(5)

電車には、まばらながら人がいた。荷物などないから、七人がけのシートにぽつんと座った。流れていく風景の中、太陽が顔を出すのが見えた。

(日の出を生で見るのはいつぶりだろうか)

日中とは一味違った暖かな光が、電車の外に見える見慣れない大地たちを照らしていく。僕は、それがなんだかとても綺麗に思えて、――思わず目を背けた。これは僕が見てはいけない風景だ。

その太陽の光は、罪を負った咎人の心を痛めつける。


 ――そもそも、なぜ自分はここに居るのだろう。

 ――そもそも、なぜ自分は生きているのだろう。


考えても答えなど出るはずもなく。

僕は、都合のいい夢の世界へと逃げ込んだ。

だって、わからないものはわからないじゃないか。





入学してから三ヶ月が経った。太陽はさんさんと僕らを照らしつけて、体の中の水分を容赦なく奪っていく。蝉の声がそこら中に鳴り響いている。この年は例年より梅雨明けが早かったらしく、七月中旬だというのに猛暑日になる日が多かった。

僕たちはといえば、そんな灼熱地獄ともいえるグラウンドから一時離れ、日陰に入って水分補給をしているところだった。陸上部は結構人数が多く、三年が一二人、二年が一四人、一年生に至っては一九人もいた。そんな大所帯が一斉に水道に群がるものだから、蛇口をひねって出てくる水はすぐに生ぬるくなってしまう。

とは言っても、もう時刻は正午になろうとしているから、そろそろ練習は終わりだろう。タオルで汗を拭っていると、首元に急に冷たいものを感じた。すぐさま後ろを向くと、柚葉がペットボトルを持って(おそらく自販機で買ってきたんだろう)、意地悪そうに微笑んでいた。

「集合ー!」

「「「はーい」」」

今日もまたこうして練習が終わる。――だが、その日は少しいつもと違った展開になった。

「えー、この陸上部の新しい仲間を紹介する」

 そう言った先生の後ろから、ジャージ姿の男子が一人現れた。

「あー、大阪から来た逢坂いいます。あ、逢うに坂道の坂って書いて、逢坂。ダジャレみたいで嫌やねんけど、これからよろしゅう」

部員たちから、拍手が起こった。

でもなんでこの時期に転校してきたのだろう。そんな素朴な疑問がふと僕の頭をよぎった。


「これ、若いの」

「…………え、僕ですか?」

「そうじゃ、他に誰がおるんじゃ」

「は、はあ」

僕を再び現実の世界に引き戻したのは、見知らぬおじいさんだった。おじいさんはしばらくこちらを見つめていたが、やがて口を開いて。

「おぬし、なにか哀しいことがあったな?」

「…………!」

「旅の恥はかきすてという諺もあろう。わしになんでも喋ってみい」

「…………………………」

それなら、沈黙は金という諺もある。

「まあ、語りたくないのならそれでいい。その代わり、老人の独り言に少々付き合ってくれんかのう」

「…………………………」

再び僕は黙り込む。ただし、この場合の沈黙は工程の意味を孕んでいるのだが。そんなことを知ってか知らずかおじいさんは語りだした。大概どうでもいい話だったので、僕は半分耳を傾けながら、おじいさんの後ろの風景をぼーっと眺めていた。

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