第6話 忘却の村に行こう!
奴隷の女の子二人を悪徳商人から救い出す。RPGなら幾ばくかの経験値とお金を貰える展開であったかもしれない。経験値が増えたかどうかは分からないが、少なくとも物品とお金は手に入った。それと馬二頭。カバではない本物の馬だ。
「それにしても見事な馬だ」
「そうですね。でもヒポも見事だと思いますよ」
先程から二頭の馬に魅入られているじいさんと会話をしながら、そのじいさんが住む村へと歩み出す。宿泊する事が出来るようなのでお願いした限りだ。
二人の女の子は安心したのか、それとも疲れ切っていたのか、そのまま荷車で眠りにつく。最初は声を荒げていた方の女の子が警戒するように起きていたが、程なくして意識を夢へと向かわせた。
「……それにしてお前さんは何者なんだ?」
「タロ・ズーキです!」
(勢いで押し切るっ!)
「……」
「……」
「……まぁいい。ワシの住む忘却の村へ行くぞ」
「これから世話になります。 ……その……忘却の村ですか?」
一言「そうだ」と言ったままいつも通り無言になるじいさん。あまり無駄口を叩かないタイプなのか、俺が情報を明かさないから警戒しているのか分からなかった。
ファイヤーパターンが両サイドにペイントされている、派手な荷車をヒポと呼ばれた子供のカバが引いている。その中で奴隷の女の子たちが寝息を立てていた。何気なく荷車を見ているとじいさんが嬉しそうに声を掛けてきた。
「……どうだ? イカしてるだろう?」
「あっ……はい。派手ですけど綺麗にペイントされていますね」
「そうだろう? 通常ペイントではなく外注して魔法ブラシ塗装。本当はワシだけで仕上げたかったのだがな……流石に魔法ブラシ塗装は真似する事が出来なくてな」
(魔法ブラシ? 商品名かな?)
「全て自分で仕上げたかったっていうと……もしかしてこの荷車は手作りなんですか?」
「そうだ」
(凄い嬉しそうにしている。顔もマジだしな。職人さんなのか……なんとなく寡黙な所がそう感じるが……)
「なんだ……信じていないのか? ほれ、ここ見ろここ」
すると荷車後部左側にある焼き印に指を差すじいさん。そこには「YO!HEY!ボデー」と記されていた。
「えっ!? もしかしてヨヘイさん?」
「そうだ。ワシがフルスクラッチしたものだ。基本的なパーツも一切流用せず、一から削り出した。古い車体だがまだまだ現役でいける」
そして俺は気がついた、右側に張り付いているエンブレムを。真っ赤に燃え上がるような色をしながら輝いているその文字は「TYPE-S」
(「TYPE-S」って……荷車につけるモノなのか……)
「ちなみにTYPE-SのSは何の略ですか?」
「STRONGだ」
「……確かにSTRONGでしたね……商人を吹っ飛ばしてもヘコみ一つ無い堅牢な作り」
「そうだろう、そうだろう」
「TYPE-SがあるならTYPE-Rもありそうですよね?」
「……貴様 ……それをどこで知った?」
敵意に満ちた表情で低く恫喝するよう問いただしてくるヨヘイじいさん。先程までの笑顔は全く無くこちらを睨み付けてくる。突然の変貌ぶりに驚いてしまったが、本気である事が伺えたので素直に自分の事を話すことにした。かいつまんで以前の世界の話やここに来た経緯を話す。
「なるほど……お前さんの世界ではこれ以上の荷車が存在していると」
「信じて……は無理ですよね」
「……いや。嘘にしても素晴らしい話だ。それにお前さんの面妖な格好を見れば、なんとなくな。まぁなんにせよこれで互いに秘密を持ち合ったって事だ。改めてよろしくな」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
腹を割って話をした事が功を奏して、ヨヘイじいさんとの距離が急速に縮まる。どうやら長い時間を使って話をしてしまったようだ。村まではそれなりの距離があると言われていたのに、丘を登りきった所でヨヘイじいさんの村が見えてきたからだ。
「おぉ……ヨヘイお疲れっ!? おまっ!? それっ!? 本物の馬じゃないかっ!?」
村の入り口で座っていたヨヘイじいさんの村のじいさんが馬を指さして喫驚する。
(やっぱヒポは馬じゃなかったんだな……)
「あぁ……この村に馬が来るなんていつ以来だろうか……しかも二頭も……」
(しみじみしてるなぁ)
「そっ それでその方は?」
「あぁ……こいつか? こいつは」
「タロ・ズーキです。お世話になります」
「あ……あぁ。それでこの寂れた村に何用だい?」
