予兆

 一人暮らしを始めて、僕は案外、淡々と生活していた。毎日の暮らしのルーティンみたいなものがだんだんと出来つつあった。朝はあんぱん、クリームパン、コッペパンを食べて出勤、昼は休憩室でおにぎり二つと水、ダイエットコーラ。夜はサラダだけ。毎日同じメニューを続けていた。特に美味しいものが食べていわけではなく、腹に入ればいいという感じだった。

 仕事はダラダラながら、休まずに行っていた。ズル休みはしていない。けれど相変わらずレジに入る前はデパスを飲んでいた。デパスは1mgと0.5mgがあって、今は0.5mgを処方されていたので、レジ時間が三十分の時は一錠、一時間の時は二錠服用していた。担当は雑誌を離れ、ビジネス書を経て学習参考書になっていた。学習参考書は社員だった頃に初めて担当したジャンルだった。正直、仕事量が全然違う。雑誌の物量は段違いに多い。それに比べたら、学習参考書なんて屁みたいなものだ。だからつい、おしゃべりなんかをしてしまう。その頃店長は先輩ではなくなっていて、昔は後輩だった男に代わっていた。この男が善人の皮を被った小悪党で、僕を精神的に苦しめた。


 夜は部屋で一人、ナイターを見る。引っ越した際にスカパーのプロ野球セットを申し込んで、この年からDeNAになったベイスターズを応援するのだ。そのイニング間のCMが僕の運命を過酷な方向へと変えてしまった。

『歩くだけで痩せる靴! ウォークントーン!』

 という通販のCMを見た僕は電話ではなくてパソコンのインターネットでそれを変えないかと検索をかけた。するとAmazonでCMの価格より安い値段で買えることが分かった。僕はすぐにAmazonに登録して、その靴を購入した。結婚している時だったら絶対やらなかったと思う。別にAmazonを誹謗しているのではないが、登録してしまったことを非常に後悔している。それをきっかけに、僕は買い物依存症になってしまう。会社から帰ると、まず、インターネットを広げて、Amazonを見る。CD、DVD、パソコンソフト、生活雑貨、おもちゃ、ガラクタ……目についたものは全部買った。本当に馬鹿みたいに買った。中でもeneloopという乾電池に異常に執着した。eneloopにはスタンダード、プロ、ライト、プラスがありさらに色違いの限定モデルなんかがある。さらに充電器や収蔵器、犬の形をした電池の残量計なんかもある。それを買いまくった。

 DVD、ブルーレイも『傷だらけの天使』『探偵物語』『俺たちは天使だ』『黄金の日々』『風と雲と虹と』『聖徳太子』『大化の改新』『ピュア』『ビギナー』『ラッキーセブン』『歌姫』『水曜どうでしょう』『1×8いこうよ』と買い漁った。買ったはいいけれど、未だに見ていないものも多数ある。

 iPodもクラシック、ミニ、タッチと合計十一台買った。そんなにあったってしょうがないのに、たろう、じろうと名前をつけていき、よいち(十一男の意味)で終わった。

 iPadも三台買った。

 MacBook AirもMacBook Proも買った。病状がおさまらなかったらiMacも買っていただろう。


 全ての始まりがこの『ウォークントーン』を購入したことに始まるのである。でもその時は自分の買い物が異常だとは全く気がついていなかったし、それを止める人もいなかった。


 

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