを牛耳っている。そいつをよこしな」

「はいっ! あっ……」

「あんだって!?」

「ご馳走様でしたっ! 美味かったですっ!」

「……そうかい。風呂入ったら暖かいうちに寝るんだよ」


 そう言うと辺りに膨大な「気」をまき散らしながら奥へと消えていった。突然の出来事に立ち尽くすも「気」が完全に奥に行った事でようやく自我が戻ってくる。


(はぁっ……はぁっ……はぁっ……)


 なんていう力強さ。それと恐ろしいまでの「気」 まったく歯が立たないどころか、俺がここに存在出来ているのが不思議な位だ。


(こりゃ……下手したら……死ぬな……)


  しかしどうもおかしい。それは「気」だ。何故か以前の世界では感じなかったその「気」が手に取るように分かる。そしてその強さの度合いもだ。気配もか……。一体、俺自身に何が起こっているのか。


 色々と思考してみるものの、解決しそうになかったので当初の予定通り風呂に入る事にした。



(ん~ 気持ちいいな。一人用の風呂ってのも悪くないな)



 気持ちは切り替わり、リフレッシュする身体と精神。風呂に入らない奴は身も心も汚しているというわけだ。なんとも勿体ない事ではあるが人それぞれ。十人十色。

 ネピアがどれだけ風呂に入っていたのか分からないが、これは長風呂になってしまいそうだ。


 のんびりとのんびりと湯につかる。そして今後の事を考える。まず住処が格安で見つかったのは本当に感謝すべきだろう。家賃ほど生活費の中で大部分を占めるものは少ない。もちろん人によっては家賃より費やしているモノが多い人もいるだろうが、それは俺の人生ではない。


 俺はどこにでもいそうな人たちと一緒。一握りの砂ではなく、その握ろうとした砂漠の砂の一粒である。握られる事もなく、そして砂漠の表面に出る事もなく一生を過ごしてゆく一粒の砂。


(それでも俺は生きているんだ)


 今までは取捨選択せずに先送りにして生きてきた自分。やりたい事だけやって、やりたくない事は選択しない。自身の記憶から薄れていくまで放置する。都合の良い選択肢が居残り続けるまで。


(いつかはその都合の良い選択肢がなくなって、何も選べなくなるとも知らずにな)


 せっかく風呂に入ったってのに、心は熱くなるどころか冷え切ってしまう。だがそれでも良いのかと思案する。身体は熱く心と頭が冷えてる位が丁度良いのかもしれないと考えたからだ。



















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