第9話  門番をねぎらおう!



 小高い丘を越えると、そこに求めていた風景が見えた。水平線にこれから沈み込もうとしている太陽。そして広大なる海。手前にはこれから暮らしていくであろう王都アドリアが鎮座していた。


 海側には旧市街と思われる雑多な建物が並び、山側には宮廷が見て取れる。川を挟み綺麗な町並みが新市街だろうか。近くには大きな広場がありそこから王宮へと続く優美そうな道がある。そして王都を守るように城壁が佇んでいる。


「大きいですね~」

「あ……あぁ……」

(こりゃ……思っていたより大きくてしっかりしてるな)

「……もう疲れたぁ」


 一人グチたエルフはネピア。さんざん俺に敵意を向けていたから無駄に疲れたのだろう。


「そういやさ。二人はここから来たわけじゃないんだ?」

「……その、港からはあの檻に入れられていたもので」

(悪い事聞いたな……)

「あ~あ。なんだか嫌な気分ね。聞かれたくない事を聞かれるって相当なストレスよね~」

(よしっ! ちょっと無視してみよう)

「じゃあエルモア! 行こうか!」

「はいっ!」

「(じぃ~)」


(うわっ、なんだか俺勝ってる気分するわっ! 凄い! なんだかストレスが蒸発していくよう……心地よい気分……はぁ~ んっ気持ちぃ!)


「ちょっと……なんとか言いなさいよ」

「……」

「あんたっ! 聞いてんのっ!?」

「……」

「こらっ! ちょっと聞きなさいっ! 私の声をっ!」

「エルモア。さぁ行こう。輝かしい未来が俺とエルモアの二人を祝福しているよ」

「……その、喧嘩するのは良いですけど……ネピアを無視しないで下さいね? 私の大事な妹ですから。次やったら……めっ! ですよ?」

「……はい」

「や~い怒られてやんの~ ばーかばーか」

「んだとぉ! この腐れエルフがっ!」

「……喧嘩してる方がよっぽどいいです。無視はだめなんです。心が冷え切ってしまうから……」


 エルモアの声が耳に入った時、俺の心が冷え切っていくのを感じる。元いた世界の俺と両親の関係。喧嘩をしていた時もあったが次第に距離は離れていく。そこにいるのにいないような存在。一人暮らしをして連絡は疎遠に。そう俺も無視したんだ。楽だった。ハズだった。


「あの……タロさん? 大丈夫ですか? 怒りすぎましたか?」

「あんた大丈夫? 顔色悪いわよ?」

「あっ、あぁ。大丈夫だ。その……済まなかったネピア。ごめんな」


 素直に言葉にする。こんな感じで俺も両親と仲直り出来ただろうか。そして両親二人も……。


「……うん。気にしてないよ。でもタローが静かだとなんだか困るな。なんだかしらないけど、元気だしてね!」

「あぁ、ありがとな。じゃあみんな行こうか」

「はい」

「しゅっぱ~つ」


 仲直りしてリスタートした俺らのゴールは目の前だった。だが長かったのだ。そのゴールまでは。




「……ねぇ」

「……なんだ?」

「まだ……入れないの?」

「みたいだな……」

「けっこう混んでますね……」


 王都内に入る為には城壁にある門で受付をしなければいけない。綺麗な風景ばっかり見ていた俺たちは、中に入る為に人や荷車がこんなにも並んでいるとは思いもしなかった。


「……もうゆっくり布団で眠りたい」

「……あぁ。けど布団で眠れるかも分からんぞ」

「えっ!? どうして!? どうしてよっ!?」

「俺の首を揺さぶるんじゃねぇ! だってまだ中にも入ってないし、宿が空いてるかどうかも分からんだろ? それに……え~ともしかしたら、ザンさんが面倒みてくれるかもしれないだろ? けど倉庫や家畜小屋だって可能性もある。そうしたら布団なんてあるかどうかも分からん」

「……おふとん。ほしいな」

「私もほしいです」


(俺も欲しいさ。けどあの商人から永久に借りたこの金も、無駄に使う事は許されていない。いざという時は金が頼りになる)


「まぁそれは後の話だ。まずこの行列をなんとかしないとな……」

「あ~も~ なんなのよ~ なんでこんなに人いるの!?」

「それは聞いてみてくれよ……けど俺らだって一緒だろ?」

「そうだけど……あ~」

「ねむくなってきました……」


 完全にだらけきった、おねむのエルフ姉妹。そんな事を考えていると、ふと疑問がわいて来た。段々と近づいてくる受付。よく見るとなにやら書類を書いて門番に手渡している。そして荷物を一つずつ確認しているようだ。


