妖精専門医の先生さんとゾンビの助手くんの日常

妖精専門医の先生さんとゾンビの助手くんの日常~火の妖精のかぜ薬の話~

いろいろな文明が交じり合った世界の、妖精文明地域に、その小さな町はあります。

この町ではみんなが、火の妖精や風の妖精など、いろいろな妖精と契約して、その力を借りながら暮らしています。

そんな町の道端で、今日も先生と助手のお話が始まります。


小鳥の鳴き声が聞こえてくる温かい青空、森を切り開いて作らてた道を、2人の人型生物が歩いています。

先を歩く1人は、長い金髪が特徴的な長身のお医者さんです。白い肌と青い瞳で、耳は長く尖っています。

後を追うもう1人は、日傘をさして歩く小柄な助手くんです。褐色の肌と黒い髪で、大きな栗色の瞳が特徴的です。


「せんせー、小指が取れそうなんだけど」

助手くんが、立ち止まって右手を上げました。

「どれ、見せてみなさい」

先生さんが、振り返って助手くんに歩み寄ります。


先生は慣れた手つきで、助手くんの取れかけた小指を包帯で巻いて固定します。

「はい。あとは、いつものこれ食べて」

先生は、大きな肩掛けカバンの中にから『助手用』と書かれた箱を取り出し、その箱から一欠片の干し肉を引っ張り出し、助手くんに渡します。


助手くんは、元は異世界から転死(異世界ので死んだ生き物の死体だけが転送されてくることです)してきた死体でした。それがいろいろあって、この世界でゾンビになったのです。ゾンビですから、体はよく壊れます。

でも、ゾンビはゾンビでも、助手くんは、体を直せるゾンビです。なぜなら、助手くんの中には、命の妖精が入っているからです。


妖精文明地域の強力な命の妖精は、知性のある死体に乗り移ることがあります。そうすると、その死体は命の妖精の自我で動きます。

この世界では、それもゾンビと呼ぶのです(もちろん、この世界には他にもいろいろなゾンビがいますよ)。

助手くんは、転生する前から元々ゾンビだったようです(ゾンビでも死ぬことがある世界から転死してきちゃったのですね)。なので、元々のゾンビ体質と命の妖精の効果が交わって、とても元気なゾンビになりました。


命の妖精が乗り移った助手くんは、一見すると普通の人です(元から腐敗しにくいタイプのゾンビだったようです)。

ですが、何もしなければ体はボロボロと崩れてしまいますので、補給が必要です。


助手くんは、動物性タンパク質(つまりお肉やお魚ですね)を食べることで、ボロボロになっていく体を直すことができます。

先生からもらった干し肉を食べると、取れかけていた小指くっついて、動かせるようになりました。


「せんせー、もっと新鮮なものが食べたいですけど」

命の妖精はその名の通り、命を食べて生きます。つまり、生きている状態に近いものを食べるほど、より元気になるのです。

では、助手くんが、人を食べることはあるのでしょうか?

いいえ、そんなことはありません。


人のような大きさだと、食べている途中で食べ物が死んでしまうので、あまり元気になりません。

生きている状態に近いままで食べることが重要なのです。そんなわけで、助手くんの好物は、一口で飲み込める小さい生きている生き物なのです。


「今日の仕事が終わったら買ってあげますから、それまでは我慢ですよ」

「はーい」

先生さんと助手くんは、今日の妖精患者の家へと向かいます。今日の患者さんは、どんな妖精さんでしょうか?


