第3話 友三郎と秋祭り
「友さん! 悪いが、今年は秋祭りに出てもらえるかい?」
区の役員、重さんが訪ねてくると頭を下げていた。
「いやぁ、わしも歳だから・・・。祭りは、ちょっとなぁ。あの山車を担いで上がるんだろ、この歳になると体がついていかんわ。」
「そこを、なんとかならないだろうか・・・。」
「若いもんが、おるだろうに。」
「じつは、人がおらんのじゃ。町内会からは六人出してくれと言うんだが、あんたとこの良治さんもそうじゃが、若いもんは仕事だ、用事があると言って出てくれん。」
「そうか・・・、良治は用事があるのか?! それは、大変申し訳ない。大変じゃのぉ。」
友三郎は口ではねぎらいの言葉を言うのだが、決して参加しようとは言わない。重さんも「どうしたもんかのぉ」と困った顔つきであったが、心を奮い立たせたように、
「頼む! もう、あんたしかおらんのじゃ。」
と言っていた。
いつの間にか友三郎の横にはさよ子が立っていたが、
「じいちゃん、父さんは仕事なんだぞ。出てやりなよ。」
と、えらそうに言う。重さんに頼まれ、さよ子にえらそうに言われた友三郎は、逃げるに逃げられずシブシブ受けざるを得なかった。
その後、さよ子から何をどういう風に聞いたのか、初が嫁の静子相手に、
「年寄りの冷や水・・・。」
とか何とか言っているのが、友三郎の耳に聞こえていた。初と話をする静子は、どこか奥歯にものが挟まったような返事でやり過ごしていた。
当日は大雨と願う友三郎だったが、あに図らんや空は抜けるような秋晴れである。重い足取りで友三郎が神社に向かうと、すでに近所の若い衆が五人来て談笑している。
友三郎は「うん?! 年寄りはわしだけ?」と、それでなくとも気が進まないのに、終いには「どうすりゃいいんだ」と思ってしまう。
着いてから、なんだかんだと解決のないことを考えていた友三郎だが、法被の袖を誰かが引っ張っていた。
「なんだ、なんだ?! 誰が引っ張るんじゃ」と困惑しながら見ると、さよ子にみよ子にのぼると悪魔の申し子、孫三人衆であった。友三郎はヤレヤレと思いながらも、
「お前たち、どうしたんだ?!」
と聞くと、さよ子が、
「じいちゃん、知らないのか? 子供神輿だぞ。」
どこでも、いつでも、さよ子はえらそうに言う。「これは、親のしつけの問題か?」と思いながらも、友三郎は孫三人を見て、
「お前は分かるが、みよ子とのぼるはどうして?」
「私が、連れてきたんだ。」
「なんで連れてきたのじゃ。お前たち、歩けるのか? けっこう、歩くぞ。」
友三郎は、小さな孫二人の心配をして言っていた。
いよいよ神輿を先頭に、秋祭りの行列が始まった。孫三人は子供神輿にもぶれ付いて、いかにも愉しそうである。
「じいちゃん、ちゃんと歩けるのか?」
さよ子が、いらぬ事を聞く。
「何を言うか、じいちゃんは若い時に何度も出ているんだ。」
「へえぇ、何度も出ているんだ! でも、昔のことだろう?!」
そう言われると、友三郎には返す言葉がない。
「まあなっ・・・。しかし、まだまだ大丈夫じゃ。」
友三郎が虚勢を張っていると、聞いていた近所の若い衆が笑った。
歩き始めて一時間半、やっと折り返し地点で休憩時間がきた。記憶にある行列よりは、かなりゆっくりとした歩調で進むためなのか、友三郎は足に堪えていた。
そして、やっとの事で休憩時間がきたというのに腰を下ろす場所がない。友三郎がフェンスにつかまって足首の体操していると、悪魔の申し子たちが何が愉しいのか、友三郎を無視して笑いながら通っていった。
やっと、神社が見えた! ヤレヤレと思う友三郎だが、本番はこれからであった。クライマックスは、神社の石段を山車を担いでみんなで登るのである。友三郎は急勾配の石段を見ただけで、ウンザリすると戦意をなくしていた。
「去年は、途中で山車が登れなくなったよな。」
近所の若い衆が、うれしそうに話をしている。これでますます、友三郎の心は萎えた。
「さあ、行くぞ!」
今年の当番の頭だろうか、えらく元気な若い衆が声を張り上げると、「さあ、みんな。山車を担げ」と扇を振っていた。
友三郎が身も心もズタズタになって足を引きずりながら家に帰ると、先に帰っていたのか孫三人衆が玄関までお出迎えである。
「じいちゃん、ちゃんと山車担いだか?!」
いらないことを言う、さよ子である。
「少しなっ。」
「少し? 少しって、どれくらいだ。」
「ああ、最初だけはな・・・。」
「本当か?!」
祭りも地獄であったが、家に帰っても地獄の友三郎であった。
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