第4話 異世界へ旅立とう!
俺たち三人は出来上がった三つの五芒星の上にそれぞれ立っている。それを満足そうに眺めるじいさん。未だタイヤの匂いのするこの倉庫内は、第三者が見たら明らかに通報の対象になるであろう状況だった。
(……そうだ。完全に呑まれているぞ俺。エクストリームなスクーター捌きで魅了はされたが、どう考えても怪しい儀式以外には見えん。どうした? 社会派紳士たる俺がこんなにも手玉に取られているじゃないか?)
「……せっかく、やりやすくなったのだと思ったのじゃがの。お主は本当にどうしようもないの」
「……」
(まぁいいか。何が起こるわけでもないし、頃合いを見てハイエースを奪取……いやスクーターの方が良いか? ヘルメットさえ見つかればこんな状況からおさらば出来るな)
辺りを見回したが、ここに来た時よりも大分に日が落ちて夜にさしかかっていた為、肝心のヘルメットを探す事には至らなかった。
(メットインに入ってるか? それにしても大分暗く……おわっ!? なんだ!?)
先ほどまで暗がりがこの倉庫内を支配していたが、今度は眩しいまでの光がこの倉庫を照らしていた。それも自身の真下から。異様な光景であった。三つの五芒星が光り合い、身に覚えのない文字が円近くを周回している。
「どうかの? 綺麗じゃろ?」
「いったい……これは……」
「光ったっす! 光ったっす!」
「下から光が差すこの状況……悪くない……」
紺野さんは仁王立ちして光を浴び続けている。聖夜は余程驚いたのか、高揚した気分を抑えようともせずにはしゃぎきっている。そしてこの俺は……この状況でも流されるしかなかった。何も考えられない。
「それでは最終確認じゃ。ここには……この世界には帰還は出来ん。良いかの?」
「はいっす!」
「頼む」
「!?」
(なんでそんなに簡単に言えるんだ? 紺野さんはともかく聖夜まで……)
「何も聞いて無いんだぞ? どこに行くのかどんな事をするのか? なんでそんなに簡単に決められるんだ?」
「私にはこの道しかない」
「自分は……親には申し訳ないと思うっす。けど……なんていうか……そこに行く事が自分の人生のような感じがするんすよ……なんかうまく説明出来なくてすいません。自分もよく分からないっていうか、だからパイセンの気持ちも分かりますよ。でも……この三人なら大丈夫って気がするんすよ」
「……」
光り輝く三匹の豚たち。神々しいまでの光に、俺は心から怯えきっていたのかもしれない。これがまやかしではではない事が五感を通して訴えてくる。
(別に俺は……二人に付き合う必要はないんだ。だいたい今こんな状態で決められるかよ。また後で何か考えれば……)
「お主はまた逃げる気か? 逃げ切れるかの……逃げ切れるかもしれん。実際こやつら二人も、この世界から逃げると言っても過言ではないの。けれどそこには自身の意思がある。そしてそれを選択した。お主がここで降りてもワシは文句は言わん。じゃがの、簡単な問題でも先送りにして生きてきたお主に、今回のような状況が対処出来るのかの? 結局同じ事の繰り返しじゃて」
「だからなんだってんだよ? 知ったふうな口を利きやがって……」
心を見透かされたような気がして、憤りを隠さず語気に出す。
「ふぉふぉふぉ。分かる、分かるぞ。ワシもそうじゃったからの……つい言葉が過ぎてしまったようじゃ。済まぬの」
「……」
「どのような生き方をしても、それはその人の人生じゃ。けれどよく言うじゃろ? 人生は選択の連続じゃと。お主はもし選択肢が二つしかなかったら、三つ目を考えるのではないか? どちらも決められず、選択しない事を選択する。まぁ、それもまた選択と言われてはワシも何も言えぬがの」
「……」
「じじいの戯れ言じゃ。お主は色々出来る力がある。せっかくじゃ、これからはしっかり意思をもって選択肢に望むんじゃ。例えそれが最低の選択肢であっても。そして選択した者にしか味わえない苦労と喜びを知るんじゃ。いいの? 頑張るんじゃて……」
そう言うと、じいさんは二人に目を向け目配せする。それに応じるように頷く二人。
「パイセン。お世話になったっす。一緒に行けないのは残念すけど……出会えて……ちょっとの時間でしたけど楽しかったっす!」
