第10話  鍛冶屋ザンを探そう!

 


 危うく王都の門番に妬まれ剣で斬られる所を、エルモアの説明によって救われた俺たち。真性の門番達は目の前に現れた聖なる幼人ようじんに素直に従い、めでたく王都アドリアの地に足を踏み入れる事に成功する。


「……」

「……」

「わぁー。すごいですね~ 道が石畳ですよ~」


「……」

「……」

「この辺りはなんだか高級そうですねぇ」


「……」

「……」

「あっ! あれなんですかね? ……タロさん?」


「……」

「……」

「タロさん……」


「……んぁ、あぁ。済まなかったなエルモア。ちょっと今後の事を考えていたもんでな」

「今後のことですか」

「とりあえず旧市街のザンさんを訪ねる。宿を取るにしても現地の人から情報を聞いた方が安心だ。それと奴隷解放申請は明日以降にする。もう夕方だから役場も終わってる可能性が高いのと、役場は王宮の方で旧市街から離れているからな。ん~ それと……」

「それと?」

「……奴隷解放申請あるだろ? とりあえずエルモアだけ先に申請しようと思ってさ」

「なっ! 私はっ!?」

「……裏切りクソエルフは俺をハメたから一回お休みな」

「あんたがいけないんでしょーが! 過失傷害・公然わいせつ・恐喝・強盗・人身売買の幇助をしたあげくに、この私の腕を強く掴んで離さないという暴行容疑! ほらっ!? こんなに赤くなって……」


 見てみると、透き通るような白い肌が俺のまなこに映る。赤い部分など微塵もなく、掴めば折れそうな華奢な腕がそこにあった。だが侮るなかれ。ネピアの力は強く、この社会派紳士とタメを張る実力を有している。


(……決して俺が弱いわけではない)


「どこが赤くなってんだよっ!?」

「見えないのはあんたの目が節穴だからでしょっ!」

「……」

「……」


(絶対負かしてやる)


「そういや……お前の涙は下から出るんだろ? チョロっとさ。なら目から出たのは尿だよな? ハハッ」

「また言った!? ぬわぁーーー! ムカつくぅ~! 漏らしてないし! 涙は本物だし!」

「まっ、君は大人しく俺の奴隷でいればいい。現在、君の所有権はこの社会派紳士が握っている。そのうち考えも変わるだろう。はっはっはっ!」

「考えなんて変わらないわよっ! 絶対に後悔させてやるぅ!」

「後悔? はっ! その後悔を王都民に公開するのは君だよ? ネピア嬢?」

「むきぃーー!!! 絶対!絶対後悔させてやるんだからぁーーーー!!!!!!」


 叫びきった後にブレーカーが落ちたように荷車に倒れるネピア。アドリアへ着く前から疲れ切っていた彼女は、ストレスを振り切る事で安全装置が働き眠りに落ちていった。


 それからというもの、静かになった荷車ではエルモアの好奇心に俺が答えていくという和気藹々な時間となっていく。俺がエルモアに質問する事も多く、互いに互いをフォローするように会話が続いてゆく。



「そろそろ旧市街だな。ちょっくらザンさんの家の場所を聞いてくるよ」

「わかりました」


 エルモアに一声かけてから荷車から下車する。俺は荷台で寝ているネピアを横目でチラリと伺う。本当に悔しかったのか、目尻に涙の後が残っていた。


(……こいつも本当に強情な奴だよな)


 そう思いながらも、元気いっぱいであるネピアの行動は、明るさの源といっても良いくらい光っている。光りすぎて眩しいので、俺が文句を言ってるに過ぎないのかもしれない。


 もし二人とも大人しくてあまり喋らなかったり、奴隷になっていた事で人嫌いになっていたりしていたら、俺はどのように接していただろうか。

 どのように接しても心を開かせることは出来なかったんじゃないだろうか。そう考えると現在の状況は比べるまでもなく良い状態と言えるのではないだろうか。


「すいませーん」

「いらっしゃい」

「あっすいません。鍛冶屋のザンさんってご存じですか? もしくは知っている方でもいいんですが……」

「あー 知ってるよ。もうちょっと奥に行ったところだね。荷車も引いていけるよ。ちょっと雑多なところだけどね……」

「すいません。ありがとうございます」

「今度会った時はうちの商品をよろしく頼むよ」

「はい。ひいきにしますよ」

「おっ、約束だよ?」


 店主にそう告げると俺は荷車へと戻る。果物などを売っていたから世話にはなるだろうと思い、ついついリップサービスしてしまった。エルモアの横に座る前にもう一度ネピアの顔をみる。動いた時に目蓋に残っていた涙が垂れてたのか、新しい滴が頬を濡らしていた。どうもやりきれない気持ちになり袖で涙を拭いてやる。


「ふふっ。やさしいんですね」

「ホントに優しいなら涙を流させないんじゃないのか?」

「そうかもしれませんね」

「……さぁ、ネピアを布団で寝かせてやろう」

「はいっ!」


 やはり王都は大きく、中でも旧市街は本当に雑多で所々に出店が並んでいる。この荷車でも通るのがギリギリな所もある。それでもよく他の荷車も通るのか、あまり嫌な顔はされず突き進む事に成功している。


 今のところ絡まれたり、石を投げられたりという事はなく、平穏に進んでいる。治安は良いのだろうか。ただ進むにつれて段々と薄暗くなっていくような気がする。店構えも看板などを出さないタイプの商店なのか、何を扱っているのか分からない店が多く不穏な空気が流れ始めている。

 人通りも少なくなってきて、そろそろ本能が警告してきてもおかしくない頃に、目的の建物を発見する。


(あった。鍛冶屋ザン。これだな)


 一人でまず挨拶してこようかと思っていたら、エルモアが既にネピアを起こしていた。ネピアは眠そうな目をこすっていたが、涙のあとを感じたのか慌てて顔を拭う。それを見られて恥ずかしかったのか、顔を俺から背ける。

 それに対して笑顔で答えてやったのだが、それを馬鹿にしていると受け取ったらしく、憤慨している。


(まぁ、とりあえず宿が決まって飯でも食えば機嫌も直るだろう)


 そう簡単に直るのかは分からなかったがネピアの事だ。その時になれば夢中になってその状況にのめり込む事になるだろうと確信し鍛冶屋ザンの扉を叩いた。










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