………


森の中の道を歩いて行った先には、木の家がある小さな村がありました。近くの畑には、いろいろな色や形の実が、ちょうど食べごろに実っています。

先生さんは畑仕事をしている人から話を聞いて、1軒の家にたどり着きました。

コンコンと、先生さんが扉を叩きます。



「あーら、先生!待ってましたよ!ささ、どうぞ中に」

扉が開いて、家主のミナー族(長い耳が特徴的なこの世界の人型種族のことです、つまり先生さんと同じ種族ですね)のおばさんが出迎えてくれます。

先生さんと助手くんは、家主のおばさんに招かれるままに家に入ります。


「それで、今日はどういったご要件でしょうか?」

先生さんが家主のおばさんのミナー族に話しかけます。

「昨日の夜から、ウチの竈(かまど)の調子が悪いのよ。火の妖精を見てもらえないかしら」

そう言いながら、竈の方に先生さんと助手くんを案内します。


妖精文明地域には、さまざまな妖精がいます。そして、その力も様々です。

力が強い妖精はそれだけ自我が強いので、普通の人はなかなか契約できません。

普通の人が契約する妖精は、会話できないほどに自我が弱い妖精がほとんどです。

今回の依頼主が契約している火の妖精も、会話能力がない妖精でした。


先生さんは、案内された竈を覗き込みます。

そこには、微かに熱を持つ薪がありました。火の妖精は、まだ生きているようです。

「今朝なんか、薪を足しても燃えなくて……もしかして重い病気なんでしょうか?」

家主のおばさんが心配そうに言いました。


「そんなに大したことはないと思いますが、とりあえず見てみましょう」

先生さんはそう言うと、手慣れた手つきで、肩掛けカバンから金属の棒を取り出しました。

鉛筆くらいの長さのそれは、触診棒と呼ばれる棒です。大抵の妖精専門医は、触診棒を使って妖精の状態を観察します(火を触ると火傷してしまいますからね)。


先生さんは触診棒を使って、竈の中の薪を突いたり撫でたりしながら、火の粉の飛び散り方や熱の揺らぎを観察します。助手くんは、それをじっと見ています。

会話能力がないほどに力の弱い妖精は、その姿が見えることがありません。

ですからこうして、反応を見ながら診察をするのです。


火の粉は、パチンパチンと元気な様子です。ですが、先生さんには、熱の広がり方が元気な妖精と比べて狭く見えました。

「これは、妖精かぜですね。」

先生さんの言葉を聞いて、家主のおばさんはほっと安心しました。

「それじゃあ、ウチの火の妖精は無事なんですね?」


「はい、ご安心ください。食欲不振の症状が出ていますから、栄養剤を投与しておきましょう」

命の妖精が命を食べるように、火の妖精は火を出すための燃料を食べます。

元気な火の妖精なら薪で十分なのですが、弱った時だと薪に火が付けられなくなってしまうのです(みなさんもカゼを引いた時に、美味しいものが食べられなくなってしまうことがありませんか?そんな感じのことが、妖精にもあるのです)。


「少し危険ですから、後ろに下がってください」

先生さんそう言うと、家主のおばさんは分かっていますといった様子で、少し不安になりながら後ろにさがります。先生さんがこの家の診察に来たのは初めてではないからです。

「大丈夫です。この前の水の妖精のようなことは、滅多に起こりませんから」


この前の水の妖精の治療では、水の妖精が暴走して大洪水になりかけました。

もし、火の妖精が暴走すれば、この家は村一面ごと焼け野原になってしまうかもしれません。

家主のおばさんが心配するのも当然です。


「あのー、本当に大丈夫なんですか?」

「はい。この前の水の妖精は重体だったので無理をしてしまいましたが、今回はただのカゼですから、大丈夫ですよ」

「あー、そうなんですね……」

「はい、そうです」

いよいよ、先生の治療が始まります。


「さあ、助手くん、出番ですよ」

「はーい」

先生さんの呼びかけに応えて、助手くんは先生さんの側に立ち、目を閉じます。

先生さんは、助手くんの頭に手を置いて、呪文のような、あるいはお願いのような、不思議な言葉を口にします。

「”命の妖精シーさんにお願いします。今だけちょっと、火の妖精フーさんに、姿を変わってくれないでしょうか”」


その言葉を聞いた助手くんが目を開くと、大きな栗色だった瞳は、燃えるような赤になっていました。

目つきも鋭くなったような気がします。

「よーし、それじゃあいっちょ、一仕事やったりますか!」

なんと、助手くんは、話し方も変わったではありませんか!


実は、助手くんの中には、命の妖精以外にも、いろいろな妖精が入っています。

1つの体に2つの妖精が入ったゾンビというは少なくないのですが、助手くんのように3つも4つも5つも、あるいはもっと沢山の妖精が入って共存しているゾンビというのは、この世界でも珍しいのです。