「人の道はそれぞれ。こうして人生の岐路に出会えた事は忘れない。ありがとう」
「……」
(俺は……今まで何をやってきたのだろう。なんとなくなんとなく過ごしてきた。それで問題なく生きられたからだ。これからはどうなるんだろう。このまま……流されるように……生きて……自分で決めず……他人の……社会のせいにして……そうだ……全部俺は……俺のせいじゃないって……)
じいさんがスクーターからステッキを持ってきた。本能で分かるこれからの事。俺は最後の最後に質問してみたくなった。何故か知ったような口を聞くじいさんなら、これからの俺の人生を知っているような気がしたからだ。
「待ってくれっ!」
「パイセン!?」
「鈴木君……」
「どうしたかの?」
俺はなんだか前に一歩踏み出した気がした。けれど選択肢を選んだ訳ではない。ただただ興味本位だったのかもしれない。何かに期待して自分の選択の後押しにする言い訳が欲しかったのかもしれない。
「じいさん……。あんたは若い頃は俺に似てたんだろ。なら俺はこれからどうなるんだ?」
「……」
(そんな簡単には教えてくれないか……自分で……選択して……見つけないと)
「また怒ったり掴みかかってこないと約束してくれるかの?」
「……あぁ。約束する」
「ハッキリ言ってしまうが、良いかの?」
「むしろハッキリ言ってくれ。失禁するくらいにズバッと」
じいさんは本当に未来を見ているかのように考えるそぶりを見せ、予言者のように言い放った。
「うん……お主の感じじゃとFランのくせに高卒、中卒を馬鹿にして仕事を転々とするが、いつの間にか立場が逆転するも、それに気づかない振りをしてドツボにハマるパターンじゃ。それで自身の未熟さには触れもせず他の未熟を指摘し続け、いつのまにかそれがメインの人生になるの」
「……」
「……」
「……」
「……怒るのは反則じゃぞ?」
「……」
「……」
「……」
「……っ!」
「すっすまん! 的確に言い過ぎたわい! 握り拳はそのままにてお願いするぞよ!?」
「ふふふ……あぁ……ふはっ……はぁーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!」
「契約違反じゃぞっ! 怒らんて……っ!?」
「ハハッ……最高じゃないか……その情景が脳に鮮明に浮かんだぜ……じいさん……ありがとよ。何か失っていたものを取り戻した気分だ」
俺は脳が覚醒していく様をその身で感じていた。雷雲でも含んでいそうな灰色の雲。それが神々しいまでの光によって消されていくかのように。俺はいつのまにか忘れてしまっていたんだ。事ある度に考えていたその原点を……。
「ふぅ……驚かすんじゃないて。老いぼれをショック死させる気かの……」
「じいさん。それと聖夜。紺野さん。決めたよ俺! 俺も異世界へ旅立つ!」
「パイセン!」
「鈴木君。私たちは一心同体だ。そしてすべてを共有する仲間だ」
じいさんは少し疲れた顔をするものの、これから始まるであろう異世界へ旅立つ為の準備をし始めた。近くに学校によくある机を持ってきて、机の中から魔術書と思われるハードカバーな本一冊を机の上に開いて置いた。そして不釣りあいなスマホを近くに置く。
「それじゃ始めるとするかの。……そうじゃ、せっかく三人で一緒に行くんじゃ。何か一緒の目標を持ってそれを強く願ってもらえるかの? ワシの術も問題ないとは思うがの、三人の絆を深める事によって異世界への道がより確実なものになるんじゃて」
(そうか……何か良い案は……)
「私は借金から逃げ切れればなんでもいい」
「とりあえず族かサーファー以外がいいっす!」
「……」
(そうだな……向こうがどういう感じなのか分からないが、現状より良くはしたいよな。何が……いいか……)
「私は出来れば良い暮らしがしたい。楽な方法で」
「そっすね~せっかく新しい世界に行くなら、上を目指したいっすね~」
「……」
(そうだよな……上か……)
「私は何もしなくても、何かが得られる仕組みに交わりたい」
「う~ん。一般の人が出来ない事が出来たら面白いっすよね~」
「……」
(一般……上……位……そうかっ!)
