第3話 02:襲撃
* * *
「うわぁ」
今朝もやっぱり空はピンク色だった。
「うむ、いい天気じゃの」
そう言ったのは幼女婆のキャタピラ。
紫煙をくゆらせ、私たちを見送ってくれる。
「くれぐれも、気をつけるのじゃ。健闘を祈ろう」
「ありがとうございます。キャタピラさん」
懐中時計を握り締め、ハイトは頭を下げた。
昨日とは少し違う、ちょっとはきりりとした顔つきになっている。
「それじゃあ、行こう」
彼の一言に、私たちは歩き出す。
城は森に囲まれていて、見上げればその姿が木々のかすかな間から見ることができるけど、城壁まではまだ全然遠いみたい。
この森、普通の森かと思っていたけどキノコの繁茂が尋常じゃなかった。
人間の身長と同じくらいのキノコ。
子供くらいの大きさのキノコ。
小さいが気持ち悪いくらいびっしり密集して生えているキノコ……。
色も毒々しいほどカラフルで、食べるのだけは遠慮願いたい。
そう思った矢先に目の前でハイトがそのへんのキノコをひょいともいでパクっと食べた。
「たっ、食べれるの、これ?」
「食べれるよ? ヒナも食べたら?」
「い、いいいいいい、いいっ」
千切れるほど首を振って拒否表示。
「大丈夫? お腹空かない?」
「うん……!」
精一杯拒絶する私を不思議そうにハイトは見ていた。
足下を見れば何気に黒猫までキノコをもぐもぐしている。
こんなお化けキノコでもここでは常識的な食料なのか。
それなら安心かも、と思って、手近なキノコをもぎとった。
真っ赤なキノコで、表面がラメをちりばめたようにきらきらしている。
野生キノコの癖に綺麗だ。食べるのがもったいないくらい。
「それじゃあ、いただきまーす」
「あ、もし食べるんでもキラキラ光ったキノコだけは気をつけてね。
三日三晩苦しみぬいたうえ壮絶な死に方をするキノコだから」
「ひっ、ヒイィ!?」
持っていたキノコをすごい勢いでブン投げる。
「あぶねー! 今まさに食べちゃうとこだったよ! はぁ、はぁ……!」
「うそっ。滅多に生えてないすごくすごく珍しいキノコなのに!」
九死に一生を得て鼓動を乱す私の横でハイトはそりゃもう目をきらきらさせ、「もったいない」などとほざいていた。
「そんな毒キノコ見つけたってラッキーなんて思えないっ」
「表面が綺麗だから加工してアクセサリーにする人も居るんだよ。
売れば軽く一千万……」
「ぜ、前言撤回! 前言撤回!」
いやしかし、ここで富を築いたって私には仕方ないわけで。
やっぱり食べなくて良かった。
歩きながらの腹ごしらえを終えても、城はやっぱり近づかない。
「……あれ、昨日は、もっと近くに門なかったっけ?」
「あれは正門。こっちは裏門だよ」
「常識的に考えて、二人だけで正門突破するのはただの自殺行為って言うんですよ、ヒナさん」
「それはご丁寧にどうも……」
この黒猫っ。尻尾踏ん付けてやろうか。
チェシャの憎たらしい口調にそう思った時。
トテトテと歩いていた黒猫がふいに目線を周囲に巡らせて呟いた。
「――来る!」
「わ、私何もしてないよ!?」
「何のことですか? 城の兵士です!」
「え、ええっ」
焦る私とうろたえるハイトの足下で、黒猫だけが冷静だった。
姿を人型へ転じると同時、敵襲を受け止める。
巨大なボールが投げつけられたかと思った。
しかしその正体は縦横均等になっちゃうくらい肥太った、子供だった。
「よく受け止めたね、流石はアリスの黒猫。もぐもぐ」
「お褒めにあずかり恐縮です」
「オレはスペードの兵士トゥイードルダム。よろしくぅ。
できればなるべく、早く死んで欲しいな。もぐもぐ」
「お、お断りだっ」
ハイトは果敢に声を上げ、腰に提げていたサーベルを抜く。
スペードの兵士とは言うものの、
トゥイードルダムの格好はまるで兵士らしくない。
パジャマみたいな薄い生地の服、途切れた鎖の繋がった大きな首輪。
右頬にはスペードの印の刺青。
子供ながらに邪悪な表情で、手にはカラフルなドーナツ。
食べかけ。しかも食べつつある。
あ、食べ終わった。
「もぐもぐ」
「や、やる気の感じられない兵士ねっ」
これなら楽勝なのでは、と思う私の考えは甘かった。
「よいしょ――っと!」
気の抜ける掛け声の後、再びトゥイードルダムが跳躍、
その身をボールのように投擲させ、チェシャに迫る。
「ふっ!」
呼吸を詰めて、チェシャの痩躯がそれを受け止めた。
踏ん張るかかとが地面を抉る。
体重差が、どうやら彼には不利になっている。
「このデブは引き受けます。お二人は先に――!」
「あーっ! デブって言ったな! 言ったな!?
傷ついたー、オレ超傷ついたーっ!」
「失言を詫びます、糖分過剰摂取の肥満児さん。健康状態が心配ですね」
「余計にむかつく!」
「失礼しました、栄養豊富で実に愛らしいフォルムをなさっていますね。
一日何食であなたのような素敵な体型になれますか? なりたくありませんけど」
「うざい! こいつ、超うざい! 潰してやるぅ!」
軽やかな肥満児が跳躍し、再び突進、チェシャはそれを難なくかわす。
完全に見切っていた。
チェシャのことは心配無用みたい。
言われたとおり、私とハイトは先へ急ぐ。
「だめ、行っちゃだめ」
不意に聞こえる、儚げな声。
行く手を遮る者が居た。
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