(3)

自転車なんて便利なものは、もうとっくの昔に捨ててしまったから、駅へは徒歩で向かった。さすがにこの時間は日が出ていない分涼しい。途中でコンビニに寄った。店員は雑誌コーナーで本を読んでいたが、僕が店内に入ったのを見ると、

「いらっしゃいませー」

と雑誌をしまいレジへと向かった。

(久しぶりの会話だ)

僕は挨拶がわりに昆布のおにぎりを手に取り、銀色に鈍く輝く硬貨一枚と共に差し出した。

「レシートは必要ですか?」

僕は黙って首を横に振った。そのまま外に出て、昆布おにぎりにかじりついた。食欲はなかったが、気合で飲み込んだ。

味はしなかった。



六年生に進級して、関係は多少は改善した。世間話も二言くらいしたし、一回だけ一緒にも帰った。でも、以前のように気軽に話しかけられるような関係ではなく、どこか柚葉が遠くに行ってしまったような気がした。だって、柚葉はあの頃とは比べ物にならないほど、綺麗で、大人びて(小六から見たらそう見えた)いたから。でも、物理的な距離は離れてしまった。柚葉の家は、少し遠いところに引っ越してしまった(校区が変わらない程度だが)のだ。でも、まだ方向が一緒なので、一緒に帰れる時間はあった。

 あの喧嘩――というのが正しいのかはわからない――の後、周りのクラスメイト達が訪ねてきた。言い方はそれぞれ違っても、内容は揃って同じだった。

「どうして急にしゃべらなくなったの?」

こっちが聞きたいよ、と何度も言いたくなったが全て「ちょっとね」とはぐらかした。上辺だけでの関係でも保っていたかったのだ。

実際、周りの女子はみんな僕と柚葉が彼氏彼女の関係だと勘違いしていた。おかげで、いつも柚葉の周りには女子がたくさん群がっていた。柚葉も僕もあまり友達を作らなかったから、多分あいつにとっては新鮮だったのだろう。柚葉が女子たちと仲良くなっていくにつれ、僕はクラスで孤立していった。

 初めて味わう、「孤独」という恐怖。隣に誰もいないということが、こんなにも、寒く、恐ろしいのか。心は徐々に蝕まれていった。学校に行きたくないと思いつつも、どこかまた元の鞘に戻れるのを期待している自分に負け、学校に通っていた。

また柚葉と話せる日は来る。そう信じて必死に耐えた。運動会も、あいつがいないと途端に面白くなくなった。夏休みは、宿題を済ませて後はテレビを見るか、寝るか、という体たらくだった。柚葉は、以前より更にこっちを見る回数が増えていた。そして、目があった時には、申し訳なさそうな、悲しそうな笑顔を見せるのだ。僕にはそれが何を意味するのかが分からなかった。


しかしその時は、唐突に訪れた。確かあれは、球技大会の時だったか。男子と女子がそれぞれ分かれてドッヂボールをしていたときだ。僕は、特にやる気もなかったので、早々にボールに当たりに行き、外野でぼんやりと突っ立っていた。すると、なにか腰を指でつつかれた感覚がした。すぐさまそっちを向くと、柚葉が意地が悪そうな顔で笑っていた。


「ドッヂボール、好きだったんじゃないの?」

 彼女は指でヘアゴムを回しながらそう尋ねた。

「いやまあ……それはそうだけど」

 ――――静寂。いつもならそこで会話が終わっていただろう。

 だが、今回は違った。

「わたしのせい。ごめんね?」

柚葉は申し訳なさそうに言った。

「だからそれはもう何度も」

「正直に言うよ。わたし、あなたといると、胸が苦しくなるの」

「…………え?」

 今、あいつはなんて言ったんだ?

「それが嫌で、しばらく話さないでおこう、って思ったの。でも、授業中もずーっと苦しくてね。思い切っておかあさんに相談してみたの。そしたらね」

「…………………………」

 再び静寂が訪れ。

「――ううぅ、ああもう! めんどくさい!」

「へ?」

「とにかく、これからは今までどおり仲良くいよう、ってこと!」 

  彼女は高らかに、和解の言葉を宣言した。

「でも、むかしみたいに一緒にその……、お風呂とかは無理だけど」

「ぷっ!」

「ああ! いま鼻で笑ったー! なんでわらうのよ、もう!」

「うん、ごめんごめん、……でも、ぷぷっ」

 僕は、ひどく安堵した。なにより、彼女が小さい頃となんら変わりないのが確かにわかったから。

「とーにーかーくー! …………これで仲直りだよ」

「うん、これからもよろしくね?」

  僕は、柚葉の手をしっかりと握った。こんなにあっさり仲直りしてしまっていいのだろうか。一瞬そんな思いが頭をよぎったが、すぐにかき消えた。

 それから卒業までは、再び仲良く過ごしたが、恋人同士の関係になることはなかった。クラスの女子は、僕たちが仲直りしたことを素直に喜んでいた。

 今考えると、とてもクラスメイトに恵まれていたと思う。

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