新しい先生とノリトレン

 新しい診療所は火曜日の午後六時から八時の二時間しか診療時間がない。しかも実は病院でもなくて、老人介護施設の一室を借りて先生が診療しているのにすぎなかった。

 なのに僕がここを選んだのは、インターネットでここを大絶賛している人が、いたことと、診療する先生がテレビでもおなじみの有名医師だったからである。テレビに出ているから良くなるという話ではないが、期待は持てそうな気がする。

 診療所は駅から歩いて十五分くらい。小高い丘の上にある。初回は元妻と二人でタクシーに乗って行った。行ったらそこはとんでもなく広い建物で、どこに行ったらいいのやらさっぱり分からなかった。やっぱりここは病院でもなんでもない老人介護施設なのだ。

 ようやく受付を見つけ、手続きを済ますと応接室みたいなところで待てと言われる。ふかふかのソファーだ。相当儲かっている施設なんだなと思う。場違いなところに来た気分だ。


 しばらくして、先生がやってきた。テレビで見た顔だ。穏やかそうで好感が持てる。初回は紹介状を元に、診察を受けた。前の先生はよっぽど詳細に紹介状を書いたらしい。「もったいないねえ」と新しい先生は言った。そして、僕の職歴を聞いて、またも「もったいないねえ」と口にした。口癖かな? と思ったけれど、その言葉を発したのはその二回だけだった。処方も初回は前のクリニックと変わらなかった。ただ、デパスだけは減らされた。デパスは心臓に悪いという理由だった。

「三週間後に来なさい」

 僕は言われた。今までが二週間に一度だったので、間が長いなと思った。でもその分、負担が減る。薬もここで処方してくれるという。その点でも楽だった。

 帰りは歩いて帰った。それほどたいへんではなかった。


 この診療所でも薬は試行錯誤した。その中で登場したのが、ノリトレンだった。僕はその名を告げられた時、内心、やった! と思った。これで鬱から脱却できると思った。一回三錠を服用することになった。その代わり、デパスは取り上げられた。デパスがなくなることに不安を感じた僕に先生はレキソタンという薬を処方した。これも抗不安薬だ。でも効き目がデパスと違うらしい。インターネットで調べると、デパスにある催眠効果がないらしい。つまりは眠くならないということだ。これはこれで良いのだろう。


 期待していたノリトレンを処方され、僕はそれだけで、鬱が治る気がした。しかし、目立った効果は見られなかった。僕はまた布団に逆戻りした。そうしていると不安になってくる。レキソタンを服用する。これも効かない。やむなく、もう一錠レキソタンを飲む。それでやっと落ち着いた。先生にそれを言うと、レキソタンは一日二錠に追加された。だが、デパスに比べると効果がイマイチはっきりしない。ただ二日間不眠が続いて、パニックになった時は劇的に効いた。だから、デパスほどではなくとも、レキソタンは効くのだ。ただ、自律神経がおかしい時は効果が少ない。そういう時にはトラベルミンを飲むと効く。本来は乗り物酔いの薬だが、自律神経の不調から起こる気分の悪さにも絶大な効果がある。たぶん、乗り物酔いも自律神経からくるんだろうと僕は考えている。


 さて、ノリトレンだが効果はさっぱりだった。先生は一日十錠に処方を変えた。それが三十日分だから三百錠である。このことが僕に一つの決断をさせた。その余にも愚かな決断については次のエピソードで述べる。

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