状態が落ち着いてくる
あんなに激しかった躁状態も、薬が効いてきたのか十一月に入ると落ち着いてきた。とはいえ、完全に正常に戻ったとはいえず、何かとやらかしていた。まず、激躁の時に買い集めたCDを売ることに決めたのだが、その売ろうとした場所が悪かった。元いた会社である。会社の経営する書店では大阪の業者と組んで本屋、CD、DVD、ゲームソフトの買取をやっていた。だから、元いた売り場でも買取をしている。僕は突撃した。
レジにいるアルバイトに、人の良い主任を呼んでもらい、彼に買取をさせた。これは妙案であった。他の人間だと、嫌がったり、怖がったりして騒ぎが大きくなる。主任だったら、優しいので内心はともかく、表面上は落ち着いて買取処理をしてくれる。
ふと気付くと警備員が、店の外のトイレの前に立っている。僕を警戒しているのはほぼ違いない。あの、契約社員の女が、警備室に電話をかけたのだ。繰り返しになるけれど間違いない。そのくせ、契約社員の女はこっそりとレジ裏の売り場から見えないところに隠れて姿を現さない。卑怯だと思った。僕を地獄の底に突き落として、自分は平然としている。そして、警備員を呼ぶ。僕は捕まってたまるかと思い、警備員に先制攻撃を仕掛けた。
「僕のこと、警戒しているの?」
と聞いたんだ。すると警備員は、
「ち、違います」
と言って場所を離れた。僕の勝利である。
CDはわりかし高く売れた。
翌日も、店に行ってCDを売った。この日も主任を呼んだ。当然のごとく、警備員がトイレの前に張っている。僕はまたしても攻撃を加えた。
「僕のこと見張っているの?」
警備員は答えた。
「違います」
そして位置を変えた。今日も僕の勝利だ。
またしてもCDは高額で売れた。ざまあみろである。こちらがおとなしくしている以上、警備員は何も手出しできないのだ。
「また来ます」
と再訪を予告して僕は帰った。警備員はその後ろをついてきた。本当に帰るかチェックしているのである。
三日目の夜、僕は三たび、店を急襲した。急襲したと言っても完全な経済活動である。誰も文句は言わせない。すると、警備側も味な手を使ってきた。警備員の中に、なんという偶然か知らないけれど、小学校の同級生がいたのだ。その彼を僕の警備に立たす。僕はCDの査定の間じゅうずっとその警備員と話していた。自分では普通に会話しているつもりだったが、相手はどう思っただろう? 一方的に喋りまくっていたのだろうか。それとも、躁が落ち着いてきたから、言葉のキャッチボールができただろうか? 答えは永久に謎である。この日を境にその店には今日に至るまで足を踏み入れていないからである。さよなら、僕の最後の職場。
CDを売り終わると、今度は本気で部屋の片付けを始めた。躁が落ち着いてきているので、前とは違ってある程度、計画的にすることができた。大きな布製のラックをいつものホームセンターで買ってきて、いるものといらないものに分ける。いらないものは捨てる。いるものは、さらに本当にいるものと、必要ないものに分別する。必要ないと判断したものは容赦なく捨てる。それをやったら、躁状態の時に買った物の大半が要らないものだった。それだけ金をドブに捨てたのである。僕の預金は三分の一まで減少していた。このままでは働かなくては身の破滅が近いが、まだ、こんな躁の状態ではとても働けない。おそらく、他人の迷惑になるからだ。けれど、この後、もっと働けなくなるようになるとはこの時は思ってもみなかった。そのことは後のエピソードでお話ししよう。ヒントは僕の患っている病気の名前である。そう、ほとんどの方がお気づきになったと思う。では次からは、そうなっていく過程を書き記していこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます