第2話 友三郎、お年玉をねだられる

「じいちゃん、もうすぐ正月だぞ。」

と、孫のみよ子がはしゃいだ声を出す。

 その声に読みかけの新聞から目を離すと、友三郎はメガネ越しにみよ子を見る。そして、『まだ十月に入ったばかりなのに、えらい早くから正月、正月という子だな?』といぶかった。

 みよ子は学校から帰ってきたのはいいが、することがないのか、かれこれ一時間、部屋から出ていこうとしない。友三郎は孫を早く自分の部屋へ行かそうと、

「みよ子、宿題は済んだのか?」

と聞くが、

「今日はないんだよ。ああ、暇だ、暇だ・・・。」

と言って、動こうとしない。どうして部屋に行こうとしないのか分からないまま、

「そうか・・・。」

と言うと、友三郎はみよ子を無視したように再び新聞に目をやった。

 しかし、みよ子が部屋の中で黙っていると、ろくなことはない。この前など、やけにおとなしいなと思っていたら、あちらこちらの引き出しを開けて何か探すふりをしながら、友三郎がどこかにへそくりを隠していないかと探っていたのだ。

 このまま放っておくと、どんなイタズラをされるか分かったものではなかった。思わず、

「おっほん!」

と一つ咳払いし、どういうつもりで正月の話が出てきたのかを聞くことにした。

「正月が、どうかしたのか?」

 みよ子は当たり前だという顔をして、

「だから・・・、もうすぐ正月だぞ!」

「早いもんだな。」

「そうだよ、夏休みの次は正月だぞ。」

 『うん?! 論理的にあっているような、いないような・・・』と一瞬考えたが、

「ああ、そうだな。みんなが元気で、正月を迎えられるってことは、ありがたいことだ。感謝しないといけないな。」

と、子供相手に当たり障りのないことを言ってしまった。

 それを聞いたみよ子は、

「ありがたい? ありがたいの前に、じいちゃん何か忘れてはいないか?」

と言いだす。友三郎は首をひねると、

「うん? おお、そうじゃった! その前に、クリスマスがあるぞ。」

 その言葉に、みよ子は『?』という顔をしたが、ますます自分の思い通りになってきたのか、してやったりという顔をすると、示し合わせたように弟と妹を呼んでいた。

「じいちゃん! 今年は、お年玉くれるんだよね?!」

と、意味不明のことを言う。

「うん?! みよ子。お父さんやお母さん、それにおばあちゃんが毎年くれてるだろう?」

と言うと、みよ子は何が不満なのか、

「今年から、くれたっていいじゃないか!」

と引く気はないようだ。

 今まで、こういう事はすべて初にまかせていた友三郎は、予想外の言葉に思わずひるんでいた。みよ子はすかさず、

「のぼる、さよ子。じいちゃんがね・・・。」

と、大きな声を出した。

 『うん?』、友三郎は不吉な予感に襲われる。友三郎には、みよ子を頭に三人の孫がいたが、どう見てもこういう時は悪魔の申し子としか思えなかったのだ。

 呼ばれてやって来た二人に、

「じいちゃんがね、話があるって!」

と、みよ子が言った。

 『はて、話?』と友三郎は考えるが、どういう訳か女房の初が孫の二人といっしょに入ってくると、

「あなた! クリスマスと正月が三人とも待ち遠しいのは、なぜか分かるでしょう。」

と言っていた。

 友三郎は思わず、孫もそんな歳になったのかと気づくが、今まで自分が出そうとはこれっぽちも頭にはなかった想定外の出費の話に驚く。

 すかさず初は、

「みんな、毎年大きくなるんだから、今年からはあなたも出すのよ。」

 トドメの一発であった。

 見ると、みよ子も、のぼるも、さよ子もニタニタと笑っている。その笑顔を見ながら、友三郎は孫の成長がうれしいような、それでいて初に先手を取られてイニシアチブが取れなかった悲しい気持ちに襲われていたのだ。

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