自殺未遂
僕はもう、何もかもが嫌になってしまった。一日じゅう寝ているだけ、心に鬱屈が突き刺さる。生きていても仕方がない。生きていてもしょうがない。この身よ滅びろ。消えてなくなれ。心臓よ止まれ。呼吸よ止まれ。
いくら心で叫んだところで状況は何も変わらなかった。自殺しようにも心の奥の何かが、死にたくないと叫んで、足がすくんでしまう。何度首を吊ろうと思っただろう。思った数だけ、失敗している。この心の中で死にたくないと叫ぶものは何なんだろう。本能なのか。それとも自分の根幹なのか。理性が死を求めているのにそいつは僕の死ぬ気を奪い去る。
そんな時、インターネットで自殺方法を検索したら、こんな記事が出てきた。『ノリトレンなら百錠で心不全を起こして死ぬ』
ノリトレン? ああ、あのちっとも効かない抗鬱薬か。百錠? 三百錠あるよ。これで死ねるのか。なら簡単だ。
僕は早速、ノリトレンのシートを出した。ノリトレンは一シート十錠。だから十シートで百錠だ。僕は一シートごとにノリトレンを取り出して、水で飲んだ。百錠飲むには大量の水を必要とした。それで腹がチャポチャポになる。僕は吐き出してしまうことを非常に恐れた。吐いてしまったら何にもならない。だが、吐き気は襲ってこなかった。そうなるとあとは死ぬのを待つだけだが、一時間たっても二時間たっても何の変化もない。
「ノリトレンの役立たずめ」
僕は思ったが、自分でも気がつかないうちに意識を失っていた。
今、僕がこれを執筆しているから、お判りだと思うが、僕は死ななかった。ただ翌朝まで気を失っていただけだ。単に寝ていただけかもしれない。とにかく、朝目覚めてしまった。
「何だよ」
と僕は歯噛みした。死ななかった以上、起きなくてはならない。ところが右半身に力が入らなくて、立ち上がることができない。立ち上がろうとすると、よたってしまってすっ転ぶ。それを何回も繰り返してようやく冷蔵庫に辿りつく。水を飲もうと冷蔵庫のドアを開けようとするが、目のピントが合わないのか、取っ手を握ることができない。手が空中で盆踊りしているようだ。
「ラリっているんだ」
この時、ようやく気がついた。息が苦しい。ちょっと体を動かすのもしんどい。ようやく、冷蔵庫の取っ手にしがみつき、中にある水の入ったポットを取ろうとするがまたまた手が盆踊りをしてしまってなかなか取れない。なんとか持ち上げてグラスに水を注ごうとするが手が震えてうまく入らない。たっぷりこぼして、ようやくグラスに水を注いだ。このグラスの水を飲むのにまた苦労した。手は震える。立っているのも一苦労だ。
そこに、鬼のような元妻の声がする。
「燃えるゴミ捨ててきて」
昨晩は遅く帰ってきたのであろう。元妻は僕の異変に気がついていない。
「この状況で、ゴミなんか捨てられるか」と思ったが、それを言ったら、ノリトレン自殺未遂をしたことがバレる。バレたら、最悪、追い出される。仕方がないので何度も素っ転びながら、生ゴミを集め、十メートル先のゴミ捨て場に行った。しびれている、右足がコケないように気をつけてゆっくり歩いた。幸い通り過ぎる人もなく、ゴミ入れに燃えるゴミを投入した。帰るのも一苦労である。ゆっくりゆっくり歩いた。そして部屋に帰り、倒れるように寝た。右半身はしびれて不快感がある。だから眠ることはできない。ただひたすら、右半身の回復を待った。このまましびれっぱなしの可能性を感じて、ぞっとした。完全な障害者だ。冷や汗が出た。
だが、昼頃になると、しびれは収まり、正常になった。元妻には体調が悪かったと嘘をついた。
今回の自殺未遂の失敗はその量にあったと思う。致死量というのは服用した過半数が死ぬ量なのだ。つまり、致死量には個人差がある。だから僕は、二百錠、三百錠飲んで、死の確率を高めなくてはいけなかったのだ。それを怠った僕には右半身のしびれという罰ゲームがあった。
これ以来、ノリトレン自殺はやっていない。でも本当の絶体絶命な危機に瀕したら決行しようと思っている。ノリトレンのストックは大量にあるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます