第7話  異世界を知ろう!



 俺と奴隷の二人、エルモアとネピアとの挨拶は滞りなく済んで、宴もじいさんばあさんにしては元気いっぱいで盛り上がっている。そんな様子を遠目から見ていると、先ほどヨヘイさんと一緒に飲みに行ったウメさんが、こちらを気にしていてくれたようで食事を持ってきてくれた。


「はいどうぞ。お口に合うかしらね?」

「わぁ! おいしそう!」

「本当ね! 頂きます!」


(なんとも微笑ましい。お腹すいてたんだよな。飯が食えるってのは幸せって事だ)


 肉類などは少なかったが、川魚なのか魚類は豊富だった。おそらく塩漬けしていたのを焼いてきたのだろう。だが俺にとって一番だったのは漬け物が沢山あった事。そしてそれを肴に飲める清酒が美味かった事だ。


(漬け物と清酒は本当に良いねぇ)


 ウメさんから頂いた清酒を頂き、既に一杯やっている。清酒のせいなのか先ほどから、とある食品を探す為にウロウロしてしまっている。


(たくあん……タクアン……沢庵たくあんっ!)


 だが気持ちとは裏腹に全くもって見つからない。そもそも大根がない。気になってウメさんに聞いてみると、大根というモノ自体知らないようだった。事細かに説明するも手がかりは見つからなかった。


(君は何処いずこへ……)


「大丈夫ですか?」

「えっ」


 あまりの悲しさに膝をついていると、エルモアが側に来て心配してくれたのだ。


「あっ、すまない。大丈夫だ」

「……本当ですか?」


(俺がこの子らを守らなきゃならないのに、こんな事でどうする……)


「いや、本当に大丈夫だ。漬け物があまりにもおいしくてな」

「そうですよね! おいしいです! こんな美味しい漬け物は初めて食べました!」


 元気にそう答えるエルモア。なおさら沢庵たくあんを食べさせてやりたかった。


「どうしたの? 膝なんかついて」

「あぁネピアも……すまないな。ちょっと清酒と漬け物の組み合わせが最高でな」

「えっ! お酒あるの!?」

「ん……あるよ。ほらみんな飲んでるだろ?」

「ちょうだい!」

「……?」

「ちょっと無視しないでよ!」

「いや……流石に無理だろ? まだ子供じゃ……」

「ふふふ。あんた、私を誰だと思っているのっ!」

「ネピア」

「まぁ……そうなんだけどね……っじゃなくて! 私はエルフよっ!」


 そう言って耳をピコピコ動かす。人間でも難しいのにエルフは何でもやってのけるな。すごいすごい。


「おう。まぁまぁこの漬け物でも」

「ありがと。あら、これもおいしい……ってそうじゃなくて!」

「なんだよ。漬け物不味かったのか? ウメさんがもっと頑張らなきゃって顔してるぞ?」

「あっ、違うんです! ウメさん! おいしいです! 本当です!」

「あらそう? でも口に合わなかったら言ってね。もっと頑張って漬け込むわ~」


(素晴らしい。こういった気持ちをもって生きていきたいもんだね。クイッ)


「あ~! だから私にもお酒もちょうだいって!」

「俺はあまりこの国の事は知らないけど、いいのかよ飲んで?」

「仕方ないわね……ウメさ~ん! ステータスカード持ってます?」

「え~と……ちょっと待ってね」


 そう言うとウメさんは自宅の方へ戻っていってしまった。それを見て慌てて追いかけるネピア。


「なんだ? ステータスカード?」

「あれ? タロさんステータスカード知らないんですか?」


(……知ったかするか、事情を話すか、どっちにするか)


「……エルモアは持ってるの?」

「いえ。でもどこにでもありますから」


(どこにでも……ある?)


 えらい勢いで戻ってきたネピアが、自信満々にそのカードを見せつけてくる。


「見なさいっ! これが私のステータースカードよ!」


 免許証や、クレジットカードよりも二回りくらい大きいカードを、俺の目の前に提示してきた。 右にはネピアの顔写真。左には大きく名前が表示されている。


「それで?」

「ほら! ここ! よく見なさいっ!」


 名前の下に性別や年齢が記載されていた。他にも表示出来るようだが、今は表示されていない。

(ん……んっ!? えっ! 100歳!? 10歳の間違いじゃないのかっ!?)


