知識の大樹 - 古代図書館

帝都内政官の手記より抜粋


帝国歴243年 第7番目の月 20番目の太陽が昇った日


東夷の地より一人の男来たる

藍毛黒眼、深い青色の衣をまとう

誰とも異なる言葉を解し

誰も耳慣れぬ旋律を紡ぐ


夜に中央広場で聴いた歌である。珍しい風体をした男。一部で話題になっている。聞くところによると、その者が干魃に苦しむ町に赴き杖で地を突いた。現地の若者がそこを掘ると、たちまち水が噴き出し川となったという。男には水を操る龍が見えるのだそうだ。


帝国歴243年 第9番目の月 9番目の太陽が昇った日


医師の努力虚しく王の病状は悪化の一途をたどり、今月に入ってからは一度も朝議に顔を出されない。王は齢23、死に連れ去られるにはあまりに早い。内政官の一人が東夷の男の召喚を提案するが、反対も多く保留となった。


帝国歴243年 第9番目の月 18 番目の太陽が昇った日


帝都一の医師も王の病巣を見つけられぬ。万策尽き、東夷の男の召喚が決定された。


帝国歴243年 第11番目の月 8 番目の太陽が昇った日


王の病状は徐々に快方に向かっている。内政官の中にも東夷の男を良く思わない者がおり、怪しげな呪術で病を隠しているだけではないかと警戒しているようだが、私が見る限りではそのような様子は無い。


帝国歴245年 第1番目の月 3番目の太陽が昇った日


王が男に再び謁見を許す。治療に成功したかどの報償を王より直接尋ねられると、男は自分の知る世界を永遠に残す法を求めた。神の子でも、まして王族ですらない者が永遠に触れようなどという不遜な考えに不快感を露わにする者もあったが、王は寛大に対処し、私に男を王立図書館へ案内するよう命じた。なぜ私が。翌日に赴く旨伝えると、男は今すぐ行きたいと駄々をこねた。まずは帝都に住む者としての礼儀から教えねばなるまい。


帝国歴245年 第1番目の月 4番目の太陽が昇った日


激務の隙間を縫って男を王立図書館へ連れて行く。神聖な場所に入る前であるから風呂へ寄ったが、八方から好奇の目に晒され非常に恥ずかしい思いをした。道すがら図書館の説明をする。帝都の全知識がその建造物に収まっている、と説明すると彼はにわかに興奮しだした。図書館に入り、実際に蔵書を目にしても、どのようにして記録が行われているか理解できない様子だった。驚いたことに男の出身地には文字が存在しないという。書記官を呼び、文字とは何であるかの説明と、専属の書記をつけ、男の持つ全知識を書物として図書館に納めたい旨を伝えると、男はたちまち涙を溢れさせ、膝から崩れ落ちた。「これこそが、自分が求め続けたものだ」と。夜になっても一向に帰ろうとしないので、館内の一室に男を住まわせること となった。


帝国歴245年 第1番目の月 12番目の太陽が昇った日


男は故郷で語り継がれていたありとあらゆる物語を語り始めた。星読み。気象。工業。医学。薬学。音楽。測量。恋愛。民話。専属の書記官だけでは間に合わず、図書館に勤める全書記官が交代で彼のもとに訪れ、その口から歌うように紡がれる言葉を一字漏らさず文字に変換ていく。夜を徹して記録が続いている。男の健康状態が危惧される。


帝国歴245年 第11番目の月 1番目の太陽が昇った日


ひとつ、またひとつと男の歌う物語が図書館に納められていく。東夷の異質な知識体系はいまや帝国中の学者・知識人の関心事である。皆がこぞって彼の知識を求め、図書館はかつてない活況を呈している。しかし当の本人は図書館の奥に篭もり、書記官以外の誰とも会おうとしない。私すら入室を拒否されることに対しては、感謝の心の欠如と捉えざるを得ないだろう。


帝国歴247年 第16番目の月 6番目の太陽が昇った日


男が目に見えてやつれていっている。休息を勧めたが、相変わらず何かに取り憑かれたように歌い続けている。東夷の物語は既に200巻を超えた。その多くは帝国にとって非常に有用であると思われる。


帝国歴248年 第3番目の月 20番目の太陽が昇った日


男は冬枯れを知らない桃源郷と、そこに住む美しい女性の物語を歌い終えると、静かに永遠の眠りについた。全く安らかな笑顔であった。

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