第12話 風呂に入ろう!
あれほどネピアが力を入れていたにも関わらず開かなかった天板が、彼女の犠牲により今は開いている。伝説の屋根裏部屋へと続く道が今開いた。
そしてネピア嬢はいち早くその場所で就寝している。余程疲れたのか、開けた衝撃で頭を強く打ったのか。以前にも増してぐったり横たわっている。
それを見て俺もそうしたい気持ちになった。何故なら、俺は多少なりとも期待していたからだ。けれど埃や蟲や鼠が出てこなかったように、同じく期待を裏切られた事になる。
「……マジ?」
「どうしたんですか? あっ! ネピア! 大丈夫!? ほら、起きて……ね?」
エルモアは繋がれていた手を振り切って妹の側へ近づく。何か光っているような気がしたが、俺にはどうでもよかった。何回見ても何回見渡しても同じ景色。
(そりゃそうか……はぁ……でも狭くないか?)
入ってみると長方形の形をした空間が現れる。意外にも高さはあり、窓も一つ着いているようだ。だが部屋のサイズ、大人四人……いや三人が横になったらほぼ終了。二人が子供だからちょっとした荷物を置いて横になったら俺たちでも終了。この天板を閉めないと三人寝る事も出来ない。
(汚くはないな。むしろ綺麗にされているほうだ。窓はあるけど閉まっているな)
そこで違和感を感じた。確かに階段下は明るい。けれど窓も開いていないこの空間でこの明るさなのは不思議だ。見るところは限られているので、自然に二人の方へ目線がいく。
(なんだ? 光が……浮いてる?)
「えっ、エルモア……その……光はなんだ?」
「えっ……光……ですけど……?」
「……」
「……」
「あぁ~ 頭いたぃ~ 肩も痛ぃ~ あぁ~」
「まだ痛い? じゃあもうちょっとするね」
エルモアは手を患部にかざすようにしてネピアの身体をいたわっている。
「あぁ~ 効くねぇ~ エルモアのは効くねぇ~」
(なんだか痛みに効いているみたいだけど、ネピアの物言いがマッサージ受けているおっさんみたいでよく分からないな)
「エルモア……それって……何してるの?」
「えっ……痛みを取ってあげているんです」
「そうですか」
「そうですよ」
「……何? もしかしてあんた魔法の事も知らないの?」
「魔法!? マジで!?」
「なんでそんなに驚いてんのよ……あんたも本当によくわかんないわね……よしっ! ありがとエルモア。もう大丈夫だよ」
「ほんと? 痛くなったらちゃんと自分でしてね。ネピアは結構そのままにしちゃうから心配なんだ」
「じゃあ今のをネピアも使えるのか?」
「当ったり前でしょ。私はエルフなんだから」
色々聞きたい事があったが、まずはこの部屋を完成させる事に気力を注いだ。……と言っても大した事はせず、バケツや水を借りて水拭きし、少し溜まっていた埃を皆で落とす。三人でやる程の量ではなかったが三人の部屋なので共同作業とした。
この世界全てがそうなのか分からないが、少なくとも王都アドリアでは靴は脱がず家に入る。この鍛冶屋ザンさんの所有する建物もそうだ。だが俺たちの住処の屋根裏部屋はその場所全てが寝室兼居間なので、階段下にて靴を脱いで上がる事を三人で決めた。
後は荷物を入れるだけなのだが、俺はどうしても上に付いている窓を開けたかった。窓と言ってもガラスは無く、木の扉が付いているだけだ。
だがその扉は微妙な位置にあり俺でも手が届かない。この部屋は確かに狭いが、唯一の救いだったのは天井が高い事だ。妙な圧迫感がなく部屋のサイズは小さいが開放感は多少なりともあった。
高さが低めのドーム型のテントで生活すれば分かるが、天井が低いと上から押されているような気分になる。もちろん何回か経験すれば慣れてしまうものだが。
「窓開けたいな」
「開けるんですか?」
「別に開けなくてもいいんじゃない?」
確かに開けなくても問題はない。ただ俺は換気したかったのだ。この屋根裏部屋の出入口は人が通れる大きさなので開放口にゆとりはある。だが一方だけが開いている状態よりも二つの扉が開放されている方が空気の通りはもちろんよい。
(何か足場になるものを借りてくるか……そうか!)
