第3話 03:VS トゥイー



「誰!?」


「トゥイー……ドルディー」


 ゆらり、と影は揺れる。

 それはやせ細った、木々にまぎれるほどの痩身の少女。

 眠たそうにまばたきを繰り返し、ふらふらとこちらへ歩み寄る。


「女王さまの、命令……なるべく生かして、捕える……なるべく」


 反復する言葉が嫌な感じだ。


 トゥイードルディーと名乗った少女は、その形と性別差以外はほとんどトゥイードルダムと同じパーツで出来ている。

 二人を足して割れば健康優良児になるだろうに、どうしてここまで偏っているのか。

 そんなことはどうでも良くて。


「だから……大人しく……掴まって?」


 ゆらり……、と少女は足取りを乱し、倒れるかと思いきや、鎖状の武器をこちらへブン投げてきた。


「おわっ」


 ぶおん、と風を生む、鎖鎌。……相当凶悪だ。


「ねむい、の……だから。はやく、眠らせて……ぐぅ」


 また、ゆらり……と足をもつらせるように、身体を回転させる。

 見た目の鈍さとは裏腹に鎖鎌は脅威のスピードで二人に迫る。


「こ、怖いっ」


 ゆらゆら揺れつつのんびり追いかけてくる兵士から必死で逃げる。

 チェシャの助けを期待して背後を見ると、目にもとまらぬ速さであちこちに残像を飛ばしながら俊敏なデブとやりあっていた。

 これじゃあ助けは望めない、か……。


「逃げちゃ、だめ……ふわ……」


 欠伸交じりに追いかけてくる針金少女。

 怖い。その姿、案外怖い。

 ゆっくり歩いているのに、鎖鎌だけ生きているみたいにものすごい速さで飛んでくるよ。


「らちが明かない……っ」


 ハイトが苦々しく呟く。


「待~~~~て~~~……ふわぁ」


 足音のそのそ、風音ビュンビュン。

 ひときわ大きく身を逸らし、ブォン! と鎌が振りかぶられ――


「およっ」


 サクッ、と刃先が木に刺さった。


「ぬけ……ない……」


 これ幸いと私たちは一目散に木々に紛れつつの逃走。

 いい加減疲れてきたところで、ハイトが私に耳打ちした。


「ヒナ、なんか変じゃない? 今の、わざと鎌を木に刺したみたいに見えたけど」


「え? ただ間抜けなだけじゃないの?」


「なんか、気になる。……話せばわかるかも」


「うそっ。無理だよ! 絶対無理! やめときなって」


 私の制止を聞かずに立ち止まって、ハイトは背後を振り返る。

 ようやく鎌を抜いて、のんびりとトゥイードルディーは歩いていた。


「逃げちゃ、だめ……」


 聞いているこっちが眠くなる口調で、目なんか半開きで、今にもおやすみしそう。


「逃げないよ」


 言いながらもハイトは逃げ腰及び腰だ。


「……逃げ、ない……?」


「ああ。話をしよう」


「つまんない話はぁ~……、眠くなる……」


「そうじゃない。君の話が聞きたいんだ」


「ディーの、話……?」


「そう。きみ、本当に僕たちを捕まえる気、ある?」


 ハイト、直球すぎる。少女の手の中で鎖がじゃらりと鳴った。

 びくっと身体を竦ませた私の予想に反して、少女は立ち止まる。


「……あ~。んー……でもねー……まだフリしてなきゃだから……」


「フリ?」


「ん……あ~……。言っちゃった……今のは、無し……」


「無し、って……」


 取り繕う気はまるでないのか、少女はぼろぼろ失言していく。


「ねえ、もしも、僕らに手伝えることがあったら言って。協力するから。

 でも、その前にここは見逃して欲しいんだ。僕ら、アリスを助けにいかなくちゃ」


「きょー、りょく……?」


「うん。約束する」


「んー。ダムに、聞いてみなきゃ……だめなのー……」


「わかった。聞きに行こう」


 私が口を挟む隙もなく、とんとん会話が進んでいく。

 いいのか、それでいいのか刺客兵士。

 フニャフニャと眠たげな目をごしごしするたびジャラジャラ鳴る鎖がまだなんか不吉なかんじだけど、私たちは来た道を引き返し、トゥイードルダムに交渉を試みようとするのだった。



