*にゃんの3

「さて、そろそろあやつの様子でも見てくるかの」

 じーちゃんは立ち上がって──ハムスターが立ち上がるとかわけわかんないけど、気を取り直すように後ろ足で立った。

「うん、いってらっしゃい」

 僕は消えていくじーちゃんを見送って、また窓の外を眺めた。雨はさっきよりも弱くなったけど、太陽も傾いてきたのか外は薄暗かった。

 目の前の道路にいる女の幽霊さんは、相変わらず通り過ぎる車を見つめてる。そういえば、穏やかな顔をしている気がする。

 だけど、左の十字路は晴れた真昼でもかすんで見える。雨で曇っている今日なんて、あそこに雨雲があるんじゃないかと思うくらいだ。

 明日は晴れてくれるかな……。僕はそんなことを思いながらふと、お地蔵さまの方を向いた。

「あ、あれ。じーちゃんの飼い主さんかな?」

 正確にはじーちゃんが生きていたときの飼い主さんだけど、あの人もけっこう格好いいんじゃないかな。優しいし、僕の飼い主さんとぴったりだと思うの。

 あれはきっと、僕んちに来るんだな。

「あ、じーちゃん」

 飼い主さんの後ろにぽんと小さなまるが現れた。すぐにじーちゃんだってわかった。でも、十字路の角にあるお地蔵さまから大きな真っ黒いものが膨らんでいくのを見て、僕はびっくりした。

 じーちゃんも気がついたみたいだ。飼い主さんを必死に遠ざけようとしてる。そのあいだにも黒いモヤはどんどん大きくなってる。

 みんな気がつかないのかな、あんなに真っ黒で怖いのに。

「どうしよう。どうしよう」

 僕はどうしていいかわからなくてオロオロした。そしたら、テレビを見ていた飼い主さんが僕のところに来た。

「あら、雨は止んだ?」

 窓から外を眺めて嬉しそうに笑った。そんな場合じゃないんだけど。大声で鳴いてやろうかなと思ったら、飼い主さんはじーちゃんの飼い主さんを見つけたみたいだ。

 もっと笑顔になって窓を開けた。しめた!

「ちょっ!? ルークス!?」

 僕は開いた窓から飛び出した。二階だけど大丈夫、下には木があるから、そいつに飛び移れる。

 すぐそこなのに、初めて外に出る僕には大冒険だ。

「ルークス!」

 ごめんなさい。今は──

「じーちゃん!」

 助けなきゃ──!

 僕は、お地蔵さまが割れるのを見ながら、まっくろい塊に威嚇して噛みついた。

「ルークス!? だめじゃ!」

 じーちゃんの声が聞こえた瞬間、僕の体は何かにぶつかってすごく痛かった。宙に浮いて道路に落ちたのに、そのときは痛くなかった。

「ルークス!?」

 じーちゃんの飼い主さんが僕に気がついて抱きかかえてくれた。でも、僕はどうしてだかすごく眠くて、じーちゃんの声が遠くなってった。


 ──目が覚めたときには、知らないとこにいた。

「馬鹿もんが。馬鹿もんが──」

 じーちゃんが涙をぽろぽろ落として泣いてる。まだ頭がぼうっとしてるけど、じーちゃんの飼い主さんは大丈夫なのかな。

「じーちゃん。飼い主さんは?」

「ああ、無事じゃ。おまえさんのおかげでな」

 あのとき、僕が飛び込んでなかったら、トラックが突っ込んでたくさんの人が危なかったんだって。

 僕の姿を見て、みんなが立ち止まったから、突っ込んできたトラックに跳ねられずに済んだんだって。

「そか、よかった。……ってなにこれ」

 首のまわりになんか白いのがある。

「おまえさんが傷を舐めんようにするやつじゃ」

 治るまで大人しくしとれ。

「おぬしの飼い主も心配しとったぞ」

 泣いて泣いて大変じゃった。わしの飼い主がなだめておったがの。

 あの悪霊は、じーちゃんが霊界のエラい人に言って地獄に送ってもらったんだってさ。僕は、なんかホッとした。

「あ、じゃあ。飼い主さんたち、もっと仲良くなるね」

「馬鹿もん」

 じーちゃんは安心したのか、僕にもたれかかってため息を吐いた。幽霊だから全然重くないや。

「飼い主さん、上手くいくといいね」

「そうじゃな」

 僕は、とても幸せな気持ちになった。





 END

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ニャン憑って 河野 る宇 @ruukouno

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