死体縫師は死糸を紡ぐ

死体縫師は死糸を紡ぐ~竜人の右足~

異世界からの転生者と転死者が多く訪れるこの世界の中に、転死者ばかりが訪れる地域がある。

他の地域では丁重に弔われる転死者も、この地域ではただの資源。

ここは、精神生命体が死体を着る、死着文明地域。


………


昼下がりの裏路地。服を着た子ブタのような生き物が、階段を駆け上る。

子ブタは、階段を上がった先にある『ゴルパ裁縫店』の扉を、前足で荒々しくノックする。


「おい!もう迎えのタクシーが来ちまったぞ!」

腹巻きをした子ブタが喋った。喉に継ぎ接ぎがあり、声帯のアクセサリーが付いている。

「アイ、アイ。わかったから。今行くよ」

扉の向こうから少女の声が聞こえてきた。


「待たせすぎるとカネ取られんぞ!」

「アイ、アイ」

子ブタは焦るが、少女はマイペースだ。扉が開き、声の主が現れる。


全身のシルエットがくっきりと見えるコルセット服の少女には、4本の腕があった。

1対は少女の体にそぐう繊細な白い腕だが、もう1対は鱗で覆われた巨椀だ。

彼女こそが、この『ゴルパ裁縫店』のただ一人の縫師である、カラミだ。


死着文明地域に生きる精神生命体は、服を着るように死体を着る。服を着替えるように死体を着替え、服を買うように死体を買う。

死体はもちろん傷つく時がある。だが、死体は傷を再生することはできない。だから、縫わなければならない。

カラミは、死体を縫うことを生業としている死体縫師だ。


巨椀に工具箱を持つカラミは、子ブタと共にタクシーに向かう。

「今日の客は上玉だからな。しくじるんじゃねえぞ」

「アイ、アイ」

子ブタは気合が入っている。だが、カラミはいつもどおりといった感じで、ポケットから『ポークソテー味』とラベリングされたガムを取り出して頬張る。


死体には食事の必要はない。だが、中身の精神生命体には、精神の栄養が必要だ。

『ポークソテー味』のガムは、歯応えも本物の肉のようにハードだ。

”仮初の肉体を着る者”たちの多くのは、精神の栄養補給のために働き、金を稼ぐ。


カラミと子ブタがタクシーに乗り込むと、子ブタは行き先を告げる。

「32番街のお屋敷へ」

二人を乗せたタクシーは、今日の客がいる屋敷へと向かった。


………


街の大通りでは、防腐液に浮かぶ全身死体フルボディがショウウィンドウに並び、着られることを今か今かと待っている。

大通りを少し外れれば、腕や足、鱗や眼球などの部分死体アクセサリーを陳列水槽に入れて店先に並べている様子が見える。

種類を選ばなければ、肉体はいくらでも買うことができるだろう。


………


32番街のお屋敷の目の前で、タクシーが止まる。

タクシーから降りた2人は、屋敷を見上げた。普通の家が3軒くっついたような、大きな屋敷だ。


カラミがドアをノックする。

「どうもこんにちは!ゴルパ裁縫店のゴルパです!」

子ブタ、もとい、ゴルパ裁縫店の店主ゴルパが挨拶をすると、扉が開いた。


「お待ちしておりました」

2人を出迎えたのは、サルのような執事だった。サル執事は、服を着ていない全身死体フルボディだ。


死着文明地域では、『全身が揃っている死体』は全身死体フルボディと呼ばれ、貴重な存在だ。

通常は、部位が欠損した死体に、他の死体の部位を部分死体アクセサリーとして補って着用する。

部分死体アクセサリーはベースとなる死体に縫い付けることになるので、ほつれを防ぐために衣服で縛ることになる。


カラミの肉体も、胴部の一部と腕部は部分死体アクセサリーであり、ほつれを防ぐために窮屈な服を着ている。

死着文明地域において衣服を着ていないということは、自分の着ている死体が全身死体フルボディであることの証明であり、経済力を示すパラメータでもあるのだ。


「どうぞこちらへ。縫っていただくメイドは、医務室に待機させておりますので」

サル執事の案内で、2人は屋敷の有無室へと向かう。


屋敷の廊下には、数々の全身死体フルボディの写真が飾られている。

「さすが、有名死着ブランド『デスロウ』の死体回収屋のお屋敷だ。1度くらい会ってみたいぜ……」

ゴルパがおもわず声を漏らす。

「ご主人様はただいま留守にしております。死体回収のために北の砂漠に向かわれましたので」

「あ、そうですか……」

ゴルパはいささか残念な様子だ。


「こちらです」

サル執事が扉を開けると、アコと呼ばれたメイドがベッドに横たわっていた。

「アコ、縫師の方が到着なさいました」

「どうも、よろしくお願いします」

挨拶するアコの形は人型だが、頭の先から爪先まで全身が鱗で覆われている。もちろん服も着ていない。

だが、鱗で覆われた右足は、膝下の辺りで切断されている。


「ほつれたのは今朝方のことです。足先はこちらに」

