異世界転死の弔い屋は仕事の証を残せない~群生生物Aの弔い~

「異世界転死反応、確認。座標を送ります」

 オペレーターが、通信機を通じて話しかけてきました。

「わかりました。行きます」

 車を運転する女は地図を確認し、送られた座標に向かって移動を開始しました。女の名前はマキノ。数カ月前(地球の時間間隔で数カ月前)に地球の日本からやってきた異世界転生者の人間です。

 今日も、マキノの仕事が始まります。


 マキノは、草原にやって来ました。車を停めて、肩掛け鞄を引っ張りだして異世界転死者を探します。ですが、それらしきものは見つかりません。

「どこを見ているんだい?足元にいるじゃないか」

とつぜん、マキノのカバンの中から声がしました。マキノが足元を見ると、そこには毛の生えた腕が一本だけ落ちていました。

「え?でも、これ、腕だけですよね?他の体は……」

そう言いながらマキノがしゃがみ込むと、桜色のどろどろした液体生物が、カバンから出てきました。大きさは、人間の頭くらいの大きさでしょうか。それは、マキノのパートナーのメーさんです。

 メーさんは、マキノよりもずっと前にこの世界にやってきた異世界転生者のマカナです。マカナとは、メーさんが元いた世界での、メーさんの種族の名前です。体質は地球のゼリーという食べ物に似ていて、不透明な体の中に何が入っているのかは、見た目にはよくわかりません。

「いんや、こいつは、そういう生き物なんだよ。ほれ、腕の付け根を見てみなさい。血が出ていないだろう」

メーさんがそういうと、マキノは落ちている腕の付け根を覗き込みます。

「あ、本当だ。なんだか、腕だけの生き物みたい」

「ああ、そうだよ。こいつは、群生生物なんだ。何匹かが集まって、一つの体を作るんだ」

「ということは……」

「ああ、死んだ時に、こいつだけ転生してきて、それで死んじまったんだろうねえ。かわいそうな転死者だよ」

メーさんは、何となく悲しそうです(目も口もないのですが、マキノにはそう見えました)。

「じゃあ、私達がしっかり弔ってあげないといけませんね。さっそく始めましょう!」

マキノは、気合を入れるように言いました。


 この世界に異世界転生はよくあることですが、実のところ、異世界転生が失敗することも多いのです。異世界からこの世界に転送される時に、肉体と魂が少しだけズレて別々にやってきてしまうことがあります。

 それをほうっておくと、魂はこの世界をさまようことになります。そして、そうなった魂をほうっておくと、たいてい良くないことになってしまいます。

 ですから、そういった異世界転死者の魂(そしてできれば肉体も)は、できるだけ元の世界に戻してあげないといけないのです。メーさんは、この仕事を長いことやっています。マキノは、この世界に転生した後でいろいろあって、メーさんの元で働いています。


「しかし、このタイプは大変だよ。基本は火葬なんだが、体を要してやらんといけないからねえ」

「え?死体はもうここにあるじゃないですか?」

マキノは、不思議そうに言いました。

「ああ、群生生物でも、このタイプは特別でね。こいつらは、死ぬときはくっついた奴らが一斉に死ぬから、弔いもまとめてやるんだよ。だから、代わりの体を用意してやらんといけないのさ」

そういうと、メーさんは棒を持って、死んだ腕に繋がるように体の形を地面に書いていきます。メーさんには目がありませんが、人間とは違った方法で、ものを見る種族です。ですから、マキノに見えないモノが見えることは、よくあります(もちろん逆の場合もありますが)。

「……まあ、こんなもんかね」

そういうと、メーさんは棒を置きました。地面には、マキノの体と同じくらいの人型が描かれました。

「さあ、この大きさに合わせて、体を作るよ」

「義体ですね。わかりました」

マキノは車に材料を取りに行きます。

 マキノの車の荷台には、色々な死者の弔いのための道具が満載です。マキノは車を何往復かして、人形一体分の木の棒と、幅広のテープを持ってきました。

「ふぅ……これで材料は揃いましたね」

「ああ、じゃあ、義体を作ろうかね」

マキノとメーさんは、メーさんが描いた人型に沿って木の棒を置いていきます。

 しばらくして、木の棒は棒人間のように並べられました。ですが、これで完成ではありません。まだ、もうひとる、必要なことがあります。

「よーし、それじゃあいつもどおり、呪文は頼んだよ。義体の呪文はわかるね?」

メーさんは、口がないので声を出すことができません。ですから、呪文で動く魔導を使うことができないのです(マキノはメーさんのテレパシーが聞こえます。そういう自動翻訳が、この世界にはあるのです)。

「はい。任せて下さい」

マキノは返事をすると、幅広のテープを両手で持ち、呪文を唱えます。

「”魔導の声ここにあり”、”声は糸”、”声は紡ぐ”……」

マキノが呪文を唱えると、テープに呪文が浮かび上がってきました。マキノは、テープを手で繰りながら、更に呪文を続けます。

「……”たぐり寄せるは集まりし枝”、”繋ぎ止めるは声と糸”、”連なる枝は仮初の肉体に”、……」

マキノが呪文を唱えながらテープを送り出し、メーさんはそれを手早く木の棒に結んでいきます。

「……”魂を持たぬ物よ”、”魂を持たぬ者へ”、”されど魂を呼ばず”、……」

マキノが呪文を続けます。メーさんはテープを結び続けます。いつしか木の棒で出来た棒人間は、テープでぐるぐる巻きになっていきました。

「……”芯となる枝”、”紡ぐ糸”、”ひとつとなれ”、”これをもって魔導の声と成す”」

マキノの呪文が終わります。メーさんがそのテープを素早く結びます。すると、テープを巻き付けられた義体が、光り出しました。

「成功ですね」

「ああ、義体は完成さね」

光は、魔導の成功の印です。これで、義体ができました。


 マキノはカバンから取り出した道具で、義体に火をつけます。義体は、腕の形をした転死生物とともに、燃え上がります。

マキノとメーさんは、それが燃え尽きるまで、ずっと見守っていました。


 燃え尽きるまで、どれくらいの時間がたったでしょう。太陽は沈み、夕日が二人を照らしていました。

「綺麗に萌えたねえ。それじゃあ、帰ろうか」

 メーさんは道具を片付けて、鞄の中に戻りました。

「はい。魂の気配も、もうないですしね」

 マキノは、魂を見ることはできません。ですが、地球にいた時から、魂の気配を感じることはできました。マキノがこの仕事を始めたのも、それが大きな理由のひとつです。

 マキノは、メーさんの入った鞄と道具袋を持って、車に戻ります。燃え尽きた灰は、いずれ土に帰るでしょう。目印となるものは、もう残されていません。これで、この場所に再び魂が戻ってくることはないでしょう。

「元の世界で安らかに……」

 マキノは小さな声で、決して届かない祈りを捧げました。魂がこの世界にいる時に祈ってしまえば、それは戻ってくる目印となってしまいまうからです。

 異世界転死の弔い屋は、仕事の証を残せないのです。

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