ep.5 「今、何でもするって言ったよね?」
「本当にすみませんでした。酔っていたとはいえ、許されることではありません。私にできる事なら何でも致します」
「今、何でもするって言ったよね」
僕は目の前で膝立ちの状態の女性にそう確認する。女性は頬を赤らめ小さく頷く。白いスカートから覗く無防備な太ももとふくらはぎは、天井からのライトの反射により妖艶に輝いている。見ているだけでいちいち欲情を掻き立てる。
僕はゆっくりと彼女の左側に周り込み、同じようにしゃがんだ。二つの瞳が怯えた様にこちらを見つめる。指を頬からこめかみにかけて滑らせて、淡い香りのする髪をかき分けると、形の良い外耳が露わになった。その隠されていた秘部に優しく息を吹き込むと、彼女はあっと弱弱しい吐息を漏らし小さくよじった。そのまま舌の先で柔らかな耳朶を食む。
んっ。押し殺したような吐息が響く。唇を離しもうやめようかと言うと
「いえっ、大丈夫です。続けてください」
吐息交じりの声でそう囁いた。
捲れ気味のスカートから伸びるその健康的な肉付きの太ももをくすぐる様に優しく撫でる。吐息がますます激しくなるのを確認し、そのままゆっくりと身体の中心へ向かうように指を這わせる。んんっっと溢れる吐息に誘われるようにして辿り着いたのはスカートの奥深く、まだ誰も許したことのない秘部。
パンツの上からゆっくりと、その割れ目を弄る。指先がひんやりとした。既に少し湿っているようだ。優しく擦るたびに先程よりも大きい吐息。いやそれはもう吐息ではなく喘ぎ声だった。その声を少しでも抑えようとしているのか、その口を掌で覆い隠しているのが何ともいじらしい。
やがて下着の上からでも指先にはっきりと湿り気を感じるようになったあたりで、今度は外を責める。それを合図に春香の喘ぎ声は絶え間がなくなった。
快感が高まっているのだろう。首筋、二の腕、臍周り。体のどこに触れてもその体は小さくびくんと反応した。シャツを捲り、ブラジャーを上にずらす。決して大きくは無いが形の良い乳房が露わになる。桜のようなピンク色の乳首を舌で転がし、唇で吸い上げ甘噛みする。右手ではもう一方の柔らかな脂肪を揉みしだく。螺旋を描くように乳首へと近づけると春香の体はのたうつように大きく揺れた。そろそろ頃合いか。
春香の腰を浮かせ下着をするりと脚から抜く。必死にスカートを伸ばそうとするか細い右手を乱暴に押さえつける。最初こそ抵抗したもののやがてその腕は、力無く倒れた。隠すものが無くなり恥じらっているのか赤に染まったその顔、汗がうっすらと浮き出たその肢体は本当に美しい。ちらりと覗くその舌が欲しくなり、いきなり口付けをした。春香は驚いたように目を見開いたままだ。そのまま強引に舌をねじ込む。まるでほら穴のうさぎのように、その舌はちろちろと逃げ回る。
その状態のまま、左の中指を彼女の下の穴へと這わせる。すでにとろとろになったその秘部は、何の抵抗も無くその侵入者を受け入れる。次々に指の形を変え、柔らかな壁へと擦りつけるたび、うるさいほどの乱れた声が飛び交う。それは言葉にならない雌の声。どんどん淫らに、激しさを増すその声にこちらの動きも激しくなる。
「駄目っ、おかしくなっちゃう」
やがて今日一番の絶叫と共に、春香の体がビクンと跳ねた。
荒々しく上下する胸。だらしなくはみ出た舌。視点の定まらない虚ろな目。秘部が見えることも厭わず下品に広げたその脚。そのどれもが先程までの清楚な春香と正反対で、そのどれもが息を呑むほど美しかった。
春香から静かに指を引き抜くと、その指先にはねっとりと春香の愛液が絡み糸を引いている。それを舐めとると、優しく春香に口付をした。お礼を言うように春香が強く抱きついてくる。
さあ、今度は連れて行ってよ、絶頂に、その快楽の底へ……。
「駄目だよ」
何の前触れも無く、美しいその顔から染み出るどす黒い液体。瞬く間に僕の指を染め上げる。指先で拭ってみればぬるりとした不快な感触。そこで初めてそれが血液だとわかった。無意識に目を閉じる。
春香と呼ぶが返事は無い。代わりに暗闇の中、肩を掴まれる。ここでも首筋に伝わるぬちゃりとした感触。恐怖の中でゆっくりと目を開ける。目と鼻の先にいたのは眼球や鼻の穴、顔じゅうから血液を滴らせながら、蕩けた様に微笑む春香。
「ちゃんと目を開けてないと。じゃないと見えないでしょ?」
がばりと跳ね起きる。乱れる呼吸を落ち着かせ、両手を見た。どこにも血は付いていない。どころか、春香さんの姿さえ見えない。というより薄暗くて殆ど何も見ることができない。