*


 二人は相変わらず残像を飛ばしまくっている。

 もはや彼らの残像は溶け合いチーズかバターみたいなことになっている。

 実物がちゃんと存在するか不安になる。


「は、速い! 目で追うのが精一杯だ……!」


 ハイトが驚愕した。ごめん、それ、わたしには付き合いきれない。


「あれが……兄が、無敗である理由……。皆、外見に……騙され油断……するのぉ……ぐぅ」


「なんて恐ろしい罠なんだ――!」


「ふふ……兄は強いの……打撃も受けない……何故なら肉の厚さが」


「ねえ二人とも。強さ談義はいいからさっさと交渉に移らない?」


 ダムのくだらない強さの秘訣なんて聞きたくない。

 心底そう思った私の提案にはっとなってハイトが残像の輪を見据え、ごくりと喉を鳴らした。

 強靭な二人の間に入ることを恐れているようだ。

 声は届かなそうだしね、あの速さじゃまともに聴こえるか怪しい。


「あの~……」


 声、消え入った。ハイトの呼びかけは全くないものとして扱われている。


「あ、あの!」


 少し勇気をもって大声。

 でもやっぱり聴こえてないみたい。

 互いに互いを打ち負かそうと精一杯だ。

 しばらくして、不意に二人の動きが止る。


 なかなかやるな、フン、おまえもな――みたいな目配せの後、チェシャがこっちに気付いた。


「あなたがた、何しているんですか!」


「えっと、その。ディーとダムに、相談があるんだ」


 汗だくでフハフハと荒い呼吸を繰り返すふとっちょが、妹を見て「あちゃー」と呟く。


「面倒くさいことするなよう、うまくやるって言ったろ!」


「ごめん~……。でも、ばれちゃったから……」


「まったく。別にいいけどさっ」


 ふん、と鼻を鳴らし、偉そうにふんぞり返る。

 彼のもとへ妹はのんびり歩み寄って、仲良さそうに寄り添った。

 かと思うと、こてんと首を肩に乗せ、ぐぅぐぅ寝息を立てる。立ったまま、寝ている。

 彼女にとって兄は直立睡眠用のベッドなんだろうか。


「一体、どういうことですか? 簡潔に説明してください」


 不可解な状況に苛立つようにチェシャが言う。

 眠る妹を支えつつ、ダムは整え終えた呼吸をひとつ置いて、敵意はもうまったくない様子で、口を開いた。


「ふふん。城勤めが面倒くさいから、体よく逃げるための一芝居なのだ!」


「か、簡潔だ……」


 私の心の代弁者と化したハイト。ダムの表情には一点の曇りもない。


「オレたちは孤児で、前に路上暮らしをしていた時は結構なやんちゃをしていたんだ。

 そしたら女王に拾われて、更生するように、って兵士にさせられた」


「最初はぁ~……良かった……けど……ぐぅ」


「城では規則正しい生活を強いられるし、ジャンクフードは食べられない。

 高級で健康管理の行き届いた食事なんてまっぴらだ。

 成人病に悩まされることになろうとも、オレはジャンクフードが食べたいんだッ!」


「ディーはぁ……寝たいときに~……寝たいの……ぐぅ……」


「だから、一見烈しい戦いを演じて、適当に倒されたふりをする。

 そしたら、城にお前等が現れたら自動的にトゥイー双子の敗北イコール死亡、ってことになるかな……と思って!

 というわけで」


「そ、そうだったのか……! 君たちは自由のために戦っていたんだな」


 何をどう曲解してそんな結論に至ったのか、感じ入るようにハイトが言った。

 私はもう脱力してしまって、ついていけない。

 気が抜けたのかチェシャも猫姿に戻って、呆れたように尻尾を振っていた。


「ということは、我々は先に進んでもいいのですね?」


「おう! しっかりやれよ!」


 気さくに手を振るダム。


「あ、くれぐれも、オレ達は華々しく散ったって言っておいてくれよな!

 頼むよ! じゃ!」


 そうして私たちは進行方向を違え、城の裏門へと向かっていく。

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