バトルじじい 友三郎

ゆきお たがしら

第1話 友三郎、腰を痛める

 友三郎、七十歳の朝は早い。

 高齢者にありがちな、夜が明けるか明けないうちに寝床から飛び出すと、つれあいの初が寝ているにもかかわらず、バタバタと布団をたたみ朝刊を取りに行くのが日課であった。

 寝ているはずの初だが、友三郎が動き出すと決まって頭から布団を被り直す。そして胸の内では、「何を早くから?! いまだに、習性かしら・・・。 早くても遅くても、今じゃする事もないのに」と思っていたのである。

 初にそんな事を思われているとは、つゆ知らぬ友三郎であったが、今朝はなにやら腰の辺りを叩いていた。

「ウッ、イタタタタ・・・。」

 腰が伸びず、へっぴり腰のまま玄関を出たところで、無理矢理背伸びをしては、

「アー、痛、痛っ・・・。」

と言っていた。だが、当の本人は心当たりがあるようでないようで、

「ハテな? どうして・・・。」

と首をひねるが、しばらくすると、

「おおっ、そうだった! アッハハハ、昨日の草取りか。」

と納得するのであった。そして、

「待てよ?! すぐに痛みが出るということは・・・。こりゃ、まだ若いという証拠かな? アッハハハ。」

などと喜びながら一人悦に入る友三郎だったが、突然、

「あのぉ、どうかなされましたか?」

と声をかけられ、聞き慣れない声に慌てシャキッとしなければという思いが湧くと、再び不自然に腰をひねっていた。

「アッ、アッア?! 腰が・・・。」

 しかし、その声が終わるか終わらないうちに、

「なんだ、じいちゃん。へーぇ?! きれいな人に声をかけられたもんだから、変にいいカッコしようと腰を伸ばすからだよ。」

 そのあざ笑うような悪魔の声は、孫のみよ子だった。気遣いの声をかけてくれたのは、最近近所に引っ越してきたきれいな若奥さんである。友三郎は照れたような顔をご婦人に見せるも、へっぴり腰のまま孫のみよ子に向き直る。それを見ていたみよ子は、

「日頃しない、草むしりをしてたからだよ。だから、腰に来たんだ。腰、腰・・・。」

 本当に、悪魔である。何度、若いご婦人の前で腰と言えば気が済むのだろうか。友三郎は話題を変えようと、

「一体全体、寝ぼすけのお前が・・・。どうして、こんなに早く・・・。」

と言うが、言われたみよ子はあごを突き出すと、威張った顔をしていた。

「わたしゃあ、心を入れ替えたんだよ。今日からジョギング、ジョギングだよ。なんならじいちゃんも、どうだ?!」

「いやぁ、わしは・・・。昨日、草むしりをして腰が痛いんじゃ。せっかくお前が誘ってくれたのじゃが、遠慮しとくよ。」

「フーン。でも、じいちゃん・・・。年寄りは、次の日には痛くならないんだってよ。痛くなるのは二・三日、違う、四・五日経ってからだってよ。じいちゃん、それはおかしいぞ?! 早く病院に、行った方がいいぞ。」

 そのみよ子の言葉に、思わず友三郎は、

「なにっ、四・五日? 病気・・・?! まさか、病院にいくほどじゃ・・・。」

などと悩み出すが、「そうか?!」、友三郎には心当たりがあった。四・五日前のこと、大雨が降るかもしれないと初が言うので、無理をして家の周りの溝掃除をしていたのだ。

 なんと、友三郎よ。どこが・・・、何が若い?! 友三郎の思い込みは、すべてはぬか喜びだった。そして普段でも可愛らしさの見られないみよ子であったが、こういう時は誠に悪魔であった。



  

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