やっと暗闇に目が慣れてここが自分の部屋だと認識できた時、僕は下半身に違和を感じた。冷たいような温かいような。
どうやらあんな夢でもやることはきっちりとやっていたようだ。嬉しいような情けないような気持ち、「はるか」と呼んでいた嫌悪感から少しだけ泣いた。
何かが起こりそうな土曜の朝は、自分のトランクスを手洗いすることから始まった。
僕自身の名誉のために注釈を入れるがこんな失態は人生で数えるほどだ。日常的に欲求不満と言うわけでは断じてない。
朝から思いがけないハプニングに見舞われ時間を食ってしまったせいで、僕は朝食も取らずに身支度を整えると家を飛び出した。
桜の絨毯を踏みしだかないようにそろそろと歩道の隅を歩き、並木道の半ばにある書店に辿り着く。
お目当ては男性雑誌などでは無い。もちろんそれらにはモテる男になるための有用な知恵が載っているのだろうが、どうせそれらのファッションや髪形を見たところで僕には実行に移す度胸はない。僕がここに来たのには別の目的があった。目指すは角の恋愛小説の区画。数人の若い女性の間を抜けながらズラリと並んだ本を流し見る中、一つの本に付いた店員の手書きPOPが目に留まる。
『これは狂気、歪んだ愛? 私は純愛だと思う』
何となくいつか講義で聞いた、あなたは○○だけど××な一面もあるよねと適当な真逆の事を言われると、勝手に言い当てられたと思いがちだという内容のことを思い出した。
とにかく見つけた。昨日の車の中、口の開いた鞄からちらりと見えたその本を。
『Snow Drop』と小洒落た横文字タイトル、色鉛筆のような優しいタッチで描かれた白い花が目を引く。上から二番目のその一冊を手に取ると、そのままレジに向かう。童顔のわりには胸の発育が良い若い女性の店員が、レジを打つ際その小説と僕の顔を交互に一瞥した気がした。気恥かしくなり会計を済ませると、駆け足でその道を掛け上った。男が恋愛小説を買ってはいけないのか。
家に着くと手を洗い、すぐにその一ページを捲った。寝る前に調べた前情報では若い男女の恋の話で、巷では若い女性を中心に仄かに人気だと言う事だが、正直に言って世間の評判などはどうでも良かった。僕はただこれから彼女と同じ世界を共有できるということに胸が高鳴った。ふいにいつかの藤森の「ストーカーまがいの事は言わないよな」と言う言葉が、見え透いているよ言わんばかりのあの得意顔と共に浮かんだが、誰しもそれくらいの事くらいしているだろうと開き直ることにした。僕はただ研究熱心なだけだ。
目頭を押さえ、いっぱいに腰を伸ばしたところで気が付いた。僕の脇の東向きの窓からは一切の日差しが差し込んではいないことに。そして胃のあたりの違和感に。何か悪いものでも食べただろうかと朝からの自分の行為を思い出し、酷く腹が減っているのだと解った。
遅めのブランチと共に今まさに読み終わった作品を思い返す。
ある雨の日、若い男女が出会う。男は妹の先輩だというその女性に次第に惹かれていく。女性もそれに応えるように次第に二人の距離は縮まっていく。そこからは甘い恋物語が続きそのまま幕が下りると思いきや、終盤で男には幼少期のトラウマから美しいものへの加虐嗜好があり、女は女で、男では無く実はその妹が好きで男と交際を重ねたのは妹に近づくために過ぎなかったということが明らかになる。女の真意に気が付いた男は彼女にスノードロップの花を贈り、その花言葉通り彼女を殺そうとする。自分も死ぬつもりで。
まさに殺されると言う瞬間、フラッシュバックする彼との思い出。そこで彼女は、自分が本当は男を愛していたことに気づく。
お互いの想いは結ばれたが、もうやり直すには遅すぎると二人は心中する。傍らには白く俯く花が優しく咲いていた。
これが二時間と十分ほど掛けて読み終えた、僕の人生で初めての恋愛小説なるもののあらましだ。なにぶん初めてなので他の作品との比較もできず、出来が良いのか悪いのかは判別しかねるが、帯には大きく映画化決定との文字も踊っているため、まあそれなりには良い部類なのだろう。主演予定が篠崎彩乃なのには笑ってしまったが。
本は心の栄養、そんな名言めいたものを聞いたことがあるが、果たしてこの小説が僕の心の糧になったのかと聞かれたら僕には答えられない。
ただ、これだけは言える。僕の二時間を代償に彼女との五分の話題を得られたのなら、それはもう充分すぎる人生の糧だと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます