第2話 02:花園(触手)


 少し歩いた所、木々の密度が薄れた広場のようなそこに、それは広がっていた。

 まさに百花繚乱、さながら万華鏡。

 色鮮やかで、種類様々。


「お花畑!」


 私は思わず声を上げた。

 見慣れたような花が一面に広がっている。

 縮尺がおかしい気がしないでもないが、形は常識的なものだ。

 歓迎するように、女性の声がはじけた。

 

 それは、花たちの声なのだった。


「え、花が喋ってるの?」


 驚きを隠せずに言うと、花畑から笑い声が上がる。


「あらま、世間知らずなお嬢さんだねぇ」


「まあまあ、いいじゃないの。

 さてぼうや、何をあんなに嘆いていたかお姉さんに聞かせて?」


 老婆はマリーゴールド。お姉さんはコスモス。

 私が知っているそれと比べてサイズが桁外れにでかいけど、

 親しみのある色形をしている。


 ……口さえついてなければ、の話。


 茎や葉を気ままに揺らして、お花畑の女性方はハイトに興味津々だ。

 どうやら若い男に並ならぬ感心があるらしい。


「え、えっと、あなた方にお話してもきっと退屈させてしまうだけですよ」


「あらぁ、慎み深い殿方は好きよ。ほら、座って座って」


「あたし、リリィって言うの」


「おや抜け駆けかい。許さないよ。はじめまして、ぼうや。私はパンジー」


「わたしポピー!」


「わたし」「私」「ワタシ」「あたし」「あたい」「うち」……


 延々自己紹介が続く。とても全部は聞いてられない。


「あ、えっと、あの。長居できないんです、ごめんなさい」


 たくさんの花に覗き込まれて、(移動はできないみたい、根が張ってるから?)ハイトが申し訳無さそうに言った。


「そうなのぅ? 残念」


「あ、もしかしてデート?」


「そうなんでしょ! デートだわ。相手、どんな子?」


「あたしにしとかない? 優しくするからぁ!」


 怖い。ここ、なんだかすごく怖い。


 そう、むき出しの好奇心や無遠慮な詮索が、警戒心を引き起こすのだ。

 なんと言うのだろう、おばちゃん根性みたいな……。

 同性(たぶん)の私から見ても怖いんだから、異性のハイトの恐怖心はいったいどれ程のものか。


「あの、困ってるじゃないですか。すいません、離してもらえませんか?」


 緑色の蔦にまきつかれるハイトを見かねて、私は声を上げた。

 ざざっ、と音を立てて一斉に、花たちが私を見る。

 悲鳴はなんとか飲み込んだ。


「あら、なーにこの子。見えなかったわぁ」


「ほんと、なんだか地味ねぇ」


「華やかさの欠片もないわね」


「ねえママ。なんであの子黒いの? かわいそう!」


「しっ、見ちゃいけません。生まれつきそういう子もいるの」


 なんだこいつら。ただの花じゃないか。

 黒いのは髪だよ、仕方ないだろ遺伝なんだから。


「だ、大体ね、花のあなた方が人間のハイト捕まえたって何にもいいことできないじゃん!」


「ちょ、ちょっとヒナ。あんまり彼女達を刺激しないで……」


「言わせてこのくらいはっ。わ、私も怒るんだぞ!

 花ならじっと澄ましていたほうがよっぽど魅力的なんだから!

 お喋りな花なんてぞっとする!」


「ヒナっ!」


 咎めるようにハイトが叫ぶ。


「ふ、ふん。なんだっていうんだ。

 私の女としてのプライドが傷ついたんだから、これじゃ言い足りないくらいだっ」


 ……でも、やっぱり……言い過ぎた、かも?


 一斉に黙り込んだ花たちの間に不穏な空気が流れている。


 やばい。なんかこれは、結構怖い。


「じっと、澄まして……?」


「女は家庭でってやつぅ?」


「女卑だわ、女卑!」


「まったく古臭い価値観ですわぁ~」


「女の敵ねっ……!」


 じり、じり、じり、と花たちが迫ってくる。

 根、根が伸びている……。

 私たちへ向けて、鋭い先端がじりじりと伸びている。

 ゴールドマリーが葉を曲げ、まるで口元に手を添えるような動作をして、笑った。


「おほほっ。人間の男の子に何もいいことできないって?