「あの…… 少し世話になりたいんです。お礼と言ってはなんですが、この馬と荷車と商品をいくつか差し上げますので代わりに……っ!?」
するとヨヘイさんと出迎えてくれたじいさんが互いに俺を掴んでくる。
「本当かっ! 本当なのかっ!?」
「本当ですかっ! 本当なんですかっ!?」
「あっ……はい。どうぞ……それでですね……あ……」
「「うぉーーー!!! 宴だぁ! 宴だぁ! 蔵を開けろぉーーー!!!」」
全開になったヨヘイさんともう一人のじいさんはそのまま村の皆に状況を説明しながら走り回っている。
(馬と大きい荷車を凄い欲しそうにしてたからなぁ……ヨヘイさんは)
ヨヘイさんはハイテンションで村を走り回っているので、仕方なく俺はヒポや馬を荷車を離してやる。馬を家畜小屋小屋に入れて休ませ、ヒポにも労いの草と水を置いてやる。なんとなくヒポの背中を撫でてやり、荷車TYPE-Sに乗っている奴隷の女の子二人を眺め見る。
(気持ちよさそうに寝ているな……)
すると皆に伝え終わったのかヨヘイじいさんが声を掛けてきた。
「済まんな。どうしても村の皆に声を掛けたくてな」
「いえいえ。それであの……」
「大丈夫だ」
そう言い切ると後ろから年配の女性がこちらへやって来た。とても優しそうな顔をしながら和やかにしている。
「ウメさんだ。お前もそうだが、二人の面倒も見てくれる」
「ウメです。よろしくね?」
「はい。その……突然で申し訳ないのですが、奴隷の女の子二人がいまして……その……助けてもらえないでしょうか?」
「はいはい。大丈夫よ。安心してね」
「……ありがとうございます。この荷車にいるんですが、ちょっと待って下さい」
気持ちよさそうに寝ている二人を起こすのは気が引けたが、仕方なく声を掛ける。
「二人とも……起きれるか?」
「ん……何? 着いたの?」
「……」
一人はすぐ起きてくれたが、もう一人は寝たまま動かない。
「あらあらまぁまぁ。私はウメよ。よろしくね」
「あ……はい。私はネピアです。よろしく」
「……」
「あの……この子はエルモア。ちょっと疲れているんで寝ています……」
「ネピアちゃんとエルモアちゃんね」
するとウメさんは、エルモアと首から垂れ下がっている長い鎖を一緒に抱きかかえる。
「まずお風呂に入りましょう、ネピアちゃんも一緒にね?」
「あっ、はい……ありがとうございます」
「ウメさん。本当によろしくお願いします」
「はいはい。大丈夫よ。さぁ行きましょう。そうそう服も作らなきゃねぇ」
それからというもの、ヨヘイじいさんが中心となり、村のじいさんばあさんとで宴の用意が着実に進んでいった。
(みんな笑顔だな……)
それほど馬が嬉しかったのか村の雰囲気が大変明るくなっている。事実すでに宴の用意をしながら飲み始めいる村の人もいて盛り上がりの兆しが見えている。
その明るさを見て不意に自分が一人ぼっちである事を認識してしまい、寂しさに打ちひしがれてしまう。何せ知り合いも近くに存在しない異世界にいる。これからどうしたら良いのか。どうやって生きていけば良いのか。色々と考える事はあっても不安が拭える事はなかった。
「なんだどうした? お前さんがつまらなそうにしていてどうする? お前さんのおかげで宴が始まるんだぞ」
「あっ、ヨヘイさん。その……すいません」
「あの子たちはどうするんだ? 育てるのか?」
「まずは商人が言っていた通り、王都に行って奴隷の解放申請を行います。それからは……まだ決めてません」
「そうか。ここで仕事するには難しいが王都なら仕事はあるだろう」
「そうですか分かりました。……それと……ヨヘイさん実は頼みがあるんです」
「分かった頼みを聞こう。なんだ?」
「ヒポと荷車TYPE-Sを譲ってもらえませんか? その馬と新しい荷車と交換って事で」
「そんなんで良いのか? ヒポと荷車TYPE-Sに愛着はあるが、こちらとしてはあの馬二頭と大きい荷車があれば仕事の幅が大きく広がる。こっちがだいぶ得をするぞ」
「いいんですお願いします。あんな訳の分からない俺の話を聞いてくれて、しかもこうやって村で助けて貰っています。自分にとってはかけがえのない対応なんです」
「そうだったな。お前さんは見た目通りおかしな奴で、おかしな所からやってきたんだもんな……」
既に飲み始めているじいさんばあさん連中を横目に見ながら、ヨヘイさんにこの国の事や王都までの道のりを教わる事なった。