「ネピアちゃん」
「……呼び捨ての方がマシってどういう事? 本当に気持ち悪いからやめてよね」
(くっそぉ! 気持ち悪いとか言いやがって! 本当に傷つくんだぞっ!)
「……ネピア嬢。足場になって頂けませんか?」
「はっ? あんた頭沸いてんじゃないの? やっぱ中身入れ替えておいた方がよかったかしら…………っ! ちょっ! こらぁ!」
俺はネピアの後ろにすかさず回り込む。そしてしゃがみ込んでからネピアの股に顔を突っ込んで勢いよく立ち上がり、強制肩車エルフを完成させた。
「ネピア嬢は足場になるのがお嫌なご様子。致し方なく不肖、社会派紳士が足場となる所存でっ 痛ぁ! やめろっ! 頭を叩くんじゃねぇ!」
「なにしてんのっ! 乙女の股に顔を入れるなんてっ! 信じられないっ! こらっ! 降ろせっ! このっ! 降ろせぇ!」
「馬鹿っ! あぶねぇって! 扉を開けて欲しいんだって! ほら早く済ませれば降りられるぞっ!」
「いやっ! 絶対いやっ! こんのぉ! はっ!!!!!!」
何が起こったのか分からずそのまま俺は床に叩きつけられる。運よく階下には落ちずに済んだようだ。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
(なんだ……? 何が……起こって……?)
「タロさん大丈夫ですか?」
「あっ……あぁ……いったい……どうなって……」
「でもタロさんも悪いですよ? ちゃんとネピアに確認して下さいね」
そう言いながらも俺に手をかざしてくれるエルモア。今頃になって痛みを感じてきたが、それもエルモアのお陰なのか感じてきた痛みがスーっと引いていくように消えてゆく。たぶん俺が床に叩き付けられたのもネピアの魔法によるものだろう。
(これが……二人の……魔法の力)
「……ありがとう。痛みが引いたよ。あ~ それとネピアすまん。悪ふざけが過ぎた。今度、股に顔入れる時は声をかけるよ」
「ざっけんなっ!」
今度は肉体言語で
目覚めたのは同じく屋根裏部屋の中だった。意識が戻りつつあるも何が起こったのか完全に忘却していた。
「タロさん。大丈夫ですか?」
「……あぁ。俺……どうしたんだっけ……?」
「えっと……」
「……?」
何か言いづらそうにしているエルモア。俺はそのエルモアの膝に収まるようにして仰向けになっていた。人の温もりを感じる膝。それを枕のようにして横たわっている。
常々思う事があり、俺はその膝枕に関して多少のこだわりがあった。皆が思い浮かべる膝枕というのは、その膝枕をしてくれる人に対して同じ方向では無く、角度を90度つけて横向きになって寝るのが一般的な印象なのではないだろうか。
もしそうではないと言う人がいたら今晩一緒にお酒を飲みながら日の出まで膝枕について語ろう。
俺はその膝枕をしてくれる人と同じ向きで頭を埋めたい人なんだ。伝わりづらく申し訳ないと思うが、その方が収まりがよいと感じるから。
そして今、その希望が実現し続けている。エルモアのふとももと同じ方向に俺の身体が真っ直ぐ伸びていて、そのまま前を見れば覗き込むエルモアの顔。頭を左右に振ると頭皮に感じるエルモアのふととも感。
そしてもしかすると、正座ではなく、両足の間にお尻を落とす「女の子座り」でぺったんと床に座っているのではないだろうか。
この状態だと本当に頭の収まりがよい。ジャストフィット。膝寄りのふとももにいって膝上あたりに浅く収まるもよし、お腹と股とふとももの禁断のトライアングルにて沈没するのもよし、これこそが膝枕なのではないだろうか。
(金銭が伴わない膝枕なんて……この世にあったのか……)
俺はこの無償の愛に感動し心ゆくまで頭皮に感じる膝枕の愛を享受していた。しかしあまりにも行動的に頭をグリグリ動かしていた為に、エルモアが「あっすいません。起きますよね」と言って膝枕状態を解除してしまった。
(流石にお金も払ってないのに延長とは言えないよな)
