(7)
「次はー、水神関―。次はー、水神関―。お出口は、左側です」
どこか呑気に聞こえる、アナウンスが流れた。ここが、僕の旅の終着点だ。僕はおじいさんの話を無理やり遮って、
「あ、次で降りるんで。ありがとうございました」
と早口でまくし立てた。おじいさんは少々不満そうだったが、やがてこう言った。
「まあ、先の長くない者の言うことなど気にするな。お前さんも、まだ若いんだから、これから頑張れよ!」
僕はおじいさんに軽く会釈をして、電車を降りた。改札口に切符を通して、駅の構内から出る。閑静な住宅街が、そこには広がっていた。
(これから、ねぇ)
先は、まだ長い。僕はそう反駁したあと、トボトボと歩き出した。
――――行き先は、もう決まっている。
中学三年生に進級した。
もっとも、家でその知らせを聞いただけなのだが。柚葉が、始業式が終わったあとすぐ電話をかけてきた。クラス替えは、どうやら行われなかったらしく、クラスメイトは全くの同じ。もちろん、逢坂も同じクラスだと笑いながら言っていた。それに返事をしようとすると、また僕は涙を流していた。なぜ柚葉がこんな目に遭わなければいけないのだろう。そんなことを考えた。でも、その問いの答えは明白だった。
僕が、学校から逃げたからだ。僕が、弱いから。本当は僕が守らなければいけないのに。幼馴染一人すら救えない。
「お前、ほんま弱いな」
そんな逢坂の声が聞こえたような気がした。
それでも、母は僕にずうっと優しく接してくれた。決して外に出てみないか、と言うことはなかった。ただ、わがままな僕を温かく見守ってくれるだけだった。そんな優しさが、とても嬉しかった。母親を「放任主義」だと称していた頃は考えもしなかった。
そんな母が、ある日家庭教師を雇ってきた。大学生の男の人だった。初回の授業の時に、話をした。すると、その大学生の人も中学の時にいじめを受けて不登校になったと言った。僕は驚いた。一回不登校になった人が普通に大学生をやっていることに、だ。
彼は、東京から、九州の方の高校を受験して、そして合格したらしい。環境を変えることが、一番の対処法だと彼は言った。僕は、柚葉と一緒にどこか遠い高校に行けば、また平和な日常を取り戻せるかもしれない、と思った。すぐさま柚葉に連絡した。柚葉は僕の提案にすぐ賛成してくれた。そして、絶対に逢坂を出し抜いて、僕と一緒の高校に行く、と力強く言ってくれた。
その日から、僕は死ぬ気で勉強をし続けた。家庭教師の人も、忙しい中、時間を作って家に来てくれたし、柚葉も、こまめに連絡をしてくれるようになった。もともと学力は悪くなかったから、かなりのスピードで授業を進めることが出来た。夏休みも、冬休みも、関係ない。僕は、まるで浪人生のようにひたすら勉強した。これが終わればまた柚葉と一緒になれる。そう考えると、勉強にも精が出た。
そうして迎えた二月。僕は東北地方にある某県に来ていた。もちろん、柚葉も一緒だ。久しぶりに会った柚葉は、また少し大人っぽくなっていた。逆に僕は身長が伸びていたから、なんだか見下ろす視点が新鮮だった。久しぶりに外に出たのもあるが、流石に冬の東北は寒い。二人でひとつのマフラーを使いながら、受験会場まで向かった。模試の結果では、二人共A判定が出ていたとは言え、流石に緊張した。でも、五教科全てのテストが終わった後の感触は悪くなかった。柚葉も同じだったようで、二人顔を見合わせて笑った。合格発表は四日後だったけれど、一回帰ると逢坂に逢う可能性があったから、安い宿を一部屋とって、四日間そこで過ごした。お互い大きくなったから、ちょっぴり照れくさかったけれど、中学生らしく、まるで失った時間を取り戻すかのようにいっぱい喋った。いっぱい笑った。ちょっぴり泣いた。でも、合格したらいつでもまたこうやって話せると思うと、嬉しかった。
案の定、二人共合格していた。自分たちの番号を見つけた時は、思わず抱き合ってしまった。すぐ離れた。やっぱり、僕は柚葉のことが好きだ。改めてそう思った。
両親に合格した、と電話で伝えると、電話の向こうから涙声で「おめでとう」と言われて、思わずうるっときた。引越しの手続きもつつがなく進んでいるらしい。
僕の時間が、再び動き出した。これからの毎日は、楽しく、興味深い物になる。そう、信じきっていた。
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