 教えてあげるわ、田舎娘さん!」


「人間の男は――」


「とくに、若い男は!」


「私たちの良い肥料よッ!!」


 びゅるびゅるびゅるっ、と嫌な感じになんか伸びてきた。

 蔦や根が群れを成し、一斉に襲い掛かってくる。


「ひぃっ!」


 ハイトが悲鳴を上げる。

 見る間に四肢を捕らえられ、驚くほど軽々と宙に浮いた。


「わ、わぁあっ」


 どうやらお花さんがたは本格的に男の子にしか興味がないらしい。

 私のほうに蔦類は向ってこない。


 クパァ、と、恐らくリーダー格であるゴールドマリーの口が開く。

 あろうことか丸呑みにするつもりのようだ。

 肉食生物の中でも特に獰猛な部類の捕食方法ではないか。

 それがどの口で植物を自称しているのか、根底から疑問である。


 などと冷静な考察をしているうちに、花の口とハイトの体の距離がじわじわ縮んでいく。


「く、食われる!? 助けてっ」


「きゃあ、可愛い!」


「助けて~、だってぇ」


「やぁん! 助けてあげたぁい」


「でも――ダ・メ」


「きゃはははっ!」


 お花のお姉さま方がまさに年下の男を弄ぶように笑いあう。

 実際弄んでいる。

 実にお下劣な花たちだった。


「ヒナぁ! 助けてー!」


「た、助けてと言われても……男の子でしょ! 自分でなんとかして!」


 言っていて、我ながらあんまりな言葉だと思った。

 でも私、アリス救出の手助けはするって言ったけど、ハイト自身を助けるなんてことは一言も言ってないもん。


「そ、そんなぁ……」


「アリスを助けに行くんでしょ!? こんなところでやられちゃってどうするの!」


 やけくそで渇を入れる。


 すると途端にそれまで蠢いていた蔦や茎の動きが急に止まった。


「……アリス?」


 ゴールドマリーの声が、やけに静かになったこの場によく響く。

 その名前は水面に浮かぶ波紋のように、花たちの間に広がっていった。


「アリス?」


「アリスって、罪人アリス?」


「あの罪を犯した、例の!?」


「夢罪の咎人……!」


「魔女アリス……!」


「い、嫌ぁっ!!」


「嫌! 汚らわしいっ! 出て行って! 早く行って!」


「私たちの花畑を汚さないで頂戴ッ!」


「帰れ!」「出てけ!」「かーえーれっ!」「かーえーれっ!」


 途端に帰れコールが膨れ上がり、大音声で私たちを追い出さんとする。

 蔦で釣り上げられた状態から急に解放されたハイトが地面にボテッと落ちた。


「いたた……。そっか、もう知ってるのか……」


「え、何。何なの?」


「きっと、恐れているんだよ。アリスを……、痛ッ」


 飛んできた石がハイトの頬に当たった。

 なんと花たちは器用に葉っぱで石を拾って、こちらへ投げつけているのである。

 つくづく性根の腐った女たちだ。


「ちょっ、な、何! 本当に野蛮な花だなぁ」


 鞄で顔を庇いながら、慌てて花畑から走り去った。

 花たちの声が完全に届かなくなった頃、ようやく歩みを緩める。


「ハイト、大丈夫? ほっぺた……」


「うん、かすり傷。大丈夫」


「ごめんね、なんか私、火に油注いだっていうか……」


「いいよ、おかげで逃げられたんだし」


 傷ついた頬をさすりつつ弱々しく笑う姿に、なんだか、こう……

 罪悪感が刺激される。ゴメンネ。


「それにしても、アリス……、可哀想」


 あんな花に汚らしいなんて言われたら、私ならむちゃくちゃ腹が立つだ。

 ああっ、今からでも引き返して火を放ってやりたい。


「あれが、今では普通の反応なんだよ。

 きっともう、町の人たち皆が、アリスを悪者のように思ってる。

 そうするために、兵士はアリスを連れて街中歩いていたんだ。

 酷いよ。見世物にするなんて……。

 アリス、どんなに辛い思いでいることだろう」


 ハイトが、恥じるように隊服の紋章を掴んでいた。

 その拳が震えている。

 一刻も早く助け出してあげたいんだろうな。

 当然だ、恋人なんだもの。


「……町に戻ろう」


「うん……」


 今更ながら、自分の軽々しさを反省した。


 好きな人と引き離されたハイトの姿はあまりにも痛々しい。

 多分私は夢を見ていて、きっとハイトもその一部なんだろうけど、だからと言ってこのまんまじゃ寝覚めが悪い。


 ちゃんとハイトとアリスを再会させてあげよう。


 それが夢を見ている私の責任なんだっていう気がする。

 なんとなく、だけど。

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