第2話 03:トゥイー・ツインズ


*  *  *


「……反逆者、ですか」


 豪華絢爛、百花繚乱。

 花畑のような絨毯の上に構成された少女の寝室。


 高級で暖かそうなガウンを羽織った女王の許へ、

 その報告が入ったのは、ちょうど就寝時間の直前だった。


 傍らの黒い守護者が女王の安眠を妨げる報告に表情を険しくする。

 報告をしているのはハート階級の女性兵士だった。

 女王の部屋に異性は立ち入りを許されていない。


「ええ、報告では三人。元宮廷兵士のハイト・ホワイトラビット。

 それからアリスの飼い猫、チェシャ。

 そしてもう一人は、素性不明の少女だということです」


「ハイト……。彼、無理もありませんね。心苦しいことですが……」


「陛下。どうなされます?」


 ベッドに腰掛けた女王は、固く目を閉じる。

 それから決断したように、女性兵士を見上げた。


「では、双子を召集しましょう。

 反逆者を、なるべく生かして捕えるよう、指示してください」


「しかし、彼らは、少々扱いが……」


「構いません。責任はあたくしが取ります。

 それに、彼らを抑制したままでも、反発心を植え付けるでしょう」


「わかりました。トゥイードルダム・ドルディー両者に任務を与えます。

 明日早朝から、捜索を開始します」


「ええ、そのように。ありがとう。下がっていいわ」


「はい」


 女兵士は一礼して女王の寝室を去る。


 完全にその気配が遠ざかってから、アニーは溜め息を吐いた。

 他の臣下の前では常に気丈に振る舞い隙を見せない女王が、唯一心を許す従者にのみ見せる感情表現だ。


「アニー様……。気を落とさないでください。

 きっと、この国の平和はお守りします」


「いいえ、ダイナ。それはあたくしの責務です」


「……はい。……しかし本当に、トゥイー・ツインズを使うのですか?」


「ダイナ、同じスペードの兵士を疑うのですか?」


「申し訳ありません、ですが」


「扱いづらい性格であるのは、知っています。

 けれど発散の場を与えなければ、打ち解けるのはさらに困難になるでしょう」


「……」


「あなたも昔は、彼らのようでした」


「やめてください、そんな話」


 くす、とアニーは笑う。

 いつもは冷静沈着な従者がうろたえる様が可愛らしかった。


 ふと軽くなった気持ちは、しかし再び重く沈む。


 ハイト・ホワイトラビット。

 チェシャ。


 両者ともアリスに深く関わりのある者だ。

 反逆者となるのは、予想の範囲内。


 だとしてもやはり、国民のために尽力する女王の身にとって、彼らの反逆は悲しいことだ。

 いまだ身元を確認されていない少女にしたって、それは同様のこと。

 悪人を罰するのは道理だが、その悪人の肩を持つ者が現れる。

 悪人の味方をする間違った者の認識を改めることが出来なければ、彼らも同じように罰さなければならない。


 それは、とても憂鬱なことだ。


「……この国に、平和が訪れますように……」


 少女の砂糖菓子のような声音が、切に祈る。


 固く目を閉じる少女を、ダイナはじっと見つめていた。


 思い出すのは、彼女に拾われた幼い頃のこと。


 薄汚れた浮浪児として街をさまよい歩く自分に、女王陛下は穢れない白い手を差し伸べた。

 彼女を汚してしまう気がして、ダイナはその手を取れなかった。

 そんなダイナを、まだ幼かった少女は小さな体全部で包み込んでくれた。

 上等なドレスが汚れるのも構わず、ダイナの不清潔な体から発せられる臭いにもひるまず、抱きしめてくれた。

 あのときの温かさを、ダイナはひと時たりと忘れたことはない。


 ダイナはだから、アニーの眉間から皺を失くすために、自分にできることを考えた。

 


「おい、ディー。チャンスだぜ」


「ん~? なにぃ? ディー、ねむい……」


「おいっ、寝るなって。よく聞けよ」


「えっ? お兄ちゃん、食べながらで、何言ってるかよくわかんない……」


 城の敷地内にある、兵隊用の宿舎の一室。

 そこに、彼らは居た。

 たった今女王からの命を受けた双子である。


「俺たちに仕事が回ってきたぜ、もぐもぐ、チャンスだ」


「ふぇ? もぐもぐちゃん?」


「そんなこと言ってねえだろ! 起きろ!」


「ううん……起きない……」


「寝、る、な!」


「寝、る、のぉお……」


「まったく……まあいい。明日の朝打ち合わせるからな。もぐもぐ。

 俺たちの計画、明日がその成就の日だ」


「ふぁあ……おやすみなさぁい……」


 眠ってしまった双子の妹に呆れた目線を送りながら、兄は不遜に微笑んだ。

 宿舎の窓から外を見る。

 緑広がる城の庭、そして向こうに防衛のために作られた深い森が広がっている。


 そこが、明日の任務の舞台である。


「おあつらえ向きだぜ。へっ、女王も馬鹿だな」


 上機嫌に吐き捨てて、彼は胸に抱いた紙袋から、また一つドーナツを取り出した。

 宿舎には、同じ袋が山となり、部屋の隅にうず高く積まれている。


「明日が楽しみだぜ。もぐもぐ」


 彼の目は鋭く森を見、そこに潜む敵を、思い描いていた。

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