「上級国民になろう!」
「おわっ! それなんか貴族っぽいっすね~!」
「素晴らしい。何もせずにすべてが手に入りそうだ。流石は鈴木君だ。君には大いに期待している」
(そうさ、この世界じゃいつまでたっても搾取される側だ。だけど、新しい世界なら……もしかすると、もしかするかもしれんっ!)
「決まったかの? それじゃ今度こそ始めるとするんじゃて」
机の上の魔術書を見ながら、じいさんが何事か告げる。すると勝手に魔術書のページが順々にめくり上がり、その内容を全て読み上げているのか、こちらには理解出来ない高速言語でじいさんが詠唱する!
(おおっ! 光がより一層強く!)
すると場違いな着信メロディがこの状況を濁す。そして先ほどより光が弱まる。じいさんはスマホを眺めると驚愕したような表情を見せ、机の中にしまってあった、外付けのレトロな受話器をスマホに接続して慌てて通話を始めた。
「お疲れさまです! はいっ! はいっ! ……えぇ。左様でございますか。はい。えぇ……」
(なんだこのじいさん。さっきと口調が変わって受電対応しているサラリーマンみたいな感じになってんぞ……)
「……えぇ。ちょうど今まさに起動しておりまして……そうです。人数に変わりはありません……」
(なんだ? 上司か?)
「えっ!? はいっ! 本当によろしいのですか……いえ……かしこまりました。ではそのように……はい……はい……それでは……はい……失礼します……ふぅ」
「どうしたんすか? 大丈夫っすか?」
そう聖夜がじいさんに訪ねるとじいさんは申し訳ないように言葉を絞り出してきた。
「済まんっ! ワシはついて行ってやる事が出来んくなった!」
「えぇっ!? それじゃ自分たちはどうなるんすか!?」
「私はもとよりそのつもりだ」
「おいおいじいさん。なんとかならないのか?」
「す……済まん。クライアント様には逆らえんのじゃて……それと……お主らは全て違う場所に送られる事になる。その……世界は同じじゃて。じゃが場所が違うんじゃ……」
(おいおい! 一人で訳の分からん世界に行くってか!? とりあえず情報を!)
すると先ほど弱くなった光がまた一段と強くなる。同時に円の周りを回っている不明な文字が速度を増してくる。
「まずいぞい……式が展開し始めて……良く聞くんじゃ! 異世界はここの情報を基盤としている所がある。一部が言語や文字じゃ。大陸によって多少の違いなどはあるが、基本お主たちが困る事はないじゃろう! 何せ向こうの世界も、この世界も、取り扱っているクライアント様は同じじゃ! じゃからて安心はするでないぞ! この今いる世界でも争いはあり危険な所もあるんじゃ! この平和な日本という常識を捨てて……絶対……死んではならんのじゃよ!」
(えっ!? 死ぬ!?)
「聖夜よ! お主はその優しき心を持って皆を守りぬくんじゃ!」
「はいっす!」
「勇雄よ! お主はそこで自身の生き方を知るだろうぞ! 生まれ変わるんじゃ!」
「生まれ変わる……という事は……借金がなくなる!?」
「そして一郎よ。お主とはもう少し話してみたかったの。だがこれも人生じゃて。お主は不安定ながらも誰よりも勢いがある。その勢いを忘れるんじゃないぞよ!」
「じいさん……」
じいさんは一度目を閉じて、俺の過去を見てきたかのように言葉を繋ぐ。
「それとな……思い出すがいい。お主が社会派紳士を目指した時の事をじゃ……」
「っ!?」
今までにない光と、何かが迫ってくるような音。俺はじいさんに頷き、そして二人にも頷く。それぞれ頷きあった所で、この光という情報に飲み込まれていく、俺ら三匹の豚たち。最後に見たのは何だったのだろうか? 過去の自分だろうか? それとも未来の自分だろうか? そんな感覚を身に感じながら自身の意識からホワイトアウトした。
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