サル執事が示す先には、防腐液で満たされた水槽に浸かる足先があった。

だが、こちらには鱗がない。


「おや、部分死体アクセサリーの方は別素材ですか」

ゴルパは水槽のお中身をじっくりと観察する。カラミも同様だ。

「ええ、元から全身死体フルボディではなく、右足だけは継ぎ合わせなのです」


「さっそく取り掛かりましょうか」

カラミがようやく言葉を放つ。その声を聞いたゴルパは、サル執事を部屋の外へと連れ出す。

「では、あとはカラミに任せましょう」

「え、ええ。ですが」

「カラミは作業を人に見られるのを極度に嫌う面倒な奴なんですよ」

「……わかりました。そういうことでしたら」


………


医務室に残ったのは、カラミとアコの2人だけだ。

「それじゃ始めます」

「はい」

ベッドの横に裁縫道具を並べ終えたカラミは、右の巨椀で防腐液水槽から足を取り出す。

そして、アコの横に立ち、左の巨椀でアコの膝を持ち上げる。

2本の巨椀と2本の繊細な腕、合わせて4本の腕を持つカラミは、通常であれば2人で行う作業を、1人で行うことができる。


「少し頑丈に縫います。ボディの方にも少し穴を開けますが、よろしいですね?」

「はい、構いません」

アコの了承を得たカラミは、基礎死体ボディ部分死体アクセサリーの骨に、小さなドリルで穴を開けていく。

死体は服に過ぎない。着ている服が破られても痛くないように、死着文明地域に住む精神生命体は、肉体の痛みを感じない。


カラミは、骨に空いた穴に太い糸を通り、固定する。

それから、幾つもの大きさの針や糸を使い分け、肉を縫っていく。

その手際の良さに、アコも驚く。

「素晴らしい腕前です。カラミさんは、その腕がほつれた時も、自分で縫ってしまわれるのですか?」

アコは、カラミの基礎死体ボディに不釣り合いな巨椀を見て言った。

「いえ、流石に肩は縫えません。腹や足なら別ですが」

カラミは、淡々と答える。


話をしながらも、カラミはずっと無表情だ。

「あ……話しかけて気を使わせてしまったのであれば申し訳ございません……」

「かまいません。お客様との会話はよくあることですから」

アコが申し訳なさそうに言うが、カラミは相変わらず表情を変えずに作業を続ける。


「……それでしたら、少しだけ、私の話を聞いていただけないでしょうか。縫い合わせには時間がかかりますから」

「と、言いますと」

「ご主人様が、私の右足を手に入れた時の話です。この足は、ご主人様から直接頂いた、私の宝なのです」

その言葉を聞いたカラミの手が止まる。


「なるほど、不揃いな素材の右足を買い換えないのは、そういった理由ですか。その話、興味があります。ぜひお聞かせ願いたい」

「ありがとうございます。あれは、穏やかな雨が振る日のことでした。その頃の私は右足も完全にあるフルボディで、ご主人様のお供をしていました……」

アコが話し始めると、カラミも作業を再開する。


………


ゴルパとサル執事が部屋を出てからどれくらい立っただろうか。

応接室に移動したゴルパは、サル執事に出された『紅茶味』のガムを包み紙に吐き捨て、前足で器用に包む。噛み終えたガムの包み紙は3つ目になった。

「おかわりはいかがですか」

「いえ、もう結構です。そろそろ終わる頃でしょうから」


「終わりました」

医務室から出てきたカラミが、アコを連れて応接室にやってきた。

右足にだけハイソックスを履いたアコは、自分の足で歩いている。縫合が完璧である証拠だ。


「おお、これはこれは、流石は噂に名高い『ゴルパ裁縫店』の腕前です。ありがとうございます」

サル執事が礼を言う。

「ありがとうございます」

アコも礼を言い、頭を下げる。

「これからもどうぞご贔屓に」

ゴルパ達は料金を受け取り、屋敷を去った。


………


「で、どうだったよ?今回は?」

閉店後、夜の『ゴルパ裁縫店』で、ゴルパはカラミに聞いた。

「収穫はなかったよ。鱗の体はもしやと思ったけど、ボディの方は買った物らしい」

「あー、そりゃ、残念だな。まあ、この仕事を続けてりゃあ、そのうちお前のボディを奪った回収者にもたどり着けるはずだ」


カラミの元のボディは、鱗を持つ種族とのつながりがあった。だが、ある事件がきっかけで、腕以外のすべてを失ったのだ。

カラミは、自分の体を奪った回収者を探すために、この仕事を選んだ。


「まあいいさ、今日はもう寝るよ」

カラミはそう言うと、防腐液水槽に沈んで空気を全て吐き出し、胸いっぱいに防腐液を吸い込む。

肺の中まで防腐液で満たされることで、全身の腐敗を防ぐのだ。


「おう、お休みだ」

ゴルパも、別の防腐液水槽に沈み、肺の空気を全て吐き出した。

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