第6話 俺は警察から重要人物と思われているようだ。
「八坂、友則くんと言ったね?」
「は、はい……」
俺がぎこちなく返事すると、前に座る白髪交じりの男性は、「ふむ」と顎に手を乗せた。
一階の職員室用玄関近くにある応接室。黒塗りのソファが、膝下までの高さしかないテーブルを挟んで、両側にあった。で、俺と、白髪交じりの男性と若いスーツ姿の男性が向かい合わせに座る。相手の二人は刑事と聞かされた。先ほどまで校長がいたのだが、刑事の希望により、退席させられていた。
「急なことにショックを受けているかもしれないが、今回の事件解決のために、ぜひともご協力を願いたい」
「事件、ですか?」
「うむ。学校の屋上で生徒が殺されたのだ。事件としては、大胆な犯行と思えなくもない」
「けど、桜井は、屋上っていう人気のないところで殺されたんですよね? 別に大胆な犯行には」
「校内で殺されたというのは、高校側としては、けっこう衝撃的かと思いますよ。実際、さっきの校長も気が動転していましたから」
若い刑事が言うと、横にいた白髪交じりの刑事が、肩で小突く。余計なことをしゃべるなと言いたいようだ。実際、若い刑事は、「すみません」と軽く頭を下げていた。
「えっと、とりあえず、今回の桜井が殺されたことは、俺が思ってるより、衝撃が大きい事件というのはわかりました」
「うむ。では、さっそくだが、桜井くんが亡くなる直前、君は電話をしていたそうだね?」
「はい。といっても、とりとめのない会話をしただけですけど」
「その、とりとめのない会話、差支えなければ、教えてもらえればと」
若い刑事は尋ねるなり、スーツからメモ帳とペンを取り出した。どうも、俺の話すことを書きとめるらしい。それもそうだ。俺は事件のことを聞かれているのだから。ましてや、被害者が事件に遭う直前まで会話していた重要人物なのだから。
「桜井は、俺が学校を休んでいることを心配して、電話してきたみたいでした」
「それで、桜井くんは具体的に何を言っていたんだね?」
「『元気か?』とか、『何かあったのか?』とか、後は……」
「後、何か話したのかね?」
「これはその、俺の個人的な話ですが……」
「ああ。もし、話したくないのなら、話さなくてもいいから」
若い刑事が手を横に振る。俺のことを気遣っているらしかった。
「いえ、大丈夫です」
「それでは、後はどのような話を?」
「俺が元気ないことを気にかけてくれました」
「ほう。そういえば、君は学校を休んでいたと言っていたね。風邪か何かかい?」
「いえ。いわゆる、単なるサボりみたいなものです」
「それはあれかい? 授業とかが面倒になったとか?」
「いえ。それはその、まあ、ちょっとしたことがありまして……」
俺は頭を手で撫で、どう話そうか悩み始めた。
まさか、警察に高塚から嫌われていることを言うのも何だよな。
「君は色々と悩んでいる時期みたいだね」
白髪交じりの刑事が、心配そうな表情で口にした。
「まあ、その内容は気が向いた時でもいいから、我々に話してくれればいい」
「何か、気を遣ってもらって、すみません」
俺はひとまず、軽く頭を下げた。
白髪交じりの刑事は、「いやいや、こちらこそ、すまない」と申し訳なさそうな言葉をこぼす。
「それで、桜井くんとは、話した以外に、何か気になることは?」
「気になること、ですか? それはその、途中で誰かが現れて、桜井が電話を切ったことです」
「その誰かというのは、言っていたのかね?」
白髪交じりの刑事が真剣そうな目を俺の方へ向けてくる。若い刑事も意識したのか、ペンを走らせる手が早くなった。
「それが、残念ながら誰かというのは言っていませんでした」
「そうか。それは残念だな」
二人の刑事は本当に残念そうな顔をした。無理もない。もし、屋上に現れた人物の名前を聞いていれば、犯人の可能性が極めて高いからだ。
「ちなみに、桜井くんは、よく授業を抜け出して屋上でサボっていたりするのかい?」
「いえ。今回が初めてな気がします」
「初めて?」
「はい。俺の心当たりでは、そういうこと、あまり聞いたことなかったですから」
俺が素直に答えると、若い刑事はペンを動かして、メモ帳に書き込んでいた。先ほどからずっとそうしているが、マメだよなと俺は年下ながらも感心していた。
「とりあえず、君に聞くのはここまでにしよう」
「は、はい。その、ありがとうございました」
「いやいや。お礼を言いたいのはこっちの方だよ。今ので、極めて重要な証言を得られたからね」
「屋上に誰かが現れたってことですか?」
「そう。君の話が本当なら、通話履歴の時間から、犯行時間とかも特定しやすくなるからね」
若い刑事が口にすると、開いていたメモ帳とペンをスーツの内側にしまった。
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