第13話 犯人は意外な人物でもなかった。

 翌日の朝。

 俺は学校へ行かずに、とある場所へ走って向かっていた。

 そこは高校や俺が住む住宅街を見下ろすところにある。

 山の中腹を切り崩して作られた公園。朝はまだ、人気がない。

 俺はその中にあるコンクリートでできた、身長ぐらいしかない山の前で足を止めた。

 階段や滑り台がある中、頂上で座っている人影がいた。

「おい、こっち向けよ」

 相手は俺から目を合わそうとしない。

「ったくさ」

 俺は肩で息をしつつも、口を開く。

「このままずっと、無視を決め込む気なのか?」

 しばらくして、相手は話す気になったのか、頂上で立ち上がった。

「よくここがわかったわね、八坂友則くん」

 頂上にいる人影、高塚が黒髪を手でなびかせつつ、俺と目を合わせてきた。

「何となくだよ」

「勘にしては、かなりの的中率ね」

「まあな」

 俺は笑みを浮かべ、走ってきたせいで荒くなっていた息を整え始めた。

「俺とシノが出会い、別れたのもここだからな」

 俺がはっきりと言い切ると、高塚は表情を綻ばせた。

「ずるいわね。はじめはわたしのことすら、わからなかったのに、思い出した途端、そういうところまで思い出すんだから」

「一度思い出せば、それが芋づる式のように、色々と思い出すんだよ」

 俺が言えば、「そうなのね」と高塚は言葉を返す。

 高塚はコンクリートの山から、階段を使って、降りてきた。

「さて、八坂友則くん」

「そのフルネームで読むの、本当は無理してるんじゃないのか? シノ」

「そこまでお見通しなのね。トモくんは」

 高塚は髪をかき上げ、俺の正面まで歩み寄ってきた。

「これも、あなたのことが嫌いだから、わざとそうしてるのよ」

「大変だな。人を嫌いになるっていうのはさ」

「そうかしら? 慣れると、意外と楽なものかもしれないわよ」

「さあ、どうだかな」

 俺は両手を掲げ、わからんといったポーズをした。

「警察がお前のことを捜してるぞ」

「もう、わたしが容疑者扱いになったのね」

「いや、重要参考人だろ。まだ、犯人と決まったわけじゃないしな」

「けど、トモくんはわたしを犯人と思ってるんでしょ?」

「まあな」

 俺は淡々と口にする。

「それよりも驚いたのは、まさか、シノまで、覚せい剤をやっていたなんてな」

「そこなのね。驚くところは」

「当たり前だろ? クラスでは委員長を見事に成し遂げていて、テストの成績はいつも、学年上位。男女から人気がある完璧超人みたいな奴が、覚せい剤をやっているなんてさ」

「言ったわよね? 人間、誰しも完璧な人なんて、いないのよって」

「ああ。それについては、俺が謝りたいくらいだ」

 俺が申し訳なさそうに言うと、「いいわよ」と高塚が返事する。

「完璧超人過ぎるほど、苦労は絶えないものよ。ましてや、ずっと好きだった本人に、気づかれないむなしさが重なると、それは大変なものね」

「そんな時に、桜井に声をかけられたのか?」

「そうね」

 高塚は口にすると、雲ひとつない青空の方へ顔を見上げた。

「クラスでは何事もなく振る舞っていたわ。でも、それでも、限界っていうものはあるものよね。そういう時は、職員室から屋上の鍵を盗んで、そこでひとり泣いたり、ぼんやりしていたわ」

 高塚は俺の周りを歩き始めた。

「そんな時ね。屋上の鍵がかかってないことに気づいた桜井くんが現れて、わたしの苦しそうな様子を見たのね。それで、わたしに覚せい剤を勧めてくれたわ」

 俺はただ、高塚の話を黙って聞くことにした。

「初めて使った時は、それはもう、いい気持ちだったわ。今まで苦しんでいたことがうそのように晴れやかになるのね。それからわたしは、覚せい剤を使うようになったわ」

「やめようと思ったことはないのか?」

「はじめの時に、これなら、いつでもやめられるわねと思って、気楽に考えていたわ。そしたら、段々と覚せい剤なしでは、やっていけなくなったわ」

「そんな時に、桜井がもう、覚せい剤をやめるとか言ってきたのか」

「そうね。わたしは説得したわ。やめられたら、きっと、わたしが覚せい剤をやっていることもばらされるって。それはすなわち、わたしの学校生活が終わるって思ったわ。だから、何とか説得した」

 高塚は言ってから、足を止め、俺と目を合わせた。

「トモくん、刑事さんに調べてもらったんでしょ? 桜井くんのスマホの通話履歴に、わたしの番号がないかどうかって」

「というより、あれだ。桜井の妹が、シノと桜井が話してることをたまたま聞いていてさ、それで、その日付をたまたま覚えていて、で、その日付の通話履歴にシノがいないかどうか、刑事さんに頼みはしたな」

「それで結果は、わたしが逃げることになったわけね」

 高塚は笑みをこぼした。

「警察もバカね。わたしの家に電話なんかしてこなければよかったのに」

「だから、俺が捜しにきたんだろ?」

「一概の男子高校生に犯人を見つけられるなんて、警察失格ね」

 高塚は足を進ませると、近くにあるブランコに座り込んだ。

 俺は逃げることを警戒しつつ、距離を取って近づく。

「トモくんはまだ聞きたいんでしょ?」

「桜井を殺すことはないだろ?」

「桜井くんが説得に応じていれば、こういうことにはならなかったのよ」

 高塚はブランコを少しずつ漕ぎ始めた。

「最後は持ってきたナイフで脅そうと思ったけど、それでも、桜井くんの意志は固かった。それで仕方なく、勢い余って、刺してしまった」

「シノ、小学校の頃から、そのさ、変わったところがあったけどさ、今回はそれがさらに度が増したんじゃないのか?」

 俺は問いかけると同時に、体が小刻みに震えはじめていた。

 一方で高塚は、ブランコを勢いよく漕いだ後、徐々に速度を緩めていった。

「そういうのも覚えてるのね」

「あれは、正直ぞっとしたけどな」

 俺は言うなり、背筋に寒気が走った。

「小学校六年の時か? 同じクラスの綾ちゃんだったよな」

「あの子は、わたしの前からいなくなって当然の子よ」

「あれはひどかったな。女子の連中と組んで、いじめに走るのはさ」

「学校ではよくあることよ」

「あれで綾ちゃん、結局不登校になってさ」

 俺は言いつつ、強くこぶしを握りしめた。

「綾ちゃんのことを俺が好きだったからか?」

「当たり前でしょ? でなきゃ、わたしはあんなことをしないわ」

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