「えーーーーーーーー!?」

「はっはっはぁっ! これで分かったかしら? さぁ早くお酒をよこしなさいっ!」

「ちょっと待って! 保護者としてはちょと見過ごせないっていうか……」

「保護者も何も、私の方が年上でしょっ! 大体ねステータスカードは絶対なんだからね! これを信じないなんて、あんた女王様の怒りを買って壺の中に入れられるよっ!」


(ステータスカードは絶対? 女王様? 壺?)


 俺は観念してネピアとエルモアに自分の状況をヨヘイじいさんの時のように簡単に説明する事にした。そうしないと、完全にこの世界から取り残されて行くように感じたからだ。





 おいしそうに清酒を飲む二人のエルフ。清酒の肴は漬け物な和風エルフがここにいる。この世界の事を全く分かっていない俺は観念して、二人に簡単に事情を話す事にした。まず違う世界からやって来た事。以前の世界とは勝手が違う事。そしてこの世界の事は何も知らないという事。


「そうだったんですか。タロさん。大変でしたね」

「ふ~ん。だからあんた変なんだ」


(変!? 変とは何事かっ! 社会派紳士だぞっ?)


「ネピアくん? 取り消してもらおうか? 私は変ではない」

「変でしょ。明らかに」


(このクソガキっ! やさしくしてやればつけ上がりおってぇ!)


「いやいや。お漏らしエルフには負けますよ……フフッ」

「漏らしてません~ 証拠はどこにあるのかしら? だいたいそのエルフに下半身丸出しで近づいてきた変態は誰だったかしら?」

「なっ! 丸出しではないっ! ちゃんとネクタイで隠してあっただろうが!」

「はっ? それで何しようとしてたんだっけ? 私に? あんたの下着を無理矢理に履かせようとしたんじゃない。これを変態と言わずして何が変態か!」

「だって……尿漏れエルフが……風邪引くと思って……」

「……」

「……」

「……」

「……ねぇ。お願い。尿漏れは……やめて」

「はい……」


(事実は事実だけに突っ込まれると心が痛いだろうしな)


「あ~ それでだ。その女王様とか言ってたよな? その女王様ってのはこの国のか?」

「いえ。この国にではありません」

「そうか。じゃあどこの国にいるんだ?」

「……そうですね。まず簡単にこの世界の話をしますね」


 エルモアが地面に絵を描き始める。中心には一つの島。それから四方に離れるよう四つの大きな島がある。


「まず右下にあるこの大きな島。これが今私たちのいる所です。アドリード王国といいます。情勢は比較的安定しているとの話ですが定かではありません。この南部に王都アドリアがあります。この村はこのアドリアから近い所にあるという訳です」

「まずアドリアだっけ? 王都が近くて良かったよ」

「……どうだか」

「なんだよネピア?」

「なんでも」

「次にこの右上の大きな島。これが私たちエルフの住む島。私たちは自分たちの国を精霊の国と呼んでいます。ただ、他の国の人たちはディープ・フォレストと呼んでいます」

「ディープ・フォレスト?」


 俺が口を挟むと、今度はネピアが話し始めた。


「そっ。私たちは鎖国している訳じゃないけど、他の国と交流は無いわけ。昔は交流あったみたいだけどね。それでもたまに来るのよ。そうして私たちの森に入ったものは……」

「……なんだよ?」

「……まぁ迷う訳よ。何も得られず、エルフに会う事も出来ず帰る。するとどうなると思う?」

「ん? どうなるんだ? エルフには会ってないから何も分からないんじゃないのか?」

「そう。すると人々はよく分からないモノにあれこれ想像する。そして分からないモノに人は恐怖する。理解しがたいモノ、底知れぬ不明瞭な存在、そしてあの全てを飲み込む大きな大きな森」

「それでディープ・フォレストと」

「そういうわけ」

「だが俺は既に二人に会っている。光栄な事だ」

「よく分かってるじゃない。敬いなさい」

「……」

「……」


 「コホン」と可愛らしい咳なのか、そういう声なのか分からないような音を出してエルモアが先に続ける。


「え~と今度は左上の大きな島ですね。ここは商いの国、またはギルディアンと呼ばれています。首都はカーサ・ダブルオー。大きなギルドが都を統治しています。身分や権力など全てはお金で決まり、私たちのような奴隷も数多く存在していると聞いています。そして首都ですらあまり治安の良いところではないようです。地方になるとその度合いは増していくと聞いています」


