異世界転死の弔い屋は仕事の証を残せない

異世界転死の弔い屋は仕事の証を残せない~ペガサスAの弔い~

「異世界転死反応、確認。座標を送ります」

 オペレーターが、通信機を通じて、話しかけてきました。

「わかりました。行きます」

 車を運転する女は、地図を確認し、送られた座標に向かって移動を開始しました。女の名前はマキノ。数カ月前(地球の時間間隔で数カ月前)に地球の日本からやってきた異世界転生者の人間です。

 今日も、マキノの仕事が始まります。


 マキノは、森の中の小さな丘の上にやって来ました。車は、丘の下に停めてあります。

「メーさん、着きましたよ」

 マキノは、肩掛け鞄を地面に置きました。

「どれどれ、見てみようかね」

 地面に置かれた鞄から声が聞こえます。そして、桜色のどろどろした液体生物が、そこから出てきました。大きさは、人間の頭くらいの大きさでしょうか。

 メーさんは、マキノよりもずっと前にこの世界にやってきた異世界転生者のマカナです。マカナとは、メーさんが元いた世界での、メーさんの種族の名前です。体質は地球のゼリーという食べ物に似ていて、不透明な体の中に何が入っているのかは、見た目にはよくわかりません。

「見てみるって言っても、肉体はどこにあるんですか?」

「おや、あんたには見えないんだね。ちょっと待ってなさいな」

 メーさんは、形を変えながらズルズルと、慎重に動き回ります。メーさんには目がありませんが、人間とは違った方法で、ものを見る種族です。ですから、マキノに見えないモノが見えることは、よくあります(もちろん、逆の場合もありますが)。

 しばらく動きまわってから、マキノに言いました。

「このタイプなら、モジの粉は大丈夫だね。車にあったろう。持って来なさい」

 マキノはその言葉を聞いて、車に戻って、そしてモジの粉が入った袋を脇に抱えて戻ってきました。

「風もないし、ここらへんに3杯くらい振りかけなさい」

 メーさんは、体で矢印を作って、場所を示します。

「はい」

 マキノは、カップに入れた白くてきめ細かいモジの粉をおもいっきり振りまきます。振りまかれた粉は、ゆっくりと地面に降りてきます。

 すると、地面に降りるはずの粉のいくらかが、途中でなにかに乗っかるように止まります。止まった粉は、少しづつ、死者の形をマキノに見えるようにしていきます。

 死者は、地球の馬に翼が生えたような姿をしていました。大きさは、メーさんより少し大きいくらいです。

「小さいペガサスですね」

「肉体が透明で魂が離れてるタイプなら魔導式だね。この大きさなら、持ってきた道具で十分。さあ、魂が転移してくる前に弔おうか」

 メーさんはそう言うと、鞄の中に戻りました。マキノはメーさん(の入った鞄)を持って、もう一度、車に戻ります。

 この世界に異世界転生はよくあることですが、実のところ、異世界転生が失敗することも多いのです。異世界からこの世界に転送される時に、肉体と魂が少しだけズレて別々にやってきてしまうことがあります。

 それをほうっておくと、魂はこの世界をさまようことになります。そして、そうなった魂をほうっておくと、たいてい良くないことになってしまいます。

 ですから、そういった異世界転死者の魂(そしてできれば肉体も)は、できるだけ元の世界に戻してあげないといけないのです。メーさんは、この仕事を長いことやっています。マキノは、この世界に転生した後でいろいろあって、メーさんの元で働いています。

 さあ、そんなこんなで、透明なペガサスの元に2人が戻ってきました。マキノは、メーさんの入った鞄とは別に、いろいろな道具が入った道具袋を持って来ました。

「今回も呪文の詠唱は頼んだよ」

「はい、任せて下さい」

 メーさんは、口がないので声を出すことができません。ですから、呪文で動く魔導を使うことができないのです(マキノはメーさんのテレパシーが聞こえます。そういう自動翻訳が、この世界にはあるのです)。

 鞄の中から出てきたメーさんは、道具袋から取り出した白と黒の2本の紐で、小さなペガサスの周りを囲みます。それから、同じく道具袋から取り出した鉛筆くらいの大きさの黄色い柱を、紐の周りに立てていきます。

 その間に、マキノは呪文を組み立てます。この世界で魔導と呼ばれるものは、呪文で力を発揮する道具のことで、本人に魔力などがなくても、適切な呪文さえ唱えることができれば、道具に込められた魔力が動き出すのです。複雑な魔導は、より複雑な呪文が必要になります。ですから、呪文を組み立てるのは、とても重要な仕事なのです。

 22本の黄色い柱を全て立て終えたメーさんが、マキノに話しかけます。

「こっちは準備できたよ。そっちはどうだね」

「大丈夫です」

 マキノは、自信ありげに言いました。呪文を組み立てるのは、祈りの言葉を紡ぐようで、マキノはそれが好きでした。

「それじゃあ、やっとくれ」

 メーさんは、マキノの後ろに下がります。マキノは小さな杖をマイクのように持ち、呪文を唱え始めます。

「”魔導の声ここにあり”、”肉体を白”、”魂を黒”、”門を黄”、”求めるは道”……」

 マキノは、流れるように素早く、それでいて丁寧に、手際よく呪文を唱えていきます。

「……”繋がる道”、”あるべき場所”、”これを運べ”、”これをもって魔導の声と成す”」

 マキノが長い呪文を唱え終わると、黄色い柱を結ぶ光の帯が現れ、中心の死者に向かって狭くなっていきます。そして、光の帯は最後に点になって、消えてしまいました。小さいペガサスの姿も、そこにはありません。

「終わりです。魂の気配も、もうありません」

 マキノは、魂を見ることはできません。ですが、地球にいた時から、魂の気配を感じることはできました。マキノがこの仕事を始めたのも、それが大きな理由のひとつです。

「あんたがそう言うんだったら大丈夫だろう。それじゃあ、帰ろうかねえ」

 メーさんは道具を片付けて、鞄の中に戻りました。そして、メーさんの入った鞄と道具袋を持って、マキノは丘を下ります。風が吹いて、モジの粉が散っていきます。目印となるものは、もう残されていません。これで、この場所に再び魂が戻ってくることはないでしょう。

「元の世界で安らかに……」

 マキノは小さな声で、決して届かない祈りを捧げました。魂がこの世界にいる時に祈ってしまえば、それは戻ってくる目印となってしまいまうからです。

 異世界転死の弔い屋は、仕事の証を残せないのです。

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