パニック障害が始まりだった

 全ての始まりは、僕が会社を辞めたことに起因する。それは無能な上司と嫉妬深く偏執狂の同僚と一緒に働くことに嫌気がさしたからだ。僕が決意を表明すると、上の人が出てきて、引き止めてくれたが、僕はそこに真心を感じなかった。形式的な慰留、そう感じた。その年、会社は大きなリストラをしている。人一人やめるくらい、経費が浮くとしか考えていなかったんだろう。もしかしたらやめるように仕向けられていたのかもしれない。だから僕は首を縦に振らなかった。決心を貫き、自己都合退職をした。今考えれば、もうちょっと上手く立ち回ればよかったなと思う。だが僕は頑固で偏屈な男だった。会社内でもそれは有名だった。いい厄介払いができたとあちらさんは思っているかもしれない。

 それから一年間、僕は浪人生活をすることになる。

「しばらく、ゆっくりすれば」

 という、妻の言葉を真に受けてしまったのだ。本当に僕はゆっくりしてしまった。まともに求職活動をせず、失業保険が切れても再就職先は決まらなかった。少し焦った。でもなんとかなるさと、たかを括っていた。


 その日も、ダラダラと過ごしていた。

 僕の妻は僕が止めた会社で販売の仕事をしている。その日は遅番だった。その妻が、ダラダラしている僕にキレた。

「いつまで、そんな生活をしているのよ!」

 僕は怒鳴られたことに相当ショックを受けた。妻は言いたい事だけ言うと会社に出かけてしまった。


 しばらくは、まんじりともせず、いろいろな事を考えていた。仕事の事、家庭の事、将来の事。何よりも金。

 そんな事を考えているうちに、心臓がバクバクと鼓動しだした。そして、頭が重たくなり、呼吸が苦しくなった。顔は上気してしまい、熱い。僕は、自分が脳溢血か脳梗塞になったのだと思った。

 死の恐怖を強く感じた。恐ろしい。とてつもないパニックが襲ってきて、どうにもならなくなる。

「死ぬんだ。死にたくない」

 それしか考えられなかった。

 僕はキッチンに行って、水を飲んだ。回復しない。駄目だこれは。救急車を呼ぼうかと思った。だが119番する前に、僕は倒れてしまった。多分気絶してしまったんだと思う。


 気がつくと、なんともなくなっていた。

「なんだ、怒鳴られたショックでパニックを起こしちゃったんだな」

 と僕は考えた。一過性のものだろう。そう思った。しかしそれは甘かった。


 その三日後、一人でいる時にまた、パニックの発作が襲ってきた。

「これは、パニック障害だ。病院に行かなくては」

 とさすがに気がついて、インターネットで心療内科を探した。すると、歩いて三十分くらいのところに『内科・小児科・皮膚科・心療内科』と謳った病院を見つけた。僕はゆっくり慎重に歩きながら、その病院へ出かけた。救いは歩いていけることだ。バスや電車にはとても乗れる状況ではない。


 なんとか、病院にたどり着いたが、中は患者さんで超満員だった。診察まで一時間くらい待ったが、その間の苦痛は今でも忘れられない。初めての場所、多くの他人。緊張がパニックを引き起こし、気が狂いそうになった。じっと端の席に座り、カーテンを握りしめていた。ああ、思い出すだけでパニックが出てしまいそうだ。


 ようやく、名前を呼ばれる。よろよろと診察室に入る。どうしましたとの医師の質問に、

「パニック障害みたいです」

と言う。すると、すぐに、

「はい、デパスといういい薬があります」

と処方された。

 デパス、これこそが我が人生を狂わすことになる第一歩の薬である。

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