(9)

インターホンを鳴らして、数秒後。ザザッ、という小さな機械音がしたあと、懐かしい声が帰ってきた。

「はーい」

「あ、あの。すみません。桑原です。柚葉さんに会いに来ました」

「…………………………よく来てくれましたね」

「いえ」

ドアから出てきた柚葉のお母さん、悠花さんは、柚葉そっくりな優しい笑顔で僕を快く迎えてくれた。家の中は綺麗に装飾されていて、なんだか居心地がいい。

部屋に入ると、柚葉の写真が飾ってある黒い仏壇が目に入った。それは、ほんわかとした雰囲気の中で異質な存在感を放っていた。

仏壇の前に座る。横には、皿の上に剥かれた梨が乗っていた。

梨は、切り口が少し乱れていた。

「柚葉、梨が好きだったから」

「へえ、なんか意外ですね」

改めて、柚葉の方に向き直る。横に置いてある鐘は、なんという名前だったか。小さな棒で、その鐘をひとつ鳴らす。

カーンと、鈍い音がした。合掌し、目を瞑る。

(ごめんな……。柚葉)

もし、僕が集合時間を一分でも送らせていれば。

もし、あの時柚葉に電話をしなければ。

もし、集合場所がどこか違うところなら。

柚葉は、死なずに済んだ。

――――僕が、柚葉を殺したんだ。


「あの子も、きっと喜んでいるわ」

「そうでしょうか」

恨んだりは、していないだろうか。

「ええ。きっと。だって、ずっと一緒にいたじゃない」

「…………………………」

そうだ。僕たちはいつも一緒にいたんだ。

「でも、僕がいなければ、柚葉は…………」

「そんなこと言わないで」

悠花さんが、突然語気を強めた。

「だって、あの子、あなたがいなかったら今頃高校にも行けてなかったわ」

「え…………?」

「柚葉は、とても強くて、そして弱い子だったの。あなたがずっとそばにいてくれたから、あの子は生きる希望を持てた」

悠花さんは、さらに続ける。

「だから、きっとあなたが無事でよかった、って思ってるはずよ。あの子は、そういう子だったから…………」

目元に、光るものが見えた気がした。

「悠花さん…………」

「だから、誰のせいだとか、そういう話はおしまい。残された私たちは、柚葉の分まで強く生きていかなきゃいけないの」

僕は、ひどく心が痛んだ。愛する一人娘を亡くして、一番苦しいのは悠花さんのはずなのに。ただ友達だっただけの僕の方がよっぽどくよくよしていて。慰めさせてしまうなんて。

「悠花さんは……」

「なあに?」

「悠花さんは、強いんですね」

「あなたの方がよっぽど強いわ。私なんか…………」

今まで見たことのない表情を、悠花さんはした。それは、自嘲気味で、物悲しげな、愛想笑いだった。そんな表情をさせてしまったことに、また申し訳なさが増幅した。


「もうちょっといてもいいのに」

「いえ、ちょっとこれから行くところがあるので」

僕は話も程々に、悠花さんに別れを告げた。僕が家を去るとき、お互いが見えなくなるまで悠花さんは手を振ってくれた。

最後まで、悠花さんは優しくしてくれた。

でもごめんなさい。僕はこれから、あなたをまた悲しませるかもしれない。

僕は、この旅の――いや、人生における最終目的地である所へ、出発した。

だって、ユズハのいない世界なんて。

生きている価値などないから。

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