「どんどん薪をくれよ!すぐに炭にしてやるからさ!」

助手くん(の中の火の妖精)は、やる気満々です。

「すみませんが、少々薪を頂いてもよろしいでしょうか?」

先生さんは家主のおばさんに許可を求めます。


「はいもちろん!ウチの火の妖精が元気になるなら。竈のそばの薪で良ければ、いくらでもお使いくださいな」

見ると、竈の横にはたくさんの束の薪があります。

「では、使わせていただきます」


「よっしゃあ!それ全部使っていいんだな?久しぶりだからパーッと行くぜ!」

助手くんは、積み上がった薪に向かって右手を突き出し、狙いを定めます。

「ああ、ちょっと!全部はマズイよ!」


「おりゃああ!炭になれー!」

先生さんのストップは残念ながら間に合わず、竈の横の薪は火に包まれて、全部まとめて小さな炭の塊になってしまいました。

「あー……」

先生さんは、やってしまったという顔です。

「あらららら……」

家主のおばさんも、やってしまったという顔でした。


………


それからしばらくして、助手くんは疲れて眠ってしまいました。

命の精霊以外が力を使うと、体の方も疲れてしまうのです。

「……えーと、それじゃあですね、この炭の塊を少しずつ与えながら様子を見てください。数日で良くなるはずですから……たくさん余るでしょうけど……」

先生さんは、申し訳無さそうに言いました。

「いえいえ、薪のことなら大丈夫ですよ。家の裏にまだまだいっぱいありますから」

家主のおばさんは笑顔を作ってそう言いましたが、薪が減ったことに少し不安でした(炭はよく燃えますが、薪よりもすぐに燃え尽きてしまうのです)。


「あー、そのー……」

先生さんは申し訳無さそうです。

「まあ、ほら、先生はまだお若いんですし、それに、ウチの火の妖精を助けてくれたことには変わりないんですから!」

家主のおばさんはニッコリと笑います。家主のおばさんの笑顔に、嘘はありませんでした。本当に、先生さんに感謝しているのです。


「毎度どうもしみません」

先生さんはお辞儀をします。

「良いの良いの!困ったときはお互い様でしょ!」

家主のおばさんはそう言って、治療費を渡しながら笑いました。


「それでは、私達はこれで」

「はーい、ありがとうございましたー」

家主のおばさんの見送りを受けて、先生さんは助手くんを背負って家を出ました。


………


「んー……せんせー?」

時間はもう夕方です。先生さんの家に着く頃に、おんぶされた助手くんが目を覚ましました。その瞳はいつもの栗色です。

「ああ、目が覚めましたね」

先生さんは立ち止まって助手くんを降ろします。助手くんは、いつも目が覚めると自分で歩きます(先生さんにおんぶされるのが、なんとなく恥ずかしいのです)。


「さあ、家に付きましたよ。糸虫も買ってきましたからね」

その言葉を聞いて、助手くんの目が一気に覚めました。

「わぁい!糸虫だいすき!」

助手くんは、先生さんの背中から飛び降りそうな勢いです。


糸虫とは、人の指の長さくらいの、細くてうねうねした虫です。主に釣りの餌などに使われる、ありふれた虫です。

助手くん(助手くんの体に乗り移った命の妖精)は、糸虫が大好物なのです。

「いっとむしー♪いっとむしだー♪」

助手くんは鼻歌を歌うくらいにご機嫌です。


「はいはい、慌てちゃいけませんよ」

先生さんは、さっそく夕食の準備にとりかかりました。

助手くんのディナーは糸虫ですが、先生さんはそうはいきません。帰りに釣った魚を焼きます(もちろん竈には火の妖精がいます)。

診察の帰りに釣り?そうなんです。先生さんはまだまだ駆け出しなので、あまりお客さんがいないのです。ですから、食べ物はなるべく釣ったり狩ったりします(今日は釣りでした)。


こんがりと魚が焼けるいい匂いが立ち込めると、いよいよ夕食の時間です。

「ごっはんー♪ごっはんー♪」

助手くんは上機嫌です。


「さあ、夕食ですよ」

先生さんが、助手くんに言いました。

「うわーい!」

助手くんは、待ってましたといった所です。


質素な木のテーブルの上では、火の妖精が入ったランプがあり、食卓を囲む2人を明るく照らしています。

助手くんの前には蠢く糸虫がいっぱい入った丼が、先生さんの前には塩を振られた良い焼き加減の魚が、それぞれ用意されていました。


「それでは、いただきます」

「いただきます!」

先生さんが祈りの言葉をいうと、助手くんも続いて祈りの言葉を言います。


助手くんは、丼から逃げようとして縁の方へ這い上がっては落ちる糸虫を、フォークですくいとります。

フォークに絡め取られた糸虫達は、自分の死を感じてジタバタしますが、ほどなくして大きく口を開けた助手くんにモグモグされてしまいます。


助手くんは、フォークですくった糸虫の群れを口いっぱいに頬張って、今日一番の笑顔を見せます。

「んー!」

助手くんは、しばらく味わうようにモグモグと咀嚼してから、ごっくんと飲み込みます。

「おいしー!」

助手くんは満面の笑みです。命の妖精も、満足したことでしょう。

先生さんは、それを微笑ましく見つめました。


こうして、今日も妖精専門医の先生さんとゾンビの助手くんの1日が終わります。


さあ、明日はどんな妖精の治療が待っているのでしょうか?

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