第9話 クラスメイトの妹の前で泣いてしまうのは、どことなく恥ずかしい。
「ったく、高塚の奴……」
俺は頭を掻きつつ、家の方角と同じ駅前の繁華街へ足を進ませる。
と、俺は制服の裾を掴まれる感触に気づいた。
振り返れば、ツインテールの小柄な少女が目の前に立っていた。俺が通っていた中学校と同じセーラー服を着ていた。
彼女は頬を赤く染め、俯き加減で黙り込んでいた。
「えっと、確か、君は……」
「い、妹、です……」
彼女の言葉に、俺は手のひらをこぶしで叩いた。
葬儀場で焼香した時に親戚の席に座っていた子だ。
「桜井が前に、妹がいるとか言ってたのって、君なのか」
「は、はい。そ、その、初めましてです」
桜井妹はお辞儀をするも、目は合わせてくれなかった。とはいっても、高塚と違い、恥ずかしさからのようだ。証拠に、先ほどから体を小刻みに震わせていた。
「君って、もしかして、人と接するの苦手とかか?」
「は、はい。その、人見知りが、その、激しくて……」
桜井妹は言うなり、さらに俯き加減になってしまった。
「その、君が何で、わざわざ、俺のところへやってきたんだ?」
「そ、それは、その、お兄ちゃんのこと、色々と知っているかと思ったからです」
「桜井のことか?」
「は、はい。その、や、八坂先輩ですよね? そ、その、会ったことはなかったんですが、よく、お兄ちゃんが八坂先輩のことを話してくれて……。それでその、お兄ちゃんの中学の卒業アルバムを見て、顔を知って、それで、さっき……」
「俺が倒れたところを見たってわけか」
「は、はい。あの人が、お兄ちゃんがよく話していた友達なのかなって」
「俺が友達か……」
「はい……。ですから、その、この度はご愁傷様、でした……」
「いや、それを言うなら、こっちの方だろ?」
「そう、ですよね。その、ごめんなさい」
桜井妹が頭を下げる。俺は桜井がこんな可愛げのある妹がいて、羨ましいなと内心思った。
「それで、俺に言うことはそれだけなのか?」
「じ、実は、その、お兄ちゃん、死んじゃう前は八坂先輩とは別に、悪い友達と付き合っていたみたいです」
「悪い友達?」
「は、はい。わたしはその、何回か見たことありました。とても、怖そうな人たちでした。お兄ちゃんからは、『ゲーセンで仲良くなった志望校の先輩』と聞きました」
桜井妹は口にするなり、思い出したのか、身震いで両腕を組んで、身を縮こませた。
「悪い友達は、家に来る度に、お兄ちゃんの部屋で何かしていました。気になりましたけど、お兄ちゃんから、『決して覗くな!』と釘を刺されていました。まるで、その友達と一緒に悪いことをしているみたいでした」
桜井妹の声は、悲しみを帯びているようだった。
「まさか、お兄ちゃんがその、薬みたいなことをやっているなんて、想像もできませんでした」
桜井妹はこらえきれなくなったのか、瞳から涙を流し始めた。
俺は動揺しつつも、制服のポケットからまだ使っていないハンカチを取り出し、渡した。
「あ、ありがとう、ございます……」
涙声で桜井妹は受け取ると、手で丁寧に拭い始めた。
妹にとっては、ショックが大きかったようだ。
何せ、俺ですら、驚いたくらいだからだ。
「あのさ」
「は、はい……」
桜井妹は返事すると、ようやく、俺と視線を合わせてくれた。瞳はまだ潤んでいた。
「兄に何か悩んでいるようなことはなかったか?」
「そ、それはその、実は……」
桜井妹は口にしてから、表情に陰りを走らせた。
「お兄ちゃん、高校受験の勉強、すっごく不安になりながら、していました。もしかしたら、それが原因、かもしれないです」
「まさか……。俺にはそんな素振り、一度も見せてなかったぞ」
「お兄ちゃん、言っていました。『友達も同じように不安になってるからさ、それを励ます自分が不安になってどうするんだ』って。きっと、それで、不安がすごく高まって、危ない薬に手を出したんじゃないかなって思います」
桜井妹は手で瞳を擦った。再び涙がこぼれてきたようだ。
「自分は、ただ、見ていることしかできなかったです……。あの時、お兄ちゃんのこと、気遣ってあげれば、今頃は……」
「自分を責めるな。それに、今の話を聞くとさ、俺の方が責められる側だ」
「それは、違います。お兄ちゃんはただ、友達を、八坂先輩を心配していただけです」
「だけどさ、俺、桜井のおかげで、何とか高校受験を乗り切ったって感じだからな。今の高校に入れたのも、桜井のおかげだしな」
俺は口にして、過去を振り返っていた。高校受験で、今の高校が合格できるか微妙だった中学三年の冬。その時、桜井に色々と声をかけてもらっていた。だが、桜井も俺と同じくらいの成績。正直、二人とも受からないんじゃないかと思っていたぐらいだ。だから、お互いに受かった時には、男泣きしてしまうほど、喜んだ。
「懐かしいな。桜井とは色々とがんばって、今の高校に入れたというのにさ。なのに、桜井は……」
俺はここに来て、頬をうっすらと液体状のものが流れていることに気づいた。
「八坂先輩?」
「悪いな。今頃になって、涙が出てきたな」
俺が指で拭うと、桜井妹がすかさず、俺のハンカチを手渡してきた。
「ありがとうな」
「いえ。元々は、その、八坂先輩のものですから……」
桜井妹は照れた感じで言う。
俺は受け取ったハンカチで、両目を拭いた。
「そ、それで、その、八坂先輩」
「何だ?」
「お兄ちゃんが殺されたこと、何か、知っていますか?」
「俺がか?」
「はい。その、お兄ちゃんが殺されたこと、何もわからなくて、色々と悔しいんです。だから、その、直前までお兄ちゃんと電話していた八坂先輩でしたら、何かわかるかなと思って……」
「悪い。残念だけどさ、それは警察にも聞かれたけどさ、電話切る直前に誰かが屋上に現れたってことしか聞いていないんだよな」
「その、誰かというのは、もう、わかっているのでしょうか?」
「いや、それは今、警察が調べてるところだからさ」
俺が答えると、「そうですか……」と残念そうな桜井妹の声が聞こえてきた。
「お兄ちゃんの殺した相手、早く知りたいです」
「俺も知りたいけどさ……。ちなみにさっき聞いたけどさ、その、桜井と覚せい剤をしていた悪い友達らは、警察で事情聴取されているらしいな」
「やっぱり、その、悪い友達が犯人なのでしょうか?」
「さあな。じゃなきゃ、警察も解決がかなり難しそうな事件になりそうだけどな。単なる高校生の素人的感覚だとさ」
「そう、ですよね。その人たちが犯人じゃないですと……」
桜井妹は再び俯き加減になり、こぶしを握りしめた。
「悔しいです……」
耳にした桜井妹の言葉に、俺は返事ができなかった。
桜井を殺した犯人。
俺は単純に、悪い友達だった、古川と柳田が犯人だろうと思った。
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