第60話 ストライク・ゴースト

 矢倉がカルロスの部屋を辞そうとしたときだった。

「最後に一つだけ」とカルロスが思い出したように言った。

「何ですか?」

「クサヴァーが死んでから思った事だ。ポルトガル沖で伊220の艦内で起きた爆発事故は、実はクサヴァーが仕組んだのではないだろうかと思えてならないんだ」


「どうしてそんな風に?」

「クサヴァーはナチスの第四帝国計画には与したくなかった。もしも南極に行ってしまえば、自分は一生ザビアの番人だ。他の研究をすることを許されることは無いだろう。

 せいぜい許されるとしても、ザビアの毒性を更に強める事と、中毒者の治療薬を研究するくらいだ。クサヴァーは機会さえ有れば、第四帝国の軛から逃げ出したいと思っていた」


「しかし、伊220の足を止めたところで、クサヴァーは自力で脱出する手段を持っていなかった。自殺行為なのではないですか」

「彼は伊220が作戦を遂行できなくなれば、艦長は自沈の道を選ぶだろうと考えた。そして恐らく艦長は、自沈前に私を海龍改で逃がし、そこに自分を同乗させるだろうと読んだ。クサヴァーはその一点に掛けたんだと思う」


「本当にそこまで読めたのでしょうか?」

「あの艦長は素晴らしい人格者だった。ほんの僅かでもあの方の人柄に触れたのなら、クサヴァーがそれに賭けたとしてもおかしくない。

 、私は艦長の名を片時も忘れた事が無い。紀代美と出会えた事と同じように、私の人生の宝だ」


「艦長の命を奪ったクサヴァーを、許すことができるのですか?」

「クサヴァーがやったという確証はどこにもない。それに、もしもそうだったとしても、彼も命を懸けたのだ。許してやるよりないだろう」

「一つだけお聞きしたい。艦長のお名前は、本当にと言われたのですか?」

「その通りだ。どうかしたのか?」

「舞鶴を出港してから、艦長が代わられたという事は?」

「無い。最初から最後まで、鳴海艦長が指揮を執られた」


「失礼しました。いらぬ事を訊いてしまいました」

 矢倉はという名に妙な違和感を覚えた。矢倉は記憶を辿った。水睦社で結城社主から見せられた乗員リスト――。あのリストにはあった艦長の名は、ではなかったはずだ。あの時に見た名前は、そうだ――、小学校の同級生と似た名前だ――。あのリストには――、艦長の名は鍋島龍平と記されていたはずだ――


 その瞬間、矢倉の脳裏には、えもいわれぬ不吉な予感が走った。



――2018年8月16日、9時00分、ホワイトハウス――


 この日ホワイトハウスでは、トロムソのUボートブンカーを叩く作戦案を承認するため、国家安全保障会議が招集された。

「始めよう。まずはクレイブ。君から作戦の位置付けを説明してくれ」

 大統領の声に、クレイブ・コレット国防長官が頷いた。


「それでは、ペンタゴンで立案した作戦計画をお話しします。本作戦のコードネームはストライク・ゴースト(Misson Strike a ghost)と名付けられました。

 文字通り、ナチスの亡霊を叩くという意味です。具体的な作戦行動計画は、ミラー統合参謀本部議長から発表してもらうとして、私からは本作戦に関する、アメリカ合衆国の基本姿勢をご説明します。


 まずは前提条件ですが、本作戦は我が国の領土ではなく、ノルウェー国内で実行されるものだということをご承知おき下さい。従って本作戦は極秘裏に実行できる性質のものではなく、第三国に対しての説明義務が生じます。


 しかしながら我が国の内部事情としては、管理金準備制度を推し進める今、昨年にミサイル攻撃を受けた事、また今後ミサイル攻撃を受ける可能性が有る事は、他国には秘匿せねばなりません。

 両者を両立させる手段として、作戦行動と管理金準備制度の推進は、完全に切り離して行わなければならず、そこで重要となるのが、敵の位置付けと攻撃理由の明確化です。


 我々が用意したストーリーは次の通りです。

 我々の敵は、ナチス第四帝国の流れをくむ、国際テロリスト集団ネオ・トゥーレであるものとします。

 かつてハイジャンプ作戦で、アルゼンチンと南極にあった第四帝国の拠点は撃破されたものの、ノルウェーにその一部が残存し、第二次大戦後70年以上を経て、危険なテロリスト集団と化したという理解です。