「……とまぁ王都までの道のりは大したことはない。水を汲みに行ったように川沿いの小街道に出るか、村の裏から大街道へ出るかの違いだ。結局のところ南下すれば王都に着くが、大街道に出て向かうのが一般的だ」
「なるほど……街道には盗賊の類いは出ませんか?」
「絶対とは言い切れんが、王都に近いこの辺りは少ないだろうな。突発的に発生する可能性も否定出来ないが、あれだけ動けるヒポがいるんだ、大丈夫だろう?」
「そうですね。俺より完全に役に立ちますからね。ヨヘイさんはヒポの強さを知っていたんですか?」
「いや……そうだな。お前さんなら良いか。あれはな……馬ではない」
(カバですな)
「あれは
「
「詳しくは知らん。だが希少な生物らしい。噂じゃ王都で研究が行われていたとかなんとか」
「大丈夫ですかね? ヒポを王都に連れて行って……」
「恐らくは大丈夫だろう。あくまで噂の類いだ。それに王都が本気になればこのヒポだって調べられて連れていかれているだろう」
(そんな力があるくらいだから、この国の王都は大きいんだろうな)
「おっ……ほれ、お前さんの家族がこっちにやってくるぞ」
なんの事かと考えたが、すぐに分かった。近づいていくるウメさんの両隣にいる二人の子供。風呂に入って綺麗にしてもらっただけでなく、服装も替わっていた。
トップは長袖パーカーような感じで下部はスカートのように広がっていている。長さは股下の辺り。ボトムはロングパンツ。裾をサイズがちょっと大きいのが可愛らしいベージュのショートブーツに入れている。
服は上下とも白を基調としているのと、後ろがマントになっているので白魔道士のイメージが頭に浮かぶ。
他にもベルトをしていたり、眩しいほどの金色の髪に髪留めをしていたりと細かいとこはあるのだが、俺はたった一つの項目に目が離せないでいた。
(耳が……尖っていて長い……まさか……)
「お待たせね。色々選んだり作ったりしてたら遅くなってしまってね」
「……」
「……」
「……」
(なんだか妙に互いを意識してるな俺ら……)
「どうしたのかい?」
「えっ……あぁ……いや、その、凄く似合ってるよ。二人とも」
「そ……そう? ありがと」
「……本当ですか?」
今まであまり喋らなかったもう一人の女の子が普通に話してくれたのが嬉しく、俺は二人にどんどん話しかける事にした。
「本当だ。それと君は大丈夫? なんだか凄い疲れていたみたいだけど……」
「はい。大丈夫です。色々あって気疲れしてしまったようです……」
「まぁ無理する事はない。もう大丈夫だ。俺の名前はタロ・ズーキ(
「「タロ……?」」
「そうだ。ズーキでも構わない」
「ふふっ……じゃあタロさんって呼んでもいいですか?」
(あっ……笑ってくれた……なんだか凄い嬉しい)
「もちろん。好きに呼んでくれ」
「じゃあ私はタローで」
「ああ。えっと二人の名前は……」
「ネピアよ」
「エルモアです」
「……お世話になっていました」
「「えっ?」」
「あっ! ……いや……気にしないでくれ」
「はぁ……でも気になりますね」
「気になるわよ……何? 私たちの事知っているの?」
(どうする……凄い世話になっていたが、そのまま話す訳にもいかないしな……)
「あ~そのな…… 俺はある遠い国からやって来たんだ。その国では二人の名前は有名でな。国民全てが一度は世話になっているといっても過言では無い。そして特に思春期の男子にとってそれは神のような存在とも言える」
(嘘は言ってないよな?)
「ふ~ん。そう……」
「そうなんですか」
(絶対納得していないな)
「まっいいけど。名前に関してはお互い様だから」
「ふふっ」
(ん? まぁ、あの子……エルモアが笑ってくれたからいいか)
「それじゃ積もる話もあるだろう。ワシはちょっくらウメさんと飲むとする。ウメさ~ん! 蔵から出した秘蔵のお蔵だしだぞ飲もう!」
「それはそれは。はい。頂きましょうか」
「それにしても相変わらずの器用さだなウメさん。この短時間で仕上げちまうとは」
「たまたまね、ちょうど良い服があったんですよ。それにまだ終わりじゃないわ。他にも渡してあげたいの」
(仲よいなぁ。ま、俺らもこれから仲良くやっていかないとな)
「それでは改めてよろしくな二人とも。エルモア、ネピア」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしく」
二人は肩の辺りまで伸びた金色の髪を揺らしながら答えてくれた。
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