(だからこんなに時間がかかっているのか……それはいいとして、俺……中に入れるのか? 今のところ奴隷なエルフが二人。どう考えても不審者だよな)


「まずいかも……」

「えっ?」

「どうしてですか?」

「だって……俺この国の者じゃないし、二人は今のところ奴隷だろ? なんだか怪しくない?」

「……」

「……」

「……」

「……帰るか」


「ちょっ! 待ちなさいっ! ここまで来たんだから試しなさいよっ!」

「だってよ! もしこれで捕まったりしたらヤバいだろっ!? もしあの商人の言ってた事が本当で大臣と繋がっていたら俺……」

「……そうね。過失傷害・公然わいせつ・恐喝・強盗・人身売買の幇助……でも私たちには関係ないし……でもね……待ってる。私ちゃんと待ってるから!」

「オラぁ! 待ってるとかじゃねぇんだよっ!? お前も牢屋にこいやぁ!」

「ちょ!? 触らないでよっ! いやっ! 離しなさいっ!」

「うっせぇ! オラぁ! 俺と一緒に……っなんだコラぁ! 俺の肩を……叩く……」

「君。ちょっといいかな? どうした? 何かあった?」


(ヤバい……門番だ。あっ……いつの間にか俺らの番じゃないかっ!)


「いや~なんでもないですよ? この子がちょっと聞き分けのない子でして……」

「まだ子供じゃないか。それを言い聞かせるのが……っ! 貴様っ! ここをどこだと思っているっ! アドリード王国の首都! アドリア王都なるぞっ! それを分かった上で奴隷を引き連れてきたのかっ!」


(えっ! 激高してるっ! ネピアの野郎っ! 門番が来ていたの知っていてハメやがったなぁ!? だから簡単に腕を掴まさせて振り払おうとしなかった訳だ! くっそぉ!)


「いや~違うんですよ旦那ぁ。こいつは」

「……ぅ」


(こいつ泣きやがったぁ! お前ぇ! お前にもこのクソみてぇな状況が降りかかるの知っての狼藉かっ!? あ……もう一人門番が……)


「どうした? 何が……なんという事だ。こいつがその……外道か」

「そうです隊長。見て下さい。このような年端もいかぬ天使のような聖なる幼人ようじんに鎖を繋いで……」

「くっ……なんともうら……いや、なんたる非道な輩。これはこの子達の為にも、この私が養育してやらねばなるまいて」


(こいつら真性だな)


「よしグラマ、隊長の俺が許可する。抜刀!」

「アピスト隊長! 抜刀!」


「ちょっ! 待って! 真性ども落ち着けって!」

「うるさいっ! 貴様は私の夢……いやなんでもないっ!」

「いや、今完全に夢っていったよね!? お前の方がヤバいじゃねぇかよ!」

「黙れっ! アピスト隊長が、どれだけお前の状況を欲しているのか分からんのかっ!?」

「お前っ! 本音言ったよな!? おいっ! ふざけんなよっ!? お前らとは俺は違うんだっ!」

「問答無用っ! 死人に口なしっ! 行くぞっグラマっ!」

「はいっ! アピスト隊長っ!」

「「門番交差剣っ!!」」


 やたら俺から距離を取る二人の門番。するとアピストとグラマと呼ばれていた二人が互いをクロスするように走り続けている。その全く意味のない交差の連続をこちらに来るまで何回何回も行う二人。そこに止めに入るようにエルモアが立ち止まる。



「……待って下さい。私たちこの王都で奴隷の解放申請をしにきたんです。だから大丈夫ですよ。安心して下さい」

「「はいっ! 了解しましたっ!」」

「それじゃあ……中に入ってもいいですか?」

「「どうぞどうぞ」」

「ありがとうございます。お仕事大変でしょうけど頑張って下さいね」

「「はいっ!」」

「それでは」

「「は~いお気をつけて~」」


「……おいグラマ、いいか? あの子はお前に言ったんじゃない。この隊長である私に言ったんだ」

「ふんっ……何を戯れごとを……あのねぎらいは確実に私ですね。アピスト隊長の訳ないでしょう」

「なんだと貴様っ!」

「だいたいですね……」



 少し前までどうなるかと思っていたが、エルモアのお陰なのか、それともあの二人の門番が真性だった事が救いになったのか、なんにせよネピアとの因縁がさらに深まったという日でもあった。










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