(奴隷ね……早く二人を解放てしやりたいな)


「最後に左下の大きな島。これは戦いの国、戦国せんごくと言います。この国に関してはあまり情報はありません。何故なら入ったら基本的には出られないからです」

「出られない?」

「そうです。けれどこの国にはこの世界全ての人が入る事が出来ます。望めば誰だって」

「俺でもか?」

「はい」

「どうやって?」

「……行かないですよね?」


 心配そうに俺を見上げてくるエルモア。こんな事で心配させたくなかった。彼女達はここから遠く離れた国のエルフで、しかも今は奴隷だ。


「大丈夫。まだここに来たばっかりだしな。それに入ったら出られないのは困るよ」

「はい。よかったです! それでですね、ここはステータスカードを使って入る事が出来ます。そしてそこの国の中で戦い続けます。死ぬまで……」

「死ぬまで……か」

「はい。一説ではありますが、連続して戦いに勝利すると女王様から褒美が頂けるという事です」

「なるほど。それで外に出れる可能性があるっている話か」

「はい。でも私たちは関係ありませんね」


 笑顔で念押ししてくるエルモア。あまりこの話を長引かせるのはやめようと思い、話を進める事にした。


「それで……この真ん中の島は?」

「それが女王様の島よ」


 ネピアが楽しそうに話し始める。


「といっても……誰もそこに行けた事も見れた事もないんだけどね。」

「そうなのか? じゃあなんで……」

「私たちはね……本能で分かるのよ……他の誰でも無い、その御方がこの世界を統べる女王様だって。そして、この世界に今現在いるっていうなら、その世界の真ん中にある島にいるって訳よ」

「今現在いるっていう表現はどういうことだ?」

「う~ん。これ難しい話なんだけど、私たちにとって女王様ってのは絶対なの。それで凄い存在だから何でも出来るって思う訳よ。だからいつもこの世界にいてくれてると思っているんだけど……」

「? どうした? 歯切れが悪いな」

「そのね。世界って一つじゃないでしょ。だから女王様もあっちこっち行ってるのかなってさ。そう考えると今は留守なのかなって思うでしょ?」

「えっ? 世界がいくつも?」

「そりゃそうでしょ。一個なハズないじゃん」


(マジかよ……って俺も既に二つ目だもんな)


「そうか……ありがとうエルモア、ネピア。勉強になった」

「いえいえ」

「敬いなさい」


(……いつか後悔させてやる)



 そして談義が終わった瞬間にネピアがまた勢いよく飲み始めた。エルモアはというと、あまり酒が飲めないのかチビチビとやっている。



「そういえばさネピア。お前ステータスカードは絶対って言ってなかったか? それとなんだっけ? 壺?」

「そうよ。簡潔に言えばこれは女王様が作ったモノ。私たちはそう感じているのよ」

「だから絶対……か」

「そう。全てを掌握している女王様だから出来る絶対的信頼カード。それがステータスカードよ」

「……俺。持ってないんだけど」

「大丈夫ですよ。どこにでもありますから」

「さっきもそんな事言っていたよな」

「このカードは触れた人の情報が表示されるようになっています。カード自体は誰かが持っていればいいですし、誰も持ってなくても近くにありますよ」

「そんなに都合のよいカードなのか?」

「安心していいですよ」


 どこにでもある。誰かがもってる。ふん。けど俺も欲しい。


「ネピア。俺にも貸して」

「いや」

「なんでだよっ! それウメさんのだろっ!?」

「ウメさんが私にくれた大切なステータスカードよっ! 汚される訳にはいかないでしょっ!」


(くっそぉ! 俺も欲しい欲しい欲しいぃ!!!)


「ほらよ。ワシので悪いがお前さんのだ」

「あっ……ありがとうございます! ヨヘイさん!」

「ねっ?」


 エルモアがまたもや嬉しそうに微笑んでいる。少し首をかしげている所もポイントだった。するとエルフ二人はニコニコしながら 「「ね~」」 と一緒に声を出して、同じ方向に腰から上を傾け通じ合っていた。



 ステータスカードを仕入れた俺は喜びと共にそれに触れる。映し出る俺の顔と情報。名前や生年月日、住所は空欄。色々と表示されてきた。既にこの世界では決まってしまったのか名前欄はタロ・ズーキと表示されている。

