第8話 王都アドリアへ行こう!
あれから村の人たちと大いに飲んで漬け物をたらふく頂いた。このような宴に心置きなく参加出来たことを、この世界の女王様に心から感謝の意を表し、絶対に壺には入れないでもらうように懇願した日でもあった。
ネピアは遅くまで飲んでいたようだが、俺とエルモアは睡魔には勝てなかった。ウメさんの家でお泊まりをして、今現在は日の出前。
もう少しゆっくり滞在していても良かったのだが、まず姉妹エルフを奴隷という立場から早く解放してやりたかった。それと自分自身これからの事を考える為に、王都アドリアへ向かってみたかった。
「それでは気をつけてな。ヒポの事は頼んだぞ」
「はい」
「いつでも帰ってきていいからね? 困ったらここに戻ってくるのよ? ね?」
「……はい」
たった一泊の出来事なのに涙が出そうなくらい気持ちが高揚してしまった。嬉し涙なんていつ以来だろうか。むしろ今までに嬉し涙なんてあったのだろうか。
「ウメさん行ってくるね!」
「本当にありがとうござました。服大事にします」
「あらいいのよ。使ってくれるのが服だって一番嬉しいんだからね?」
「「はい!」」
二人は元気よく挨拶をする。それに笑顔で頷くウメさん。本当に優しく出来た人だと思う。迷惑なのは承知で何かあったら戻ってこようと本気で思った。
それがこの身寄りのない異世界で、どれだけ大事な事なんだろうとも思った。
「ウメさんの言う通りだ。何かあればまた頼ってこい。もし戻ってきた時は、この寂れた村も復興している事だろう」
「はい。嬉しいです。でも本当に戻ってきてしまいますよ?」
「いいんだ」
「いいのよ」
「ワシは忘れていたのかもしれない。何がどうあろうとも、新しく何かを進めるという事をな。歳のせいにして情けない限りだ」
「私もね、もっとおいしい漬け物を作るんだからね。ネピアちゃん、エルモアちゃん、また食べに来てね」
「「はい!」」
「それじゃあ……行ってきます!」
「あっ! 待ってくれ! これ忘れてた!」
すると一通の手紙を渡してくるヨヘイさん。しっかりした手紙に封が確実にされている。
「旧市街にザンという鍛冶屋がいる。そいつにこれを見せれば力になってくれるだろう」
「……何から何までありがとうございます」
「それじゃ行ってくるね~」
「いってきま~す」
隊商を見送った時とは逆に、今度は見送られる立場になった。不安もあるが輝かしい未来が絶対待っているんだと思わせるような、眩しいくらいの日の出を目の前にして俺たちの共同生活は始まった。
(ふぁ~ 長い長い道のりだな)
あれから五~六時間経ったとは思うが、まだまだ王都は見えない。上ったり下ったり森林があったりしてなかなか先の情景が見えない。
(半日くらいって言ってたもんなぁ)
時折ヒポに水を飲ませたり、草を食べさせたりしてのんびり向かっているから半日以上かかるかもしれないとも思っていた。
「タロさんタロさん。あとどのくらいですか?」
フードを被ったエルモアが楽しそうにアドリアまでの到着時間を聞いてくる。そのフードにはエルフ用なのか耳に当たる部分が耳袋のようになっていて、とても愛くるしい素敵仕上げになっていた。
「そうだな~ 多分今までと同じくらいの時間掛ければ、アドリアまで着くんじゃないかな」
「じゃあ夕方くらいでしょうか?」
「そうだな、そんなもんだろうな。とりあえず夜になるまでには着けるようにしないと危ないしな」
(短剣よし、ショートソードよし、あ~これは……玉がないんだよなぁ)
「それはなんです?」
「これか? これは拳銃といってこの穴に玉を込めて撃てるんだ。武器の一種だな」
商人から手間賃を頂いている時に、やたら豪華で魔法チックな入れ物があった。その時の商人の慌てっぷりからすると高価なモノらしい。だが玉が無い。それにエルモア、ネピアだけでなく村のみんな、そして隊商の面々もこの拳銃の事を知らなかった。
(そして SMITH & WESS◯N と刻印されたリボルバー。これはもしかすると元との世界から来たモノなんじゃないのか?)
俺は拳銃には詳しくはない。ただ、このリボルバーは見覚えがあった。
(たしか最近はこの型が日本の警察に配備されているんだよな……)
何かの検索の時だったのか、たまたま見たサイトで詳しく書き込まれていたのを思い出す。確証はない。それよりも玉が欲しい。だがこの世界に拳銃がないのであれば、玉の調達は難しいだろう。
(まぁ……最悪売ってしまえばいいんだ。撃てないんだから)
「タロさんは色々な事を知ってるんですね」
「いやそんな事ないよ。エルモアの方が詳しいんじゃないのか?」
「いえいえ。知識はネピアの方が上ですよ。本が大好きですからあの子」
俺は荷物の隙間に挟まるようにして寝ているネピアを見る。昨晩……いや明け方まで村のじいさんばあさんと飲んでいたせいか、旅立った瞬間寝てしまった。むしろよく挨拶して出てこれたモノだと褒めてやりたい。
(なんでバンザイして寝てるんだよこいつ……見るからにアホそうなんだけどな)
「本当か? そうは……」
「見えないですか? でも本当ですよ。自慢の妹です!」
「まぁエルモアがそう言うならそうなんだろうな」
「信じてくれましたか」
「エルモアをな」
「私ですか?」
「あなたですよ」
「そうでしたか」
「そうですよ」
「はい!」
元気いっぱいに答えるエルモアを見て本当に安心していた。最初に出会った時や、ウメさんに出会うまではなんだか心を閉ざしていたようにも思える。もしかすると、ここに来る前にエルフという事で嫌な目にあったのかもしれない。それが今ではこんなにも明るく話してくれる。
(この感じをずっと続けていけるように俺がしっかりしないとな)
そんな事を心に誓い、やがて訪れるであろう王都アドリアの姿形を頭の中で思い描いていた。
「……おはよ。まだ……着かないの?」
「……やっと起きたか。体調はどうだ? 気持ち悪くないか?」
「のど渇いた」
「はいネピア」
「ありがと……っんっんっん。ぷはぁ」
「乾きはとれましたかね? ネピア嬢?」
「よろしい。大変よろしい。以後、その言葉遣いでこの私に接しなさい」
「……かしこまりました。それではそろそろ、お小水のお時間ではないかと存じます。ネピア嬢は我慢がお苦手のご様子。もし緊急の件がございましたら、遠慮無くその空になった水筒をお使い下さい」
「……」
「……」
「……あっ、でもそんな事したら困りますよ、タロさん」
「いえ大丈夫です、エルモア姫ご安心を。ネピア嬢は飲尿健康法を促進している貴族様ですから……水を飲む → 尿を出す → 尿を飲む → 尿を出す → 尿を飲む この繰り返しの永久機関を開発した、永久飲尿エルフ機関として……っ!? 何しやがるっ! 水筒で俺の大事な頭を叩くんじゃねぇ!」
「はっ! あんたの頭の調子が悪いから叩いて直してやろうってんじゃないのよ!? それとも叩き壊して中身を入れ替えた方がいいのかしらっ!?」
「あんだとオラぁ! そんな事するよりも、お前の股と口を繋いだ方がよっぽど社会に貢献してるわっ! はっはぁっ!」
「……いいわ、相手になってやろうじゃないの!」
「……この社会派紳士が大人の怖さを教えてやる!」
「……あの~ とりあえずアドリアに着いてからにしませんか? 夜になったら寒くなりますよ?」
もっともな意見を冷静に言われスゴスゴ引き下がる俺とネピア。まだ根に持っているのか、後ろからは憎しみの視線が俺を突き刺している。そしてその視線を浴びる事数時間、俺たちはついに王都アドリアの御姿を拝見することに成功する。
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