第10話 俺が怪しいと言えば、彼女は容疑者のひとりに数えられるかもしれない。

「それは、本当なんですか?」

 翌日、俺は高校の応接室で声を強めると、向かい側に座る二人の刑事はゆっくりとうなずいた。前に話を聞かされた白髪交じりの刑事と若い刑事だった。

「うむ。桜井くんと覚せい剤をやっていた二人は、一貫して殺したことを否定していてね。しかも、事件当時は体育で、バスケットボールをしていたと、担当の体育教師やクラスメイトらが証言している」

「アリバイは完璧ってことですか……」

 俺は黒塗りのソファに背中を預けて、茫然としてしまった。

 犯人かと思っていた古川と柳田。

 こうもあっさりと否定されるとは思わなかった。

「そこでだ、八坂くん」

「はい……」

「桜井くんの周りで、何かトラブルめいたことはなかったかね? 例えば、お金の貸し借りとか」

「いえ。桜井は特にお金には困っていませんでしたし。親からの小遣いで満足、というわけではないですが、借りてまでお金を欲しがるほどではありませんでしたし」

「そうかね。やはり、桜井くんは、覚せい剤くらいかね。トラブルめいたことがあったのは」

「そうですね」

 白髪交じりの刑事は顔を見合わせ、若い刑事はうなずく。手元には前と同じ、メモ帳とペンがあった。

「あのう、その、トラブルめいたことというのは……」

「君は知らないのか? 何でも、桜井くんは覚せい剤をやめようとしていたようだが」

「えっ?」

「ヤマさん。そんな事件の情報、一般人に教えたら」

「もう、いいだろ。どうせ、マスコミの連中が嗅ぎつけて、とっくに記事を書いてる頃だろう」

 白髪交じりの刑事が言い、若い刑事はおもむろにため息をつく。もしかしたら、けっこういいコンビなのではと、俺は勝手ながら思った。

「君は知らなかったのか?」

「いえ、そんなこと、そもそも、覚せい剤をやっていたことすら知らなかったので」

「そうか。ちなみに、君は桜井くんとどういったご関係で?」

「一応、友達です」

「友達なのに、覚せい剤をやっていたことを知らなかったんですか?」

「いえ、というより、友達だったからこそ、知らされなかったんじゃないかと思います」

 俺は淡々と話し続けた。

「高校受験の時もそうでした。俺が志望校の合格圏内ぎりぎりの時に、桜井からは色々と声をかけてもらったりして、励まされていました。ですが、その桜井も俺と同じような状況で苦しんでいるとは思ってもいませんでした」

「確かに。桜井くんは高校受験でかなり苦しんでいたようだね。それが、覚せい剤に走った原因のひとつのようだがね」

「桜井は、俺に心配されたくなかったんじゃないかって思います。ましてや、覚せい剤なんて、俺が関わっても、どうなる問題でもなかったかもしれませんし」

「となると、桜井くんは、八坂くんのことを相当気にかけてあげていたようだね」

「はい。多分、お互い、友達だと思っていたからかもしれません」

 俺は足元を見つめ、自信ない口調で答えた。本当にそうなのか、桜井に確かめたことがないからだ。今となっては、あの世に行ってしまい、永遠にわからなくなってしまった。

「とりあえず、君と桜井くんとの関係はよくわかった」

 白髪交じりの刑事は言うと、若い刑事と小声で何かやり取りをした。

「質問を変えよう」

「はい」

「君の中で、誰か怪しい人物はいるかね?」

「怪しい人物、ですか……」

 俺は口にするなり、頭を巡らす間でもなく、ひとりの人物が思い浮かんだ。

 高塚志乃。

 桜井とは単なるクラスメイトの関係だが、俺の中では怪しい人物になっていた。それは、自ら俺に向けて、「あなたのことが嫌いだから」と宣言したところからだ。わざわざしなくてもいいようなことをする。おまけに、桜井と、古川と柳田が覚せい剤をやっていたことを知っていた。もしかしたら、今回の事件に関係あるのではないかと、うっすらと思い始めていた。

「いるのかね?」

 白髪交じりの刑事が真剣そうな眼差しを向けてくる。対して俺は、圧迫感を抱き、背中から汗がほとばしっていた。

「いえ、いません」

「どうして、そう言い切れるのかね?」

「一概の高校生が怪しいと言っても、それはあまり、参考になる情報ではないかと思いまして」

「それを判断するのは、我々警察の仕事だ」

 白髪交じりの刑事は、苛立ったような調子で言葉をこぼす。

 言うべきなのか。

 俺は高塚の名を挙げることに対して、頭を巡らした。

「どうしたのかね?」

「いえ、その、どうもしてないです」

「ヤマさん、今回はもう、切り上げた方が」

 若い刑事の声に、白髪交じりの刑事が「そうだな」とうなずく。

「すまなかったな。今回はこれでいい。また、聞きに来るかもしれないが、その時はよろしく頼むよ」

「わかりました」

 俺は返事し、ソファから立ち上がる。

 応接室のドアまで行ったところで、俺はあることを思い出した。

「すみません」

「何だね?」

 振り返れば、白髪交じりの刑事が座ったまま、顔を移してきた。若い刑事はメモ帳とペンをしまおうとしたが、再び取り出したりしていた。

「前に、俺が学校を休んでいた理由なんですが」

「ああ。そのことか。もしかして、話せる気になったのかい?」

「いえ、その、まだ話せないんですが、さっきの、俺が思ってる怪しい人物と関係があるとだけしか」

「そうか」

 白髪交じりの刑事が返事し、若い刑事がメモ帳にペンを走らせる。

 俺がそう口走った理由は、自分でもわからなかった。

 無意識に、高塚が怪しい人物だと、警察に遠回しにでも伝えたかったのだろうか。

「すみません。それだけです」

「いやいや。それだけでも十分だよ。ありがとう」

 白髪交じりの刑事が気さくそうに言い、手を軽く上げる。

 俺はお辞儀をしてから、応接室を後にした。

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