 ネオ・トゥーレは、旧ナチス時代のV2ミサイルと、大量の毒ガス兵器を保有しており、それらを実際に使用する準備を行っている。それを察知した我々は、人類の平和と安全のために、この危険な組織ネオ・トゥーレを、早急に叩く必要があると判断し、行動するに至った」


「いかがでしょうか」と言いながら、コレットは会議のメンバーを見回した。誰も異を唱える者がいないことを確認すると、コレットは次にストーリーの背景説明に入った。


「モサドではナチス第四帝国とネオ・トゥーレは、イコールと断定しているようですが、我々は実際のところ、そこまでの確証は掴んでいません。

 しかしながら我々は敢えて、これ以上の追及は無意味であると判断しました。我が国に害をなす以上は、相手がだれであろうと殲滅しなければなりません。殲滅してしまうのであれば、最早正体の確認は不要であると言う結論です。


 旧日本海軍の伊400型が、現在ネオ・トゥーレによって運用されおりますが、その理由についても同様に、今後の追及は行いません。かつて旧日本海軍と旧ナチスの間に、何らかの密約があった可能性もあり、そこを深く掘り下げる事は、今後の米日の友好関係に影響を及ぼす可能性もあるという政治的な理由です」


「ご質問は?」

 コレットの言葉に、バウアー副大統領が挙手をした。

「ネオ・トゥーレがプールした金地金や資金はどうするつもりだ?」

「国際的犯罪組織が違法に得た利益と言う位置づけで、その資金が存在する国の国庫に入って終わりです。IMFの資産として取り込む案もありましたが、没収するには国際間での調整に手間が掛かりすぎるという判断で断念しました」


「アルゼンチンで金を買った奴らはどういう扱いになるんだ? そいつらもネオ・トゥーレのメンバーだろう」

「犯罪者として当局が摘発するのか、或いは寛大な措置を取るのかについては、アルゼンチン政府の判断に委ねたいと思います。

 ネオ・トゥーレの本拠地が潰されれば、残党には我々と互角に戦う武器は残っていませんし、早晩、経済的な力も失うでしょう。大局的な見地からは、我々の脅威の対象でなくなるのは明らかです。

 一方でモサドはその者達を今後もずっと監視し続けるでしょうから、彼らに任せておけば良いという考え方もできます。アルゼンチン以外の国にも、ネオ・トゥーレのメンバーがいるはずですが、それらについても同じ扱いで良いでしょう」


 コレットの発言が終わるなり、フンとバウアーは鼻を鳴らした。

「どうせ、面倒な事に首を突っ込むと、管理金準備制度にとって藪蛇やぶへびになりかねないという程度の考えだろう」

 バウアーはうそぶいた。

「ご想像にお任せします」

 コレットは短く答えて、首をすくめて見せた。

 バウアーもそれ以上を追及するような事はしなかった。


「コレット長官の発言に、補足説明をさせていただきます」

 ブレイクが挙手をして話し始めた。

「ストライク・ゴースト作戦について他国から理解を得るには、第四帝国の存在を明らかにした上で、その脅威を説明するのが一番の早道です。そのための方策として、かつてのハイジャンプ作戦の全行動記録はレベル4からレベル3+に引き下げ、ホワイトハウスの地下金庫から、国立公文書館に移管します。

 これによって今後は、連邦政府情報公開法に則り、民間からの要請があれば全情報を開示することになります。


 念のために、ここにいる皆に徹底しておきます。今、この瞬間から、現在アメリカに対峙している敵は、正体不明の勢力などではありません。

 世界人類の平和を脅かす、毒ガスを持ったナチスの残党であり、最強最悪のテロリスト集団『ネオ・トゥーレ』です。

 我がアメリカは毒ガスの脅威から全人類を救う事を唯一の目的に、絶対悪であるナチスの亡霊に戦いを挑むのです」


 ブレイクは、ミラーにその後の話を引き継ぐようにと、視線を送った。

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