(14)
「もう、目を開けていいよ」
そんな柚葉の言葉で、僕は目を開けた。
目の前には、夕陽に照らされ、美しく煌く海が広がっていた。
そして、僕と柚葉は、砂浜の上に立っていた。
「ごめんね、ホントはもうちょっと遊べたんだけど」
柚葉が申し訳なさそうに言った。僕はそれに返事をしようとポケットに手を入れた。
「もう、普通に話せるはずだよ」
「え? あ……。本当だ」
僕の喉は、再び稼働し始めていた。でも、なぜ急に?
「これは、柚葉さんが作った世界だからです」
どこからか透き通った声が聞こえた。声の出処を探す。
「おい、ミナカミ! ここは一体どこなんだ?」
「それについてはわたしが話すね」
「柚葉…………?」
「ここは、わたしのために作られた世界。わたしが、淳平くんに会いたいと願った結果、出来た世界なの」
柚葉の、世界?
「わたしね、あの時車に轢かれちゃってから、ミナカミさんに会ったの。そのあと、ずっーと淳平くんを見てたの。淳平くんが、立ち直るのを見るまでは、絶対に見届けようって思ってたから」
ということは、あの自堕落した生活も、全部見られていたということか。途端に、自分が情けなくなった。
「淳平くんが外に出た時には、わたし、すっごく嬉しかった。やっと立ち直ってくれたと思った。でも、本当はそうじゃなかったんだよね」
「それは」
「ううん。淳平くんは悪くないの。悪いのは、いろんなことに巻き込んじゃったわたしだから」
「そんなこと!」
「あるよ。だって、結局わたしのせいで淳平くんは死んじゃった。わたしさえいなければ、もっと幸せに暮らせたはずなのに」
「いい加減にしてくれ!」
僕は声を荒げた。苦しい。でも、言わなければ。
「僕――いや、俺は、お前がいたからこそ生きていられたんだ。お前が、俺にとっての全てだったんだ! でも、俺のせいで、柚葉は車に轢かれた。俺がお前を殺したんだ!」
柚葉は、黙っていた。
「だから、人殺しに、生きている資格なんてないんだ。俺は、お前のいない世界で、強く生きれる自信がなかった! 俺は、本当に弱い奴だ…………。本当に、ごめん、柚葉」
もう、自分が何を言っているのかもわからない。僕は、ひたすらに謝り続けた。
「顔を上げて」
「ごめんっ! 本当にごめん…………っ!」
「もう、いいから。悪いのは、わたしだからっ…………!」
そこから、お互いに涙をこらえることはできなかった。
ごめん。
こっちこそ、ごめん。
俺が、もっとしっかりしていれば。
そんなことない。悪いのはわたしのほう。
やがて、繰り返される謝罪の言葉は嗚咽へと変わり。
僕と柚葉は、ひたすら泣き続けた。引いては寄せる波の音が、僕たちを慰めてくれている気がした。
少し落ち着いたあとに、再びどこからか声がした。
「そろそろ日が沈みます。ご決断の方はできましたでしょうか」
「…………決断?」
まだ呼吸が荒いままだが、僕はそう問うた。
「はい、現実の世界に戻るのか、それともここで成仏するのか、という決断です」
「…………………………」
途端に、現実に引き戻されたような気がした。
「…………淳平くん」
「僕はもう思い残すことはない、ひと思いに」
「淳平くん」
柚葉が、僕の言葉を遮った。お互いの目を、じっと見つめ合う。柚葉の目に写っている僕の姿が見える。ひどい顔だ。
「淳平くん、よく聞いてね」
「…………ああ」
柚葉は、深呼吸をふたつして、こう言った。
「わたしは、もう生き返ることはできない。でも、あなたはまだ生きることができるの。わたしは、あなたに生きて欲しい。あなたが幸せになってくれるのを心から祈ってる。あなたは強いから、きっと生きていくことができる。人生を、楽しいものにすることができる」
「そんな、強くなんか」
「正直に言うよ。わたし、あなたが自殺したことに、怒ってるの。せっかく生き残ったのに、自分の命をそんな簡単に捨ててしまうことに、怒ったの。捨てるくらいなら、その命、ちょうだいよって言いたかった」
「………………………………」
「だからね」
「あなたに、わたしが死んだ理由を作って欲しいの」
「あなたが、幸せに暮らすことができるように」
「あなたのために、わたしは死んだって、思わせて」
「そして、忘れないで」
「わたしのことを、ずっと覚えてて」
「これが、わたしの最後のお願い」
「叶えてくれたら、うれしいんだけどな」
柚葉は、そう言って、笑った。
しばらく、波の音だけが、その場に響いた。
夕陽が、どんどん海に沈んでいくのが確認できた。
あと十分もすれば、完全に沈んでしまうだろう。僕は、重い腰を上げて、海の方に向かって叫んだ。
「おーい! いるんだろ? ミナカミ!」
「はい、なんでしょうか」
そう言って出てきたミナカミの姿は、とても美しいものだった。
長くてサラサラの水色の髪。見ていると引き込まれそうになる青い瞳。これが、本来の姿なのだろう。確かに、神様らしい姿だ。
「僕は、元の世界に戻るよ」
後ろで、柚葉が嬉しそうにしているのが見えた。
「そうですか。承知いたしました。では」
僕は柚葉の方を向いて、笑い返した。そして、目を瞑る。
だが、待ってもあの尋常じゃない冷たさは来ないで。
目を開けると、目の前に短剣のようなものが落ちていた。
そして、ミナカミは、こう告げた。
「その短剣で、柚葉さんを刺してください」と。
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