(12)

「もう、二重の意味でびっくりしたよ…………」

いや、悪い悪い。そう言おうとして、声が出ないことに気づいた。ポケットからスマホを取りだ――せなかった。

(そうだ、この時まだスマホ買ってもらってないんだった)

母が、どうせ買うなら新機種のほうがいいって、六月まで買うのを待ったんだっけ。

「もう、ちゃんと聞いてるの?」

柚葉が、むくれた顔で僕に顔を近づいてきた。なんだか、そんなやりとりがとても懐かしくて、思わず笑みがこぼれた。

「黙ってニヤニヤしてるの、きもちわるーい」

柚葉が茶化してくるこの感じも、心地よい。しかし、いい加減コミュニケーションを取らなければまずい。僕はそのあたりにあった細い木の枝で、公園の硬い土の上にこう書き記した。

[事情があって、僕は今喋ることができないんだ]

「風邪でもひいたの? まあ喉痛い時はしゃべりたくなくなるもんねー」

なんか勘違いをしているようだが、とりあえず納得してもらえたようだ。僕はさらに続ける。

[できれば、柚葉のスマホで文章を打たせてくれないか]

柚葉は、確か四月に入ってすぐケータイを買ったと言っていたはずだ。その記憶のとおり、柚葉は猫のアップリケがついた可愛らしい鞄から、ピンク色のカバーがついたスマホを取り出した。

「はい、どうぞ。……でも、まだ新品なんだから、壊したらダメだよ?」

[わかってる]

僕はスマホのメモ帳アプリを起動して、すぐさま返事を記した。


「それにしても、制服で集まったあと、何をするか全く考えてなかった、っていうのはいくらなんでも……」

[ごめん。でも、柚葉の制服姿がどうしても見たくって]

「もう。そんなの学校始まったらいつでも見れるじゃん!」

僕たちは、電車に揺られていた。昼間だというのに、乗客は結構多かった。柚葉は、照れ隠しなのか、僕に背を向けて窓から外の風景を眺めだした。

 柚葉はあのあと、何も計画していなかった僕に軽くがっかりした素振りを見せたかと思うと、

『それなら、ちょっと付き合って欲しい場所があるの』

と次の瞬間には輝くような笑顔で、そう言ってきた。柚葉は、結構感情の表現が激しいから、見ているとすごく楽しい。

[もうすぐ着くみたいだぞ]

僕はメモ帳アプリの裏で起動させている、地図のアプリを確認しながら、そう伝えた。スマホの操作は未来でさんざんやってきたから。そんなことを冗談半分で言おうとしたが、やめた。


柚葉のいうショッピングモールは、三つほど行った駅から、歩いてすぐのところにあった。

[いつの間にこんな大きい建物が出来たんだ]

「えー? 結構前からあったんだけどな、ここ。まあ、わたしも来るのは初めてなんだけど」

[意外だな、柚葉はこういう所好きそうなのに]

「…………初めて来るときは、一緒にって思ってたから」

[何か言ったか?]

「ううん!、なんでもない。さ、早く中入ろう! とりあえず、お腹すいたし、フードコートでも行こっ」

柚葉はそう言って、さっさと大きな自動ドアをくぐっていってしまった。よく小説でいる鈍感(を装う)キャラの気持ちがわかった気がした。

だって、いちいち反応していたら、身が持たない。

時計の短針は、一の数字と二の数字の丁度真ん中を指していた。


「いやあ、悪いね。奢ってもらっちゃって」

[最初からそのつもりだったろうに]

フードコートはとても混んでいて、座る場所を確保するのにちょっと手間取った。僕たちには時間がないというのに。

でも、生クリームとチョコレートがたっぷり詰まったクレープを美味しそうに食べている柚葉を見ていると、そんな心配など何処かへ吹っ飛んでしまう。

お金をいっぱい持ってきててよかった…………。

あの時の僕、グッジョブ。

[でも、そんな量で足りるのか?]

「うん、だってわたし結構少食だし」

[子供の時はあんなにばくばく食ってたのにさ]

「あの時から成長してるんですー」

[ホント、あの頃が嘘みたいだ。僕も、柚葉も]

「…………………………」

しまった、自分から話題を暗い方向に持って行ってしまった。なんとかリカバーしなければ。

[でも、僕は結果的によかったと思う。だって、こうして柚葉とまた楽しいことができるようになったんだから]

これが、魂だけになってからのやり直しでさえなければ、これは紛れもなく僕の本心だったはずだ。

「そうだね。――――たとえ、これが最後としても、ね」

柚葉はあの時の悠花さんとそっくりな、寂しげな顔をした。

僕は、そんな雰囲気を変えるために右手の親指をせわしなく動かす。

[ゲームセンターでも行こうか]

だって、そんなことを気にする暇なんてないだろ。

今を、楽しもう。

今、柚葉は、確かにそこにいるのだから。

ディスプレイには、午後二時〇五分と表示されていた。

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