「いや……謝らないでくれエルモア君。本当に感謝している」
「そうですか、それは良かったです」
「良かったのはこちらの方だ。久しくこの気分を忘れていたよ。本当にありがとう」
「いえいえ。そう言って頂ければ十分です」
正直俺は十分ではなかったが、幼いエルモアにこれ以上してもらう訳にもいかず膝枕体験記は終了する。
いつかまた若人妻が家庭の為にアルバイトをしている店舗を探してみようと心に誓った日でもあった。
「そういえばネピアいないよな。どこ行っちゃったんだ?」
「ネピアですか? お風呂入ってますよ」
「なっ!? ここでかっ!?」
「はい。それがどうしたんですか?」
(そういえば、あの村ですら木樽の風呂があったもんなぁ)
「そうか、それは良かった。俺も風呂入らないと落ち着かないんだよ。むしろ家についたら一番最初に風呂入るタイプだからな」
「なんでもザンさんが作った鉄の筒を木樽に入れた鉄筒風呂と、大きな鉄鍋をこしらえてその上に木樽を置いた鉄鍋風呂があるみたいです。もしかするとウメさんの家にあったお風呂はザンさんが作ったものかもしれませんね」
「……っ!」
「あっ! そんなに急いでどこ行くんですか?」
(ネピアが風呂に入っている。そして風呂は最低でも二つある。よしっ! いけるっ!)
俺は階下に向かって走り続けていた。エルモアには本当に悪いと思ったが先に風呂に入る事を決めた。
先ほど言った通り、家にいる場合は風呂に入らないと本当に落ち着かない。俺はいままで泥酔して意識がなくなって眠りこける以外は、どんなに気持ち悪くても面倒でも風呂に入ってから寝ていた。
(やっと……やっと一息つけるんだっ! 部屋の掃除はしたしっ! 換気は……どうだったか……まぁ、風呂上がりに窓を開けて火照った身体を冷ますってのも悪くないっ!)
俺は風呂があるであろう一階にたどり着き、しらみつぶしに風呂場を探す。手間がかかるかと思ったその捜索は一つの掛札によって終了する。
「入浴中」
分かっている。それは知っていた。それでも俺はここに来たんだ。我慢出来ない気持ちを抑える事なく扉に力を込めて開こうとする。
(くっそ、ネピアの野郎……扉が開かないように
仕方なく俺はそこから一旦引き下がり、あいつがしていたように対象物から距離を取って勢いよく走り込み肩から扉に激しく体当たりした。
「きゃっ! えっ……何? 何が起こったの……?」
(くっそぉ! この扉は堅ぇ。しょうがないネピアも中にいるみたいだし声かけて開けてもらうか……あいつに頭下げたくないけどな)
「……あの。私です。社会派紳士のタロでございますネピア嬢。お手数おかけ致しますが、お
「……えっ? タロー? えっ?
「お風呂に入ります」
「えっ……? だって私いるんだよ……?」
(んなこたぁ分かってんだよっ!)
「……重々承知しております。ですがこの私……もう我慢が出来ないのですよネピア嬢」
「っ! いやっ! 何する気っ!?」
(風呂入る気だよ)
「いいからさっさと開けろってんだよ! こっちはもう臨戦態勢なんだよぉ! ネピアっ!? オラぁ!!?」
「あんた!ついに本性表したわねっ! このろくでなしめっ!」
「本気で行きます」
「ちょっ待っ」
「オラぁーーーーーーーーーー!!!!!!!!!! っ!?」
(あっ! ザンさん! 何故こちらに!?)
「何している?」
「えっ……風呂に……入ろうと……」
「どうやって?」
「
「お前だけ家賃一万クイーン値上げな」
「いやぁーーーーーーーーーーーーっ なんで!? なんでよぉ!? どうして私だけっ! あの女が悪いのっ! あいつが扉を開けないからっ!」
「そりゃ……開けないだろ……」
「……」
味方を得られるどころか、俺の見方まで変わってしまった……そんな泥沼のような人生の始まりという日でもあったかもしれない。
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