 触れてみると表示、非表示が選べるようでなかなかカスタムのし甲斐があるなとも感じた。色々いじっているとなにやら目線を感じるとそこにはエルモアがいた。


「あの……ごめんなさい。勝手に覗き込んで」

「あぁ。別に構わないよ」

「いいのよ。そいつに価値のある情報なんてないんだから、別に謝る必要はないわよ」


(こいつ絶対しばく)


「……そういやネピア婆さんは100歳だったけど、エルモアは何歳なんだ?」

「……あんた喧嘩売ってんの?」

「売りまくりだこの野郎!」


 それからネピアと組み合っていた所、エルモアが申し訳なさそうに先ほどの答えを伝えにやってくる。


「私とネピアは双子なんです。だから年も一緒ですよ」

「そうなのか……双子って残酷だよな……」

「あんたぁ、何か言いた事があるようね?」

「そりゃそうさ! これほどまでの違いだからなっ! どうせ先に生まれたのもエルモアだろ!? お前は出涸らした妹! この出涸らし妹エルフがっ!」

「あっ! 当たりです! 私お姉さんなんです! タロさん凄い!」


 嬉しそうに軽く飛び跳ねているエルモアの頭を撫でてやりたかったが、あいにくとこちらは戦闘状態。


「こんの~ 言いたい放題言ってぇ!」

「くそぉ! 婆さんエルフの癖に力が意外にありやがるぅ!」

「……あの~ タロさんタロさん」  

「なんでしょう!? ちょっと今は……このっ! くそっ! こんな奴に……」

「あの~ ですね~  私たち精霊の国では100歳ですけれど、他国の基準で換算すると…………っ!?」


 すると俺と組み合っていたネピアが慌ててエルモアの口を手で閉じる。


「ん~ん~」

「いい? エルモア? このステータスカードは絶対。それをないがしろにする事は女王様を侮蔑する事と同じ……いいわね?」


 コクコクとい頷くエルモア。それを見て満足したのか、ネピアはエルモアから手を離した。大義名分のように女王様の名前を使うお前の方が侮辱してるようにも感じたが、放っておいた。


「……」

「……」

「……いいこと? タローもよく聞きなさい。私たちはエルフ。人間ではない。ね? 違う訳よ。だから貴方たち人間の決めたルールに従う必要はない。だけど、同じ世界で暮らしている以上、折り合いは必要よ。だから私はこの世界で絶対である女王様が作られたこのステータスカードを基準にしているわ」

「……」

「……」

「それに女の子に年齢を聞くなんて無礼以外の何者でもないわ。だから今後一切年齢の事は話さない事。いいわね? それとお酒に関してはちゃんと私に供える事。いいわね?」

「……」

「……」

「い・い・わ・ね!?」

「……はぃ」

「……はぃ」


(やっぱり酒飲みたいだけかよ……まぁ漬け物を肴においしそうに飲んでいる姿を見ると何も言えないか……)



「……侮辱っていったけど、本当にそういう事したら何かあるのか? さっき壺とかなんとか言ってたよな?」

「あ~あれね。あれは……そうね、この世界特有の脅しみたいなものかな? 例えば子供が悪さするじゃない? すると親が壺に入れるよって言うのよ」


(……お前も子供だけどな)


「なるほど。だが俺にはその壺に入る行為が罰になるのかが分からない。閉じ込められるって事なのか?」

「……」

「……」


 何故か二人とも黙る。本当に本能から恐れているように言葉を発しない。


「すまん。いいよ心配させたな」

「あっ……そのちゃんと説明します。実は誰も知らないんです。どうなるか……」

「えっ……誰も……知らない? けど……壺にって」

「そうなんです。壺って事はなんとなくわかるんです。そして女王様に目を付けられると入れられる……そこまではなんとなく、皆分かっているんです」

「でもね。それも誰かが見たわけじゃ無い。けどいつも通りの話よ。この世界の住民は感じてる。今も実際に存在してその壺があるって事を」


「……恐ろしいな」


「そうです。女王様はその気持ちを大事にしています。そしてそれを忘れてはいけないという事。それと……あまり詮索してはならない。もちろん今のように話したりする分は問題ないと思います」

「これはこの世界の総意だと思ってもらっていいわ。ここまでは女王様も許してくれている。女王様はその誰かが壺に入ったらどうなるか隠しておきたいみたいなの。そして女王様は私たちの頭の中でこう囁くの……だってその方が希望が持てるでしょって……」


(……すいませんでした女王様